雪の日に流星群を探して
夜深く、しんしんと降り積もる雪の中、一人の女の子がこっそりと家を出た。ここは少し田舎で、少し都会な、そんな町。雪が積もるのも珍しいできごとだった。
女の子の名前は『ゆき』という、綺麗な長い髪をした5歳くらいの女の子。みんなには『ゆきちゃん』とか『ゆきっぽ』なんてよばれていた。
ゆきっぽは、雪だるまみたいに服を着こみ、毛糸の帽子と手袋をしていた。それでも手が冷えるので、何度も手をこすり、時々「はぁ」と息をはいた。
「急がなくっちゃ」
背負ったリュックを「よいしょ」と直し、トテトテと走り出す。道にできた小さな足あとはできては消え、できては消えていく。ときどき漏れる家の光と街灯が、ゆきっぽの後を追いかけていく。
「りゅうせいぐん! りゅうせいぐん!! ひとつ、ふたつっ!」
鼻歌まじりのその声は、積もった雪の中へ溶けていった。
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「明日は100年に一度の流星群が見れる日です」
テレビのお姉さんが嬉しそうにそう言った。
「りゅうせいぐんってなあに?」
ゆきっぽはママに聞いた。こんなに嬉しそうにおねえさんがはなしをしているのは、きっとすごく楽しいことなんだろうと思ったから。
「お星さまがね。落っこちてくるのよ」
「ええ!! お星さま落ちちゃうの!! しんじゃう! たすけなきゃ!」
その言葉を聞いたママは優しく微笑んで言った。
「助けてあげるとね、願いがなんでもかなっちゃうんだから」
「なんでもっ!」
「そう、そうなんでも」
ゆきっぽは、新しいお洋服が欲しかった。もしお星さまを助けたら新しいお洋服がもらえるかもしれない。そう考えると。その日はワクワクして眠れなかった。
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ゆきっぽはせっせと走り続けていた。雪は桜の花びらが落ちるようにゆっくりと降り続いている。
「あそこの公園はきっと晴れているよねっ! 落ちてるお星さまを助けなきゃ!」
家から少し離れたところに高台があって、小さな公園になっていた。ゆきっぽもよく遊びに行く公園だった。
せっせっせっ、ギュギュギュ。せっせっせっ、ギュギュギュ。はあはあ、ふうふう。
静かな世界に小さな足おとと吐息。ようやく高台にたどり着くと、目下には光の粒が瞬いていた。
「あれがお星さまかな?」
ゆきっぽは首をかしげた。こんなに一杯お星さまが落ちていたのになんで気付かなかったんだろう。しっかり考えれば、空にお星さまがいないのは、全部地面に落っこちてしまったからに決まっているのに。
「ちがうよ」
声がする方を見ると、そこには二つの角を持った大きなトナカイが、ちょこんと座っていた。
「こんばんは、お馬さん。しゃべれるお馬さんなんだね」
「あれ? ぼくが見えるんだね。こんばんは。お名前は?」
「わたし『ゆき』。みんなはゆきちゃんとかゆきっぽって言うよ。あなたは?」
「ゆきっぽか、いい名前だね。僕はトナカイたろう。よろしくね」
「となか……いたろう? いたろう君もお星さまを助けにきたの?」
「名前ちょっと違うんだけど、まあいいかな。えっと、お星さまを助けにってどういうことかな?」
「りゅうせいぐんで、お星さまが落っこちちゃったから、助けてあげるの。そしてお洋服もらうの」
「ああ流星群のことか。でも、お洋服をもらうってどういうこと?」
「助けるとなんでもお願いきいてくれるんだって。ママが言ってた」
それを聞いたトナカイたろうは可笑しそうに笑った。
「それはウソだよ。助けても願いはかなえてくれないし、そもそもお星さまはここまで落ちてこないから、助けを求めてもいない」
「え? ママのおなはしってウソなの?」
「そうだよ」
トナカイたろうは、少しイジワルな感じで言った。
それを聞いたゆきっぽは顔を膨らませた。
「まったく、ママはまったく! でも、困っているお星さまがいないならよかった! あ、紅茶飲む? ママの紅茶はとってもあったかくておいしいよ」
その反応にトナカイたろうは驚いてしまった。
「ありがとう……。ゆきっぽは優しいね」
イジワルなことを言った自分が恥ずかしいと思った。
「そうかな? いたろう君は何でここにきたの?」
ゆきっぽはピンクの水筒を取り出し、紅茶をコップに注ぐとトナカイたろうに手渡した。熱々の紅茶からは、大きな白い湯気が立っていた。蹄を人間の手の様に使いながら、大きな口へと運んでいく。その姿を見ながら、ゆきっぽは上着を一枚脱ぎ、トナカイたろうの肩にかけた。
「僕はね、大事な人とけんかをしちゃったんだ。なんか全てがどうでもよくなってしまって、ここでボンヤリ街を見てたんだ」
「けんかは悲しいね。仲直りできるといいね」
「うん……。ゆきっぽは……、お洋服がもらえなくても……お星さまを助けようと思ったかい?」
どうしても聞いてみたいと思ったことだった。
「うん。死んじゃうのはかわいそう」
「そうだよね」
「でも……」
ゆきっぽは何やらモジモジとしていた。
「でも、やっぱり、お洋服は欲しいな……」
それを聞いたトナカイたろうは、大きな声で笑った。そして、ゆきっぽの頭を思いっきり撫でた。優しく、これでもかと。
「そうだよね。その気持ちはどちらも間違っていないんだ。僕はね、その大事な人と、心とモノではどちらが大事なのかでケンカをしたんだ。物で心を満たすなんておかしいってさ」
「なんだか難しいね」
「そうなんだ。とても難しい。だから仲直りしようと思う」
「それがいいよ! きっと喜ぶよ!」
「うん。ところで、ゆきっぽはどんな服が欲しいんだい?」
「えっとねえ、ピンクでたくさんヒラヒラがついてるの!」
「分かった。いい子にしてたらクリスマスに持ってきてあげる」
「ほんと!! やったあ!! 」
ゆきっぽは飛び跳ねて喜んだ。
****
そのあと、二人で暖かいお茶を飲み、持ってきたチーズケーキを食べながらお話をした。その空間だけは暖かく、降った雪がすぐに溶けてしまうほどだった。
「さて、そろそろ帰ろうかな」
そう言うと。トナカイたろうは立ち上がった。
「帰っちゃうの? また遊びにきてね」
「もちろん。そうだ! 僕を助けてくれたお礼に流星群を見せてあげる」
「りゅうせいぐん!! でもみんなお星さま落っこちてるよ?」
ゆきっぽは目下の光の粒を指さした。それは街の光であったが、ゆきっぽには、相変わらず落ちた星に見えていた。
「僕がお空に一緒に連れていくよ」
トナカイたろうの体はフワリと浮き、少しずつ空に昇っていく。そして、街の光は、それに引っ張られるように空へと舞い上がった。そして、雪がやみ、厚い雲が少しずつ晴れていった。
「いたろう君! またねー!」
少しすつ小さくなるトナカイたろうに向かって、ゆきっぽは力強く手を振った。
どんどんと雲が晴れていく。星が一つ二つと姿を現していく。そして、トナカイたろうが見えなくなってしまった後には、無数の星たち残った。
「流星群はね。星たちが踊っているんだよ」
トナカイたろうの声が聞こえた気がした。
おおいぬ座にオリオン座、おうし座、こいぬ座、ふたざ座にかに座。月明りのない晴れ渡った夜空に、たくさんの星座達が喜びのダンスを踊る。街の光たちも参加して、夜空は一層にぎやかになった。そして、一つ一つの星たちは、宝石のように瞬いて、右へ左へ駆け巡る。ここは星たちのダンスフロア。
「うわぁ!!!! すごいきれい!!!」
一つ、二つとゆっきぽは流れ星を数え始めたが追いつかない。
「すごくキレイね。こんなにたくさん見れると思わなかった」
となりを見ると、ゆきっぽのママが立っていた。
「あれ? ママいつ来たの?」
「何をいってるの? ずっと一緒じゃない」
ママはくすくすと笑った。
「パパもいるよ」
反対側にはゆきっぽのパパもいた。
ゆきっぽは不思議に思った。パパとママに見つからない様に、こっそりと家を出たのになんで一緒なんだろうと。でも、それ以上に、パパとママと流星群を見れたことが嬉しかった。
パパに抱っこされながら、ゆきっぽは星たちのダンスに歓声を送り続けた。
読んでいただきありがとうございます。暖かく優しい気持ちになっていただければ幸いです。
※1/3フリガナを追加しました。また誤字報告ありがとうございます。