第一章 コレって現実……?④
階段を降り切ったところでまた音楽が流れてきた。
力強いクラシックのような曲調……威圧的で圧倒されそうなメロディ。何故か戦争を彷彿とさせた。
「く、クロネ?」
心細くなりクロネに声をかけた。
クロネは冷めた目でまたワタシを見ているだけだった。
そんなお前は僕好みじゃない、とでも言いたそうに——と他愛ないことを考えていると目の前は突然陰る。
視線の先には……ぼろぼろのセーラー服を着た女の子が、私と同じぐらいの身長の……。
何センチあるのか目測ではとっさに測れないほど髪は長く、それよりも目を引いたのは右手に掲げたカッターナイフ。
「ネェ……」
「ひっ……!!」
カッターナイフに目を奪われていて、声をかけられるとは全く思っていなかったワタシは酷く驚いた。落ち着けワタシ。怖くない、怖くない。
「ワタシノコトコワイデショ?」
心を読まれたのかとまた驚いてしまいそうになるのを何とか堪える。
こういう子は刺激しちゃいけない。
アドベンチャーゲームみたいに死亡フラグなんて嫌だからね!
と、内心強がるワタシを知ってか知らずか、クロネがまたも不可思議な発言をする。
「選択肢だよ」
▽怖いです
▽怖くないです
ゲームのタイトルみたいなものが現れた時みたいに、眼前に浮かぶ文字。え? どっちを選べばいいの?頭によぎるのはクロネのあの言葉。
ゲームオーバー=死。
ワタシは何故かやり方なんて聞いていないのに、選びたい方を掴んでいた。
▼怖いです
「ソウ……アリガトウ」
そういって彼女は、ワタシにとても可愛らしいくまのぬいぐるみのキーホルダーをくれた。そのギャップが少し微笑ましい。
お礼を言おうとキーホルダーから彼女に視線を移すと姿はもうなかった。
ぱちぱちぱち。
やる気のない拍手が聞こえた。
「驚いた。この展開は二回目だ。珍しいモノを見せてもらったよ。どうしてあの選択肢を選んだ?」
クロネが不思議そうに聞いてくるのが可笑しかった。
普通なら ▼怖くないです と答えると思う。けど、わざとぼろぼろの制服を着て、殺傷能力の低い(けれど刃が残ると厄介な)武器を、これ見よがしに所持して。ワタシからすれば怖がって欲しそうにしか見えなかった。あの曲に騙されそうだったけど彼女に敵意はなかったんじゃないかと思う。ただ理解されたいだけの可愛い女の子。どこにでもいる女の子と何ら変わりないとまでワタシは思えてしまった。
それらをクロネは黙って聞いていたかと思うと、ぼそっと「今回は何かが違う」と言っているのが聞こえた。
ワタシは何度かこの世界に来ている? そんなあり得ない話が……。また頭が痛む。
そしてその後は直前に考えていたことなんてどうでも良くなっているのだった。
目の前の光景について改めて考えることにする。相変わらず血糊でペイントされた床に窓。先ほど開かなかった教室に鍵を差し込み回すと、かちゃっと甲高い音がして扉は開いた。三階の職員室から拝借した鍵が役に立ったみたいだった。
恐る恐る開けると中は半分だけ電気がついている。薄暗いながらも何があるかの判別はついた。机が周りに避けられ、机の上には椅子が逆さにされた状態で乗っていた。掃除前の風景……?
真ん中にヒトガタのシルエット。
立ちすくむワタシと誰か。
あの子は————
赤く染まっていた、ワタシが拭いてあげた小さな少女? そう考えると肩の荷が降りて話しかけやすくなった。
「どうしたの?」
微笑みを意識して浮かべながら少女に問う。
「なくしたの……ホ……ダー」
「何かをなくしたのね? それは小さなもの?」
軽く頷く少女。
「一緒に探せば見つかるよ! まずこの教室から探そうか」
言いながら返事を待たず探し始めるワタシ。当惑する少女。勝手気ままな傍観者クロネ。
ロッカーに机に取り残された鞄に……あちこちから小物を集めては少女に確認する。どれもこれもハズレ。あ! と思い、机に椅子を乗せその上にワタシは乗ってカーテンレールの上を探す。昔あった出来事を思い出しながらもしかしてと期待を寄せる。
「……あっ……た」
そういって少女が見ていたのは、おそらくカーテンレールに手を伸ばし探していた拍子にスカートのポケットから転がり落ちたソレ。
足元にくまのぬいぐるみのキーホルダーが落ちていた。これだという風に少女は拾う。瞬間。眩い光がキーホルダーから溢れ出す。動けないワタシ。少女は!? 少女は大丈夫なのっ!?
時間とともに収束し、元の薄暗い教室へと戻った。
「唯人くん!」
びくっとなった。急に声が聞こえたことじゃない。少女が綺麗な姿になったからでもない。目の前の少女が唐突に名前を呼んだことに。
少女はなおも「唯人くん」と呼び続けている。ここにはセーラー服姿の二人しかいないことになんて気づかないように。
「わたし色々忘れちゃってたんだけど、探し物見つかって手にしたら思いだせたよ!」
「…………」
ワタシはとにかく恐ろしくて自分の肩を抱いて震えていた。
「ありがとう、唯人くん。わたしは自分より幼い女の子を選んでみたんだけど、唯人くんも女の子のキャラクターを選んでるとは思わなかったな。結構女子力高いね」
「……………………」
ワタシはその場から駆け出した! まさか! なんで!? どうしてっっ!? 知り合いに今一番会いたくない人にこんなところで会うなんて……! こんなことって……嫌だ嫌だ嫌だ! 何で直井さんが……ここに……。
ワタシは……僕は、男子トイレの個室で泣いた。