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モノノケ革命  作者: フント
壹章【豺】
2/2

【豺】の壹

東雲ヒュウガはあの夏の日、豺に憑かれた。

昼休み。涼風に吹かれながら二人は中庭で昼食を摂る。瑞々しく眼にも若かった葉はすっかり色を変え、風が吹く度に、乾々(カラカラ)としわがれた声を上げるようで、何とも寂しげであるが、これもまた「趣」というものなのだろうか・・・


「タイガ、ほれ、あーん!」


・・・等と沁々考えていたのが、隣の獣の一声で一気に馬鹿々々しくなった。


「『あーん』じゃないが。ここ外。しかも人だって沢山いるじゃないか」

「えーいーじゃん!もう俺ら半ば公認カップルみたいなもんだろうよ」

「全然そんなじゃ・・・ない・・・よな?」


不安になって辺りを見渡す。さっきまでこちらを観察していたのだろう、腐女子が慌てて目を伏せて暫く震えている。恐らくナマモノもイケるのだろう。


「・・・・・・」

「ほれ、あーん!!」

「・・・・・・」


ひたすらに恥ずかしい。しかしなんだろう、別段悪い気もしない。こうして自分の彼氏が、リア充の典型例みたいなことをしてくれるのが、自分にこうして「愛されている」と認識させてくれている様な気がする。つまりは、「俺は隣にいてもいいんだ」と思わせてくれる。彼自身が、俺の安心できる場所になってくれるのだ。

さて俺は、感謝の形を「あーん」で帰すことにした。


「・・・あーん」


意外にも優しく、口にがウインナーが運ばれる。


「どうだ、俺のウインナーは・・・あーいや、俺が作ったウインナーって意味な!?」


知っている。俺はそこまで欲求不満ではない。と伝え、咀嚼し、飲み込む。


「美味いな、これ本当にヒュウガが作ったのか?」

「おうよ!!」


寒空には少々眩しすぎる笑顔で答える。


さて、一通り食事を済ませた後、こいつが次にとった行動といえば・・・


「なあ、今日ちょっと寒くないか?」

「うん、確かに」

「な、タイガちょっと、こっち寄ってくんね?」


抱擁である。

毎日こんな感じだ。暑かれ寒かれ、気温なんて関係無しに、毎日抱擁してくる。そしてそれを又、抱擁で返すというのが日課だ。毎日致死量を超えるか超えないかギリギリのラインの愛を注がれている。


「・・・暖かい」

「お前身体冷えてんな~、もっとこっち寄れよ」


心地好い毛並みが、これもまた心地好く俺の身体を包み込む。「モノノケ」の、【豺】の体毛だ。


―――――「なあ、ヒュウガ」

「うん?どした?」

「お前の、この身体・・・」

「なに、気にすんな」


こいつらしくない、落ち着いた口調で言う。


「・・・別に、元に戻りてーとかは思っちゃいねえよ」


更に強く抱き締める。少し痛いくらいに。


「お前が、こんな姿の俺に迫られたときも、お前は俺のことを嫌ったり避けたりしないで・・・でも、不可抗力とは言え今でも申し訳無くなって、本当にお前と一緒に居ていいのかって・・・たまにすげー怖くなるんだよ」

「ヒュウガ・・・」

「でも、お前とこうやって触れ合う度にな、不安も和らぐんだ。『あの時』みたいに、お前は俺を受け入れてくれるって、心の何処かで確信するんだ」


長々と語った後、ようやく先のような元気な口調で続ける。


「ほら、それにさ、お前このモフモフが好きなんだろ?ほれほれ~!」

「んわ、ちょ、そこくすぐったいって!」


今この瞬間、本当にくすぐったいのは、この様子を一部始終語られている読者の皆様かとは思うがどうか許してほしい。さて、こんなノロケもそこそこに、御國ヒュウガの「モノノケ」について語っていこう。




アブラゼミの合唱も喧しい夏の朝。俺は東雲ヒュウガからこんな文を受信していることに気が付いた。


『八時半に八洲(ヤシマ)公園の入口に集合だからな、遅れんなよー』


八時二十八分の事であった。八洲公園というのは、近くの公園だ。山の山頂にある八洲神社の裏にある公園だ。徒歩でおよそ二十分程かかる。


『ごめん今気付いた。遅れる』


とだけ伝え、心地好い冷気の充満する結界をくぐり抜け、清々しい灼熱地獄の下に躊躇わず飛び出し駆け出すのだった。


さて、これからそこへ何をしに行くかと言うと、夏休みの課題消化である。

地元のボランティアに参加するという課題なのだが、

これに取り掛かろうとしたときには、既に夏祭りも終わっていたし、老人ホームの訪問も締め切っていたし、海の家の手伝いも締め切っていた。出来ることがこれしかなかったのだ。


ああ、どうしてもっと早くにこの課題をやろうとしなかったのだろうか。等と、後悔こそしないが少々愚痴を溢す程度に思っていると、眼前に見えたのは『八洲公園』の文字だ。

時刻にして八時四十三分。案の定、遅刻した。

しかしここで可笑しいのが、遅れるなとわざわざ俺に釘を刺した彼が、俺より先に着いていなかったのだ。

ついたぞ。まったく、お前が遅刻してどうする。とのブーメランたっぷりな文を送った後、もう暫く待つことにした。


十分経過


二十分経過


三十分経過


―――――おかしい。


スマホに目をやると、メッセージに既読も付いていなかった。東雲ヒュウガという人間は、時間感覚はきっちりした性格であり、約束も割と守る方である。そんな彼が約束した時間を四十分近く経過してもやって来ず、メッセージに既読も付いていない。・・・・・・


唐突に不安ばかりが耳を、目を、夏の苦しいまでの暑さと共に駆け巡った。すこし日陰に座り込んで炭酸飲料を喉に通した後、考える間もなく俺が取った行動と言えば、彼の家に向かうことだった。勿論全力疾走だ。不安と暑さで頭に血が回らなくなりそうだが、休んでいられる精神的余裕なんて無かった。

『東雲家』の文字が見えると、すかさずインターホンを押した。

出たのは彼の母親だった。


「あら、広瀬君?うちの子がいつも御世話になってます・・・」

「いえ、こちらこそ。東雲は・・・いえ、ヒュウガ君は居ますか?」

「今日はね、まだ部屋から出て来てないの」

「朝ごはんが出来たから降りてこいって呼んでも、『ごめん、今日はまだお腹すいてない』って、出てこないのよ」

「・・・他には?」

「具合悪そうだったから、部屋に入って様子を確かめようとしたら『入ってこないで』って、必死に。そんなに見られたくないものでも置いてたのかしら?」

「・・・ちょっと失礼します」


俺は不安の色を先にも増して強め、こけそうになりながら家の中に入った。なんとか平静を保ちながら、その部屋をさがした。


あった。


息つく余裕もなく、されど冷静に、扉を軽く叩き俺は言った。


「東雲、大丈夫か?俺だ、芦原タイガだ」


案の定、入ってくるな、とだけ返って来た。何かに怯えた様子だった。


「・・・何か居るのか?」


俺しかいない。とだけ返って来た。


「・・・まさか、()()()『憑かれた』のか?」


暫くの沈黙。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・多分」


そう返って来るのを確認すると、俺は扉を開けようとした。


「待ってくれ!!」


ドアノブを回す音に過敏に反応し、今まで聞いたことの無い様な大音声で、彼は叫んだ。残響だけが、俺を包み込んだ。今いる環境から、俺と、彼の部屋だけを隔絶するように。

その後、今まで聞いたことの無い様な弱気な声で、こう切り出した。


「俺が開けるよ。・・・なあ広瀬、一つ、訊いていいか?」

「おう」

「俺の姿がもし、人間じゃなくなっても、驚いたりしないか?」

「驚くかどうかは見てみないと分からないけど、怖がったりはしない。・・・答えとして大丈夫かこれ?」


数秒の沈黙。恐怖と安堵の混じった声が聞こえた。


「・・・ああ、充分だよ。ありがとう」


扉は開けられた。開けたのは、体毛に包まれ、尻尾の生えた、所謂獣人と呼ばれる姿の、寝巻きを着た男だった。


「・・・驚かせちゃったかな、ごめんな」

「いや、気にするな。東雲は何も悪くないだろ。誰も悪くない」


彼は目を合わせられずにいた。

俺はというと、まじまじとその姿を眺めていた。やはり何処と無く、()()()()()だった頃の面影は残っているのだが、しかし、やはり「獣人」であった。獣の姿の人間。大丈夫。人間だ。

そんな沈黙が数十秒続いた後、声を発したのは彼の側だった。


「・・・ちょっと待て、さっき『お前()』って言ったか?」

「・・・ああ」


俺は着ていたシャツを脱ぎ、自分の左胸に焼き付いた()()()()を見せた。「モノノケ」だ。

彼はこれを見るなり、動揺するような、恐怖するような、又は少しばかり安堵するような表情を浮かべた。少し前までの俺と、似て非なる表情だった。

かくいう俺はというと、自分で裸を晒しておきながら、男相手にそうしたことを何故かとても恥ずかしくなって、顔を赤くして、更に遠くを見つめていた。

視界の更に奥には俺と彼のツーショットの写真が、丁寧に飾られていた。まだお互い()()()()()だった頃の、恐らくは、最後の写真だった。

読んでくださり有難う御座います。お久しぶりです作者です。個人的に結構ノロケ色の強い回でしたが、如何でしたでしょうか。不定期投稿となりますが、これからもどうぞ宜しくお願いします。

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