グレースの恋愛奇譚
よろしくお願いします。
その男との出会いは、15歳のある特別な日
私は生まれて初めて、生まれ育った町を出て都会にやってきていた。私の育ったハープという町は王国の中でも北の方に位置し、王都とも今回来た魔法都市とも少し距離がある。
「人多いし、建物が洗練されすぎてて怖いんですけど」
子鹿のように頼りなく震える私がこんな都会に来たのは、ひとえに魔法使いになりたかったからだ。
このトイロという都市は世界で3つしかない魔法都市で、その中でも魔法を管理する委員会の本部を構える魔法研究の最前線なのだ。そして、ここで魔法を学び委員会でバリバリ働いて、ある程度の歳になったら引退してフリーの魔法使いになるのが私の夢である。
そのためには世界に5校(プラス1校)しかない魔法学校に入って安全に委員会に就職しなければならない。
とはいえ倍率がクソ高い魔法学校…その門をくぐれなくても委員会には就職できるのだが。
安全第一。安定第二。その上に私の幸せはある!!
「クソ高い倍率の魔法学校…その5校の中でも最難関のトイロ第一魔法学校。ここさえ卒業できれば、人生勝ったも同然!!やれるわ、グレース!!」
「まぁ、落ち着けって…入試は今からだ」
誰だろうか…?少し声が大きかったかもしれない反省はある私に、突然話しかけてくる不審者は…
そう思って振り向くと、ハープの町ではお目にかかれないほど整った少年がいた。
「おまえも受けるの?第一」
「誰?都会こわっ…ナンパ?」
「人に尋ねるときは自分からな?さぁ名乗りたまえ」
本当に誰なんだ?こわいわ…
「いや、あなたに興味ないし時間ないし…失礼するわ」
「第一受けるなら、試験会場一緒だし……」
私は、今日まで独学だがかなりの鍛錬をしてきた。いくらトイロ第一魔法学校が難しくても不足はない!例え、倍率が100倍を超えていようとも!
いま、1番気になるのはずっと後ろについてくる綺麗な男だ。私に振られておきながら懲りない奴だ
「ちょっとあなた!いつまで付いてくるおつもり?ストーカー?」
「黙ってた方がいいぜ、あんた…バカがバレる」
そう言って奴は私の横を通り過ぎるとスタコラサッサと私の前を歩き始めた。トイロ第一魔法学校の試験会場に入っていったので奴も受験者なのだろう。
第一試験会場こちらと書かれた案内に沿って進むと、人気テーマパークの期間限定アトラクションと遜色ないくらいの人間が並んでいた。試験内容としては『魔素媒介装置』と呼ばれる棒を持って棒についているボタンを押すだけだった。
冗談抜きで10秒くらいだった。
わけわからん
二次試験は全ての受験者の一次試験が終わってから実施されるとかで私は1時間くらい待った。内容はシンプルに教養試験だ。そこそこの出来だったと思う。
まぁ、受かったので全体の上位にいたのは間違いない
三次試験は面接だった。特筆すべきことはない。強いて言うなら魔法の試験がなかったけど、大丈夫だろうか。
前述のとおり、これらの試験に受かった私は晴れてトイロ第一魔法学校の生徒となった。
そして、奴と再会することになる……
少しの緊張と大きな期待を抱いて学校の門をくぐり、玄関を過ぎて教室へ
1年ザクロ組 出席番号22番 グレース・ベネット
黒板に張り出されたクラス全員分、たった25個の名前の内に自分の名前がある。この時の高揚を超える瞬間は未来永劫ないかもしれない…と本気で思った。
隣に貼り付けてあった座席表を見て。新たな気持ちで自分の席に向かった。5×5の座席、1番窓側2番目。
誇りをもって、一挙手一投足に意識を巡らせて敬愛することになるであろう教師を待とう。
そう、その気持ちを踏みにじったのが他でもない、隣に座っていた奴だった。
声をかけられるまで全く気づかなかった。いつか見た顔だなぁなんて微塵も思わなかった。運命の再会?ものは言いようだな
「まじかよ…おまえ受かったの?この学校大丈夫か?」
「いや、誰?」
「は?」
「いきなりお前呼ばわりとか失礼すぎるわ」
黒板に貼り付けてあった座席表によれば、こいつは出席番号17番名前は見てない。そしてこれからも覚えることはない、こんな失礼な奴の名など!
「…確かにな、礼儀を欠いてた。すまない…ベネット嬢」
「なんで名前…」(え、こわ…)
「一応、クラス全員の名前は覚えたんだ。あと、以前独り言でグレースと言っていたからもしかしてってね」
「へーすごいわね」(記憶力の高い危険人物ね)
私の中でこいつは『記憶力の高い危険人物』として以後10年プラス35年ほど刻まれることになる。
時は過ぎて、出会って10年が経とうかというころだった
私は、というか私と奴は魔法学校をストレート3年で卒業した後、委員会に就職。魔法学校で3年連続同じザクロ組だった私たちが就職先まで一緒とか…同級生の酒の肴になっていることを私は知っている。
就職後、部署は違えど出世争いを繰り広げ、その度に他の同級生に「君たちは変わらないなぁハッハッハー」なんて言われていた。
実際、学校時代も毎期毎期成績を争っていたから間違いではない。
人間とは都合の良い生き物である。
3年間同じクラスだった
委員会が一緒だった
部活が一緒だった
夢が似ていた
そんな簡単なことであっさり他人を信用してしまう。
気づいたら隣に立っているこいつは、今や1番の心友になってしまった。
「俺さ今度、昇格試験受けるわ」
「はぁ…そうで」
「ほら、俺らももう第4階魔導士になって長いじゃん?そろそろかなぁって」
「いいんじゃない?」
その時のこいつは、何故かいつもよりキレが悪かった
「……グレースも受けないか?近々、第1階魔導士の選抜がある。選抜にエントリーできるのは①上級魔法学校を出てる者、②第1階魔導士2人からの推薦がある者、あとは③第3階魔導士以上の人間だ…」
委員会の階級は、第1階から第10階まで。数字は小さくなるほど偉い。現在、私たちは第1階から第5階がなる幹部委員と呼ばれる役職を拝命している。叩き上げの25歳で幹部委員ははたから見れば出世街道だろう。
でも実際は、運が良かっただけだ。たまたま初期配属地で仕事ができる方だった。それを上司に買われてスルスルと第6階魔導士に、そこから実務経験5年で第5階に昇進。中間管理職で鍛えて気付けばここまで来ていた。
そういえば、私の当初の目標では30歳くらいで第1階魔導士になって、できれば結婚したいなーなんて思ってた。
気づけば25歳で第4階魔導士になってる。試験受けて第3階魔導士になって選抜受けて第1階魔導士になれるかもしれない。
掴めそうな場所に憧れたものがある。高揚すると同時に、あまりに明確に見え始めた夢が怖い。
もちろんライバルは今までにないほど強力だってわかってる。そんなご都合主義的に魔導士のトップ・オブ・トップに成れるとか考えるほどお気楽ではない。
私は周りの人に比べて才能はある。それは、天才とかいう次元じゃなくてセンスとタイミングの才能だ。実際、今までの困難な場面を思い浮かべても危ない場面は沢山あったがセンスとタイミングだけで乗り切ってきたようなものだ。
魔法学校の校舎対抗戦ではお隣さんであるトイロ第二の三人娘に負けそうになった。隣のコートで試合をしていた某奴が5人の野郎をぶちのめしているのを見て…何かが燃えて勝ったが
就職して仕事にも慣れた頃、魔獣討伐命令で魔獣ヌーの群れに押されていた。部下の「あの人来ますかね?きっと僕らが危ないって知ったらあの人駆けつけるんじゃないですか?」って言葉に腹が立って何かが燃えて一面焼け野原にした。管区賞を貰った。
ヌー群れ焼き事件以降、魔獣の討伐命令が多くなっていた私にある日奴が「そんなに体酷使して大丈夫なのかよ?体壊したら昇進絶望だぞ?第1階魔導士になれなかったら結婚しないんだろ?生涯独身が近づいてんな(笑)」って煽ってきたので連行した居酒屋で酔いつぶしたこともあった。
奴は魔法学校卒業の日、イコール酒解禁の日に酔った私が一度だけ口にした具体的な将来の目標を覚えていたのだ。
たった一度だけ口にした他人の夢を、私と同じくらい酔っていたはずの奴は覚えていたのだ。その時は不覚にもゾッとした…こいつどこまで覚えてやがんだ
今までだって、命的にも危ない場面は何度もあった。けれども奴への対抗心で打ち勝ってきた
ライバルは今までにないほど強力だ。だって奴も敵になるから。
だからあまりに明確に見えはじめた目標が怖い。第1階魔導士になったら結婚しなければならないし、成れなければ結婚は諦めることになるだろう。
それは、自分が自分に課した契りだ。違えることがあってはならない。
今回は15年ぶりの選抜だ…次はいつ第1階魔導士の選抜があるか分からないのだから。
そして1番避けなければならないのが、奴だけ昇格する事態だ。なんとしてもそれだけは避けなければならん
「それだけは…!!」
「何がそれだけは…!!なんだ。とりあえずお前も昇進はするんだな?」
「あぁ!(キリッ)」
「うしっ!まぁ第3階昇進は心配してねぇよ…じゃ、また選抜でな」
「おう!」
バイザウェイ、私は奴が好きだ。私は鈍感ではないから彼のことを愛おしく思っていることを自覚している。
そのことに気付いたのは、合コンの時だった。
委員会に就職して付き合いで合同コンパとかは参加していたのだが、まぁトキメかない。勤続10年ちょっとで結婚の予定がある私にとって、今のうちに相手を探しておくのは決して早すぎない!って感じでやる気はあった。
かっこいい人は何人も会ったし性格良しもゴロゴロしていた。両方持ってるやつも割といたがそれは、そこに熱があるかと聞かれれば『ない』と即答できるような思いだった。
優しくされてトゥンクとなっても、そのままシュンと固まってしまうのが続いたのだ。
その時は、『あれ?私恋愛向いてない?』『よく聞く恋愛の好きとか分からないです!私!』ってのか?とも思ったが、とりあえず自分と向き合ってみた。
『最後に心がゆらめいたのは誰?』
『1番初めに思い出すひとはだぁれ?』
『あれ?これってもしかして?』
以上が、恋を自覚した瞬間だ。
いつかは分からないが、奴を好きになってしまった私はそれに気づかぬまま成長した。なんか恋とか落ちないなぁ、トキメキがないなぁと思ったら、既に奴の恋の落とし穴の中だったと言うわけだ。
『まじで?奴だよ?下ネタとかバンバン聞かせてたよ?あの人かっこいいかも〜って話も結構したよ?』とか思わなかった訳じゃないが、一度考えはじめたら『やっぱり好きだわ』に戻ってくるのだ……もうどうしようもない
『委員会本部 グラウンド
選抜のため関係者以外立ち入り禁止』
張り紙を見て思ったのは、まず委員会本部に入れる人たちはそこそこの偉くて多忙を極めてる社畜だから…これ、いる?だった
私といえば、先日無事に第3階魔導士昇格試験に合格して昇進したばかりだ。仕事内容が劇的に変わるわけじゃないし実感はない。正直、選抜控えてるし同じようこと考えた人がこぞって昇進試験受けるんじゃね?と思ったが意外と少なかった。私と奴以外には10人位だったのだ。
曰く、「15年、或いはそれ以上も昇格を待ったジジババの第2階、第3階魔導士を敵に回したくないってのが普通の感覚だよ。」と。
「ねーねー、選抜って何するの?」
「お前、知らずに来たわけ?毎度のことだけど何考えてるの?」
「なんも考えてねぇから聞いてんだよ!バカじゃないの?」
「俺じゃなきゃ見放してるわ……」
魔法技術のテストと学校の定期テスト並みの教養試験をするらしい。
正直なところ、教養試験は歴代第1階魔導士の武勇伝についてや、第1階魔道士の存在意義についてなどを問うのがメインだ。
ーー初代の第1階魔導士全員の名前をフルネームで答えよーー
ーーXXX年に起きた〇〇の戦いにおいて当時の第1階魔導士たちが行った事をそれぞれ答えよーー
当然といえば当然の、マニアックすぎるといえば全くもってその通りである問いたちだ。
ただ、どの界隈にも詳しすぎる奴ってのはいるもので…隣のやつとかがそうだったりする。
「俺はともかく…なんでおまえが上位に食い込んでんだっ!?」
「天才だからに決まってんでしょ!?」
もちろんそんな訳はない。私は何事も器用ではあるが、特出した才能がある訳じゃない。
上位に食い込めたのは偏に、ばあちゃんが元第1階魔導士『銀翼の聖女』だからである。
それはもう……あらゆる事を叩き込まれたさ……
まぁ、そんなことはどうでもよくて
第1階魔導士の専用魔法は緻密な作業と深い造詣によって発動できる。
聖女、淑女なら本型の媒介装置から治癒魔法や浄化魔法を
戦士や騎士なら剣型の媒介装置から攻撃特化の魔法を
賢者や暗殺者ならバフとデバフの魔法を行使する
人々の生命に直結してくる魔法を使うため、人選において決して妥協は許されないのが第1階魔導士たちなのだ
私は隣に座っている面接待ちのやつをチラリと見る
人外レベルの美しさを持っているわけではない
でも実はまつげが長くて、肌がきれい
髪は撫でまわしたくなるほどツヤツヤしている
落ち着かなければならないのに、面接の緊張とは違うところで心拍が上がっていく
がんばれグレース!こいつと少しでも長く一緒にいたいんでしょ!
これにさえ受かれば、またこいつの隣にいられるのよ!
こいつの隣に他の人間を並ばせるつもりかっ?!
部署違いで会えないのなんて、もうごめんなのよ!!
落ち着いて、グレース。あなたならできるわ!!
………
……
…
「お、グレース。お疲れさん」
「そっちこそお疲れ様」
試験が終わって1週間後、私たちには辞令が出た。
これから、1ヶ月後に予定される戴冠式に向けて任務の引き継ぎが行われる。そのための顔合わせという名目で私たちはとある部屋の前に集められたのだ
いつもと調子が違う相方に疑問を抱きながら壁に寄りかかり待っていた
「今日は大人しいな。心の中はお祭り騒ぎだろうけど」
「…そんな事ないのよ。むしろ凪すぎていて自分が怖い。」
「そうか」
「なによ?いつもはもっと突っかかってくるじゃないの。調子が狂うわ」
「さすがに今日は、な」
突然目の前の扉が開いた。
「ようこそ新しい金環の賢者様、銀翼の聖女様。どうぞ部屋の中へ」
部屋から出てきたかなり壮年の男性か、グレースたちを部屋に招く
グレースの祖父よりも長く生きているかもしれない。
「こんな老いぼれを熱心に見つめてどうしようと言うんだい。お嬢さん」
……ついまじまじと見てしまった。
権威ある委員会の本部、その建物の中でも奥まった部屋、そんな特別な場所で我が家のように振る舞うこの男性が誰なのかは考えなくても分かる。
「失礼しました。金環の賢者様」
現金環の賢者である目の前のじいさまは目元の皺を深くして微笑んだ。
「ふぉっふぉっふぉ」
「これ、じいさん!いつまで若いもんを立たせとく気か!」
「いやだなぁ。お嬢さん。せっかくの別嬪さんを怒りの感情で台無しにしちゃいけないよ」
「あたしゃ、お嬢って歳じゃないよ。じいさん。さ、さ、こっちにお座りなさいお若い方たち。」
シンプルさの中に確かな値打ちを想わせる応接セットに腰掛けたマダムに言われるがまま私たちは腰をおろした。
マダムは流れるような動作でティーカップを持ち上げ、一口つけてからソーサーに戻した。
「まずは、選抜試験お疲れ様でした」
確かな品を窺わせる彼女は銀翼の聖女だ。
「金環の賢者様並びに銀翼の聖女様に御挨拶致します。グレース・ベネットと申します。労いのお言葉賜り恐悦至極にございます。」
腰掛けていたソファから一歩立ち上がり頭を下げた。
「金環の賢者様並びに銀翼の聖女様に御挨拶致します。ノア・ペンバートンと申します。労いのお言葉感謝致します。」
奴もそれに倣う。
正直、正しい作法かは知らないが、ノリだ。
「まぁまぁ、楽にして頂戴。もうあなたたちに渡しちゃう称号なんだから」
「そうだな。よろしく頼むわ」
「じいさん、それは軽すぎじゃないかしら?」
「誠心誠意勤め給え」
「まぁいいわ。」
委員会のツートップ、これで良いのだろうか?
「歴代の第1階魔導士の皆様が創り上げてきた名誉に恥じぬよう、誠心誠意勤めさせて頂きます」
これは私。
「そして、責務を果たし後世へと繋いでゆくことをお約束いたします」
これは奴だ。
「うん。堅いね」
「あら、私もあなたもこんなんだったわよ」
「温度差に風邪引きそうじゃ」
軽口を叩きながらも優雅さを忘れない動作で厳かな雰囲気をぶち壊しているのが、委員会のトップ2だ。
頭がバグを起こすときはこんな時だろうな。
「さて、早速で悪いのだけど初仕事行ってきてもらっていい?あ、この職位に拒否権とか用意されてないんだけどさ」
「ブラック企業も真っ青よね」
視覚と聴覚の情報が一致しない私たちは
「「はぁ」」
と言った。
初任務で放った聖女様限定魔法はとても綺麗だった。
………
……
…
初任務と戴冠式を無事に終えた私は日々イカれた量の書類を捌いていた。
実は第1階魔導士の仕事は地味だ。最高権力者の1人として書類と闘い、部下を困らせ、怒った部下に連れ戻されることを繰り返す。
魔導士として非常に優れた人間のはずが、現場仕事は国事くらいなのだ。
不夜城とかいう語感のいい皮肉を言い始めたのが誰かは知らないが、威厳のある建物が昼夜問わず輝いてる様は正しく、眠らぬ城である。
昇進して以来、勤務棟から寮への帰り道で西にあるお天道様を私は見たことがない。
初任務(難易度:めちゃ高)は運が良かっただけらしい。
そんなこんなで戴冠式から半年くらい経ったある日、私は奴に呼び出された。
『今日、いつものバーで待ってる』
そんな簡素な一文だけだったが、なぜかいつもより早く終わった決済。出来上がった書類を渡した時、初めて部下の顔に喜色が浮かんだのをみた。
うん、恋のパワーは偉大。
…
特別な人だと勘繰らせたくなくて服はいつも通り。
それでも、小物やアクセサリーはより良いものを着けている。
今日の一杯目は奴が来るまで待っていよう。
「もう来てたのか。……早くない?」
「あんたが遅いのよ」
「いや、いつもこの時間執務机で突っ伏してるじゃん」
「何で知ってるのよ」
ーー最近仕事どう?ーー大変だね。
ーー久しく現場行ってないからブランクがな。
ーーせっかくの限定魔法ぶっ放したい。
そんな楽しい愚痴と懐かしいあの頃を思い出しながら、一杯目のお揃いで頼んだ酒を少しずつ少しずつ飲んだ。
二杯目のショットは三口で飲んだ。
三杯目はまだ口をつけてない
なんだかしんみりとした空気が2人の間に流れている。
どんな話題を振っても話が続かない。
この先のことに気を取られていて脳が容量不足を訴えている。
夢が叶ってしまった。
第1階魔導士になるのは簡単じゃなかったけど、過ぎてしまえばあっけないものだった。『こんなもんか』と思っている自分がいる。
多分、夢が叶うかもしれないと思ったその時に欲望の順位が変わっていたのだ。
もっと欲しいものがあるから手に入った夢を素直に喜べない。
もう一度言うけど、私はロマンス小説のヒロインのような鈍感さは持ち合わせていない。
だから、隣で穏やかな表情のなかに緊張を孕んだ奴が少なからず自分を想っていると知っている。
私たちが出会ったのは思春期真っ只中のときだ。相手を意識するのに時間はかからなかったし、それに気付かないほど軽い想いではなかった。
お互いが予防線を張って、意地を張って、波長が合うからこその曖昧な距離に甘んじていた。
それでも、お互いに相手の隣こそが帰ってくる場所だと心のどこかで信じているのだ。
いつかは崩すことになると知っていて築き上げた関係。
時が経つにつれ巨塔になっていたそれは、奇跡的なバランスで建っている。
崩すのが惜しいと思ってしまったのだ。
「久しぶりにあんたと飲めてよかったわ」
「そうだな。次はいつになるんだか」
「仕事のせいよ」
「そう言うなって。全魔導士の憧れだぞ」
「……最近、言い寄られることが増えたわ。流石のネームバリューよね」
「そうなんだよな……貴族様もにこにこ寄ってきやがって」
「……あんた、恋人できたの?」
少し間が空いた
「……何で、そんなこと聞くの?」
「なんとなくよ」
「………そう」
「ええ」
これだけは確認しておきたかった…
自然と尋ねたつもりだったが、私の心中は気づかれていないだろうか。
ーーこの人を思い浮かべるだけで気が急いて、今すぐにも告白してしまいたくなる
ーーそれでも、恋人がいる人間にそれを告げられるほど私は強くはないから
使途不明だった乙女心が恐怖を伝えてくる。
「…………」
「俺は、グレースが好きだよ。だからそれが意地っ張りなお前の、告白は前の最後の確認であればいいと思ってる。」
「……」
鼻の奥が痛いくらいにツンとした。
「そこまで分かってんなら、あんたから言えっ」
「俺は言っただろっ!?……グレースが好きだって」
「……」
「グレースは?」
「……」
「……ふーん」
「ッ………頭がいいところと、鋭いツッコミをくれるところ、優しいけどノリが良い性格………私はあんたに、ノアに惚れてるわよ!!」
奴のあからさまに不機嫌な声色に触発されて、思ったより大きな声が出てしまった。
やばい。ここBARだ。おしゃれで大人なBARだ。
めっちゃ響いた。はい、丸聞こえ。
………怖くて目開けられねぇよ!!
それでも、いくら待っても返ってこない反応に痺れを切らしてチラッと、本当にチラッとだけ奴を確認した。
「知ってる〜」
目敏くチラ見を確認していて、ニヤついていた奴の背中をいつもより強めに叩いてやった
「結婚式はいつにしようか?同棲は明日からでもいいよ?」
「は?」
「これ以上、猶予いるの?」
「……いらんな」
………
……
…
やつは本気で翌日には同棲を始めた。
と言ってもお互い寮に住んでいたのだが、奴は目星をつけていた物件をさっさと買ってきたらしい。
告白した1ヶ月後、なんとか1週間の休暇をもぎ取った私たちは両家の挨拶をさっさと終わらせて籍を入れた。
面倒なので仕事の時は旧姓を名乗っているが、私はグレース・ペンバートンとなった。
入学試験で出会ったのが15歳
3年間、成績で競い合った。
一緒に就職したのが18歳
部署は違ったけど、いつだって意識していた。
恋に気付いた20歳
委員会の最高幹部になった25歳
この世界の平均寿命からすれば、何もなくてあと35年、一緒にいられる。
大人になって価値観も変わるだろう。
お互いを取り巻く環境も無常だ。
たまには言葉で傷つけてしまうこともある。
それでも、この人を愛することは変わらないし、私が愛されなくなることもない。不朽の信頼がある。
根拠なんでないが、出会った瞬間からどこかで思っていた。
そして、私はこの人と誰にも邪魔されず笑い合っていられる場所を手に入れた。
この人の生きる世界を守るためなら、なんでもできそうだ。
ありがとうございました。