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チョコレート・サイダー  作者: 大饗ぬる
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第一章 コレって現実……?②

 結局、状況も何も上手く咀嚼できないまま、クロネの話を後ろ暗い怖さから上辺だけ信じることにした。『仲間』を探す。とてもシンプルでわかりやすいだけに、裏がありそうで怖い。

 泣きたいような怒りたいような感情と夢か現実か愚考がごちゃまぜになった頭の中、恨めしい気持ちも生まれた。こんな目に遭わなきゃいけない何かをしたとでもいうの? 何もしてない。

 手に入れたばかりのパソコンゲームの体験版を——本当なら誰にも邪魔されない時間を——プレイして過ごせていたはずなのに。

 そうだ……。


「ねぇ、クロネ?」

「手助けなら僕は“出来ない”決まりだけど、付き合うぐらいなら可能だよ」

「なっ!?」


 まだちゃんとした言葉として口に出していない質問を、クロネは予期していたかのように淀みなく答えた。今こうして疑問に思っていることすら見抜かれてそうで気持ちが悪い。


「ユイが聞くのは、コレでもう百二十八回になるものだから、もう覚えちゃったよ」


 百二十八回?

 さっき初めて聞いた質問のはず。クロネは何を言ってるのか……うっ、急に頭が殴られたかのように痛み出した。何コレ、何コレ!? こんな頭痛知らない。追求して考えるのをやめようとすると痛みは和らいでいく。そう、考えちゃいけない。

 何もない。

 今回が初めてじゃないんだし………………——え?


 気味が悪くなっていく考えを止めたくて、どうするかも考えず立ち呆けていた体を教室らしき場所へと向き直る。

 やっぱりこれは教室だよね? 埃が積もるものの、謎のペインティングの血糊は少なく、比べればだけど、幾分か清楚にまで見えてしまった。薄汚れているけれど全体的に白っぽいことが他との違いを出していたのかもしれない。

 また痛みが再開するのが怖くて、頭を空っぽに、クロネを一別してから教室の扉に手をかける。

 ……開かない。

 最初は軽く片手で、次に両手で全力で引くが結果は変わらなかった。接着剤でびっちり塗り固めたかのように開く様子が一切無い。


 もうっ! せっかくやる気になったのにこんなことって……。思わずへたり込む。

 感情の揺れ幅が酷い。人がいないことをいいことに、いつもは絶対しないように心がけてることをする。胸がきゅうと音を立ててそのまま消えてしまうんじゃないかってほど、痛んだ。現状と一致しないまま、涙を流し声を上げて泣いた。これまでの緊張感が決壊したんだと、どこか冷静なもう一人の自分が分析しているのがバカらしい。

 見かねたわけじゃないだろうけど、クロネがヒントをひとつくれた。


「校内のことなら生徒会に聞きに行けばいいよ。この展開は十六回目だから幸先が良いかもね」

「…………ぐす」


 またクロネがよくわからないことをいっているけど、気にならなくなってきていた。考えることで頭が壊れてしまいそうなほど痛むのが嫌なだけかもしれないけれど。すぐに泣き止むことは出来なかった。ただ声を出すほどでもなくなっていて、乱暴に袖で目元をぬぐうと立ち上がって、努めて明るい声でいうことにした。


「生徒会室はどこにあるの?」

「ソレは答えられないね。ユイが自分で攻略してくれないと、ほら。この世界にオートマッピングはまだ実装されてないしね」


 このぐらいならあるんだけど、と決して広くない空間を半分以上占めた黄色の四角い線が一筆書きのように描かれていく。青く色づいた丸に矢印が下向きに指され——

——点滅していた。


「このマークがユイ。ココが今僕たちのいるところ。がんばって探してね」


 少なくないゲームをしてきたから確信を持てた、これはマップだ。四角い枠線と自分のいる位置しか表示はされていない。さっきクロネは「オートマッピング機能はついていない」みたいなことをいっていた。自動でマップに情報は増えていかないだろうけど、自分で書き込んでいくようなことは出来ないのかな。


「さっき開けようとした教室は扉だけマップに記入しておくよ」


 また心を読まれた気分にさせる親切だけど不快な言葉。クロネがマップに肉球を押しつけると、扉のマークが一つ追加されていた。

 現実ではこんなマップはゴーグルもかけずに見たことがない。やっぱりここは夢かゲームの世界?

 いや、考えるのはやめよう。とりあえず前進。

 徐々にこの場所にいることになれてきた気がする。まずは、と階段を探すことにした。

 歩き始めると、動くことを思い出した体から緊張が解れていっているのか変な覚醒感が出てきて焦る。考えないようにしようとするほど、頭の中で疑問が次々と生まれてくる。


「階段はどこかな」

 あえて言葉にしてみたが、わりと効果があるように思えた。

「階段はどこかな」


 生徒会室を探し始める前にここが何階か確認しようと、見つめていた先の廊下とは逆方向に進んでいく。目をこらしても暗い闇しか見つけられない廊下へと歩いて行くのは勇気がいった。だから、勇気は温存した。

 もう一度呟こうとそちらに集中するあまり、一瞬、ほんの刹那だけ何もかもを()()()

 その隙間に入り込んでくるように——ぺたぺたぺたぺたぺたぬちゃぺたぺたぺたぺたぺちゃぬちゃぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぬちゃぺたぺたぺた——現れた。


「ひっ…………!」


 何か叫びたかったが声にならず息を飲むだけになる。

 向かおうと思っていた方角からやってきたの……?

 赤い少女。顔もワンピースも剥き出しの手足も赤く塗れている。力の入っていなさそうな両腕は重そうに少女にくっついているよう。手のひらはこちらに向いていた。

 人間には出せそうにない異常な空気を目の前の少女は作り出していた。目の端に入ってきた黒猫に思わず声を張り上げる。


「く、クロネっ!」


 クロネに焦点を合わすと宙で丸まり羽根をふぁさふぁさと揺らし目を閉じていた。眠っているようにしか見えない。「対話を……」と寝言のように残すと寝息をたて始めた。

 た、対話!? もしかしてあのロールプレイングゲームみたいなことをいってるの? この目の前の不吉なことを連想させる姿の少女に通じる言葉はあるの?

 疑問も黒い気持ちも圧し殺し、ゲーマー魂に火をつける。この世界がゲームならやってやれないことはないはず。


「ねぇ、両手が赤いのはどうしたの? 痛くない?」

 少女には敵意なんて悪意なんてないとそれら全てを肯定しながら、なるべく優しい口調を心がけた。

「…………」

 少女沈黙。

 対話なんて無理じゃないかと早々に諦めかけ視線を落とすと、少女が裸足であることに気づく。

「ちょっと待ってて」


 近くに水道はないかと少女からあまり離れないように、背後にも気を配りながら、廊下を早足で行く。二メートルと離れていないところに水道はあった。ひねると、案の定赤錆が出てきた。綺麗な水になるまでにもう少し時間はかかるだろうと、スカートのポケットの中をまさぐる。


「あった」


 緑のタータンチェックのハンカチを手に、透明になった水で濡らす。ハンカチを絞り水を切る。急いで少女の元へと走る。少しの距離が遠く感じ、見えるはずの姿が捉えられない。それでも時間は経っていないはずと足を進ませる。


「よかった、まだいてくれた」


 さっきの姿のまま同じ場所に少女は立っていた。ちょっとごめんね、と断りを入れ、まずは開いていた手を拭く。すぐにハンカチは赤く染まってしまうのではと思っていたのだけれど、そんなことはなくて綺麗なままのハンカチ。あえて気にせず腕を拭き上げていく。目を瞑っててねというと少女はいわれるがままに目を閉じ、顔を拭いてあげることができた。それでも汚れないハンカチ。少女が嫌がらないので次いで脚を拭いて足の裏まで拭うことにする。

 この少女がこんなに気になるわけは自分でも納得のいく答えは出ていない。けれど、裸足で校内を歩かされる屈辱を思い出したら、何かできることがあればしてあげたいと思ったのだ。


「そうだ、裸足なんだよね……」


 全身の露出する部分を綺麗にし終え、視界に入っていた靴箱からできるだけ小さな上靴を探した。靴箱に扉はなく見てすぐに靴の有る無しが判断できる。あまり外履きも上靴も入っているようには見えなかった。隣の教室へ移動していくともっと靴類があるかもしれないが、少女を置いていくのも連れて歩くのもしたくない。そう思って見えづらい一番下の段を見ているとサイズの小さそうな上履きを見つけた。心の中でごめんと思いながら手に取り、何も言わない少女の足に履かせていく。


「よしっ。これで足は痛くなりにくいはずだし、それに……うん。可愛くなった。そうだっ!」


 自らの前髪をまさぐる。硬い感触。手に取ると桜の形をあしらったヘアピンが二つ。完全に顔を出させる感じではないけれど、少女の前髪を真ん中で分けて片側にヘアピンで髪を飾った。


「これでもっと可愛くなった! やっぱり女の子に生まれたからにはオシャレして可愛くしたいよね」

「…………」


 少女沈黙。

 少女にまとっていた雰囲気が柔らかくなったかと思うと音もなく、ふわっと風を起こすと……消えた。消えちゃった理由が自分にあるように思えて酷く不安になっていると、


「——仲間になってもらえなかったようだね、残念残念」

「クロネっ!? どこにいたの? 大事な時にいなくなるなんて」

「手を出さないルールだからね」


 終始を知っていたような口ぶりにさっきのは狸寝入りだったと決めつけ、デコピンを食らわしてから移動することにした。クロネは抗議の声を上げたけど、負けじと文句を垂らす。

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