第二章 現実はどこにでもいる③
見たこともない新しいゲームの体験版を手に入れて、ワタシはココにいるらしい。もう諦めてそう信じようと思う。
だからこそワタシはこんな姿なんだろうし、マナさんもワタシより幼い姿をしていてワタシに腕を絡めてくるんだろうし、黒猫には羽が生えていて小生意気な口調で喋るんだろうし。ん……クロネ……?
そういえば、あのお姉さんの格好に似ているような……? でもクロネは女性じゃなさそうだし……。
もしかして安心のサポート機能が、クロネ? ゲームの世界にいるっていう風には信じていなかったから気づかなかったけれど、クロネだって現実の世界の誰かが演じているキャラクターの可能性もあるんじゃないの……!? クロネがいうNPC、ノンプレイヤーキャラクターだとあんな風に会話出来ないような気もするし……。これからはクロネに対しても気にしてみることにしよう。
「ところで……マナさん」
「なぁに? ユイちゃん」
「ちょっとくっつきすぎじゃ」
「だってまた青い化け物に襲われたら怖いし、わたし今はちっちゃな女の子だし。姉妹みたいで楽しくない?(唯人くんのそばにいられるし!)」
押しに強くないワタシはそれ以上言い返す言葉が出てこなかった。それに現実ではありえないことが起きている方が嫌なことを忘れるのに都合が良かった。
マナさんにくっつかれた状態のまま階段を上がり、真っ直ぐ生徒会室を目指した。中にあの男子生徒がいるだろうと思うと嬉しいような悲しいような複雑な気持ちに。軽くノックしてから「失礼します」とドアを開けた。その間もその後もマナさんは離れない。ワタシが女の子姿だからって油断しすぎじゃないかと、その時は思った。
お題がわかるはずとはクロネに言われていたものの、まずは聞いてみることにする。
「あの」
「ちょうどいいところに来てくれた。実は頼みたいことがあってね。音楽室に行ってきてくれないか」
何かを聞く前にお題(?)を押し付けられてしまった。聞いても同じだろうとは思いつつも聞いてみる。
「音楽室には何しに行けばいいんですか?」
「ちょうどいいところに来てくれた。実は頼みたいことがあってね。音楽室に行ってきてくれないか」
「……わかりました」
マナさんが男子生徒に「ありがとうね」と声をかけ、男子生徒は「鍵を預けるからよろしく頼むよ」と応じている。
何かが引っかかる。でも考えたらまた頭が痛くなりそうだったからやめて生徒会室をでた。
「じゃあユイちゃん、音楽室に行こっか」
「えっと……場所はどこだろう」
「同じ四階にあるよ、こっちこっち」
そう言うなりマナさんは組んでいる腕を引っ張ってスキップするように廊下に進んでいく。
「ちょっ、ちょっと」
ワタシが慌てるのなんてお構いなしに進むマナさん。クロネがくくくと笑っているのがちょっぴり腹立だしい。
でもクロネとだけいたときと違って、少しこの世界が面白くなってきていた。この世界でお題ばかり解いてゲームを楽しむのもいいのかもしれない。
男子生徒が渡してくれた鍵で、マナさんが音楽室のドアを開ける。むわっと蒸した空気が出迎えてくれた。
「毛ほっけほっ。なにこれ……?」
マナさんの腕の力が強くなる。目の前には巨大なわたぼこり。
「わた……?」
「綿じゃないもん。ばっはだもん」
全長1メートルはありそうなわたぼこりがこちらを向いて言葉を発した。口の上には偉そうな雰囲気のカールした黒ひげが乗っかっていた。よくよく見るとロールケーキみたいな髪型? をしている。
「我輩に何か用かもん」
「用って言われてもねえ?」
「う、うん」
「何もないのに、我輩を綿呼ばわりしたのかもん!」
「え、えっといや、あの……そのひげチャーミングですね!」
ワタシは何を言ってるんだ?
「!!」
わたぼこり、じゃない。ばっはと名乗った怒りに染まっていた物体は、目をぱちくりさせ頬を染めたかと思うとバッハ(本物)の肖像画の中に消えていった。なんだったんだ。少し湿度も下がった気もする。
「ユイちゃんってすごい……」
「多分褒め言葉じゃないよ、それ」
男子生徒に言われた通り音楽室に来たけれど、結局何もわからないのは変わらない。マナさんがなぜか、「わたぼこりがいたんだから掃除しようよ!」なんて言い出して、音楽室を清掃することになった。
マナさんと手を繋いでバケツに水を入れてくると、雑巾を絞りまず窓を拭いた。一度拭いただけで雑巾は真っ黒に。何度も水場まで往復することになった。
「掃除って楽しいね!」
「う、うん」
何でマナさんがこんなに楽しそうなのかわからない。でもワタシも思いの外楽しんでいるのかもしれない。次々と雑巾掛けできるところは雑巾掛けし、箒で床を掃き、黒板の溝に至るまでキレイにした。
キレイになった音楽室で、マナさんがピアノを弾いて何か歌を歌ってくれた。
——その時、黄色い一つ目の化け物が音楽室に入ってきたけれど、歌を聞くなり声も上げられないほど苦しみのたうち消えていったことを、クロネだけが見ていた——。
何だか懐かしい達成感に満ち溢れていた。音楽室はピカピカになったものの男子生徒が求めていたことがわからないままで、もう一度聞きに行こうということを提案した。
「うん、そうだね」
「…………」
クロネは何か言いたそうに見ていたけれど、結局何も言わなかった。