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あのホームランを忘れない  作者: らくだ物産
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第4話 悩める天才少女

 美雪との約束の翌日、虎徹こてつの気持ちは朝から浮かれたままだった。そして、それをするどくく見抜いたのが、隣の席に座る是川唯これかわゆいだった。


「虎徹。今日はやけに楽しそうだな。なんかいいことでもあったのか?」

 いきなり心を見透かされ、虎徹は動揺する。しかし、同時に気になったのが、いつもよりも元気のない唯の様子だった。身長145cmと小柄こがらな彼女が今日は一段と小さく見える。


「べつに、俺はいつもと変わらないよ。是川さんこそ今日は元気なくないか?」

「まあ、アタシにもいろいろあるんだよ……」

 クセ毛交じりのショートヘアをかき上げながら唯は言葉を返したが、やはりそこにもいつものような力強さはない。


 そこで虎徹が思いだしたのは、朝のニュースだった。詳しくはわからないが、世界中で株価が急落しているとかなんとか。彼女が運用している投資ファンドでも損失が発生しているのかもしれない。


「ニュースで大騒おおさわぎしてたけど、世界中で株が下がってるらしいね」

「ああ。予想どおり下がったから、そこそこの利益になったよ」

 自分のような凡人ぼんじんの心配などどこ吹く風。さすがは天才相場師の孫娘まごむすめだ。虎徹は素直すなおに感心したが、そんな彼に唯が投げかけたのは意外な質問だった。


「なあ、虎徹。高校時代にしかできないこと。いまこの時間にしかできないことって、なんだと思う?」

 常に自信満々《じしんまんまん》で人生に一切いっさいの迷いなし。そんな彼女のイメージとは真逆の問いかけに、虎徹はおどろきながらも考えてみる。


「そうだなあ……。恋愛したりとか、友達と思い出を作ったりとか?」

 ありきたりだと思ったが、彼にはそれ以上の答えが見つからない。

「そういうのとは、ちがうんだよなあ……」

 深いため息をついた唯は、そのまま机にしてしまった。


「唯ちゃん。元気だしなよ。きっとなんか見つかるって」

 明るい口調で唯に声をかけたのは、彼女の前の席に座る鬼塚舞おにづかまいだった。

 しかし、彼女のはげましにも唯はまったく反応しない。いつも隣で楽しそうに会話する二人を見ているだけに、虎徹は心配になって小声で舞に問いかけた。


「是川さん。なにかあったの?」

「うん。じつは唯ちゃん、会長に……」

「舞。余計よけいなことは話すな」

 威圧感いあつかんたっぷりに舞の言葉をさえぎったのは、鬼塚剛おにづかごうだった。


 唯をはさんで前後に座る双子の鬼塚兄妹おにづかきょうだいは、彼女の使用人兼ボディーガードをつとめている。


 妹のまいが175cm、兄のごうが190cmと二人とも長身であり、黒のスーツを身にまとい髪型をオールバックに整えたその姿は迫力十分だ。

 また、兄妹共に切れ長の鋭い目つきの持ち主であり、その視線は周囲しゅういを無条件に威圧いあつした。


 しかし、クラスでは明るく社交的で、唯に対しても友人のように接している舞に対して、どんなときでも冷静沈着で、常に唯には敬語をつかう剛。双子の兄妹であるにもかかわらず、二人の性格と態度は正反対だった。


「ごめん。兄さん」

 うっかり口をすべらせたことを舞はあやまったが、このやり取りを聞いていた唯が、体を起こして剛に言葉をかける。


「べつに話してもいいよ。虎徹からアイデアをもらえるかもしれないしな」

 彼女の言葉に剛はすぐさま従う。

「唯様がそうおっしゃるなら自分はかまいません。邪魔じゃましてすまなかったな舞。鈴木君に事情を説明してくれ」

「了解!」

 こうして虎徹は、唯が直面している問題について舞から話を聞くことになった。



 是川唯は、幼少ようしょうの頃からあらゆる知能テストでケタ外れのスコアを記録する天才少女だった。

 順調にその能力をのばしていった彼女は、11歳でアメリカの名門大学に飛び級で入学し、優秀な成績をおさめて15歳で卒業した。


 また、この時期に彼女は、是川財閥これかわざいばつの会長である祖父の是川銀治これかわぎんじの影響から投資の世界にも足を踏みいれていた。

 生まれ持った優秀な頭脳と、大学で学んだ豊富な知識。そして、稀代きだいの天才相場師である祖父からうけついだ勝負勘。これらがバランスよく結合した結果、天才ファンドマネージャー是川唯は誕生した。


 彼女は、祖父が設立した投資ファンドを運用し、すぐさま莫大ばくだいな利益を上げていった。そんな唯のことを銀治は自慢じまんに思っていたが、その気持ちはやがて不安へと変わっていく。 


 原因は、唯が仕事にのめりこんでしまったことだった。彼女は投資以外のことにほとんど関心をしめさなくなり、食事や睡眠すいみんもろくにとらずに時間を忘れて分析や売買に没頭ぼっとうしていた。


 このままでは唯が壊れてしまう。

 孫娘まごむすめの将来に危機感を持った銀治は、年相応としそうおうの生活を体験させるために、彼女を日本に連れもどし常陽学院に入学させた。


「高校生のいましかできんことを見つけて、それに打ちこめ。投資もやるなとはいわんが、制約せいやくをつける」

 それが、祖父から唯にあたえられた課題だった。しかし高校二年の夏になっても、彼女は打ちこめるなにかを見つけだせずにいた。



 おおまかな経緯けいいを舞が話し終えると、すかさず唯が口をひらく。

「おまけに、昨日じいちゃんがブチ切れて、9月の終わりまでになにも見つけられないなら投資は一生やらせん! だとさ。まったくふざけた話だ!」

 怒り心頭しんとうの唯をなだめつつ、舞が虎徹に問いかける。


「そういうわけなんだけど、なんかアイデアないかな?」

 シンプルにいえば祖父と孫娘のケンカだ。けれど、住んでる世界がちがいすぎて自分にだせるアイデアなんてない。それが虎徹の正直な感想だった。


「ごめん。すぐには思いつかない……」

「いいよ。気にすんな。そんな簡単に答えが見つかるなら、アタシもこんなに苦労してないしな」

 虎徹に言葉をかけた唯は、再び深いため息とともに机に突っ伏してしまった。そんな彼女を舞がなぐさめる。


「大丈夫だよ唯ちゃん。9月までにはきっと見つかる。そのために、夏休みは世界中を旅するんだし」

 自分探しに世界旅行か……。虎徹はそのスケールの大きさに、ただただおどろくしかなかった。

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