いずれ英雄になる女の子に献身的に接していたら、自分がいないとダメな子になった
レイ・ガーリアスは将来《英雄》となる女の子だ。
わたしにはそれがよく分かる。
《フェルミト王国》の《士官学校》にて、入学時からずっと主席。
剣術、魔術共に秀でた才能を持ち、その上、《スキル》まで保持している。
それだけでも英雄となるには十分な器であるが、彼女の持つスキル――《魔力増幅》は、常人を超える魔力量を所持することができるようになるものだ。
かつてのわたしも、彼女と同じスキルを保持していた。
あのスキルがあれば、魔術を使用するのに一切の制限がない。
故に、元のスペックも高い彼女は紛れもなく英雄になる――それが、わたしの考えであった。
……『かつてのわたし』というのは、前世の話だ。
わたし――ユーネ・スティラには前世の記憶がある。
魔術師として国に仕え、英雄と呼ばれ、そして国内部での政治的な抗争に巻き込まれ……死んだ。
そんな記憶があるからこそ、わたしはもう力を持ったとしても、英雄になることはしない。
他人に押し付けることもしたいとは思わなかったが、幸いにもレイは自ら英雄になることを望んでいた。
わたしとレイは幼い頃に知り合い、今も士官学校で、同じクラスに同じ寮の部屋で生活している。
「レイ様、おはようございますっ」
「ああ、おはよう」
そんな少女の挨拶に、レイは笑顔で答えた。
ガーリアス家の令嬢であり、学校でも主席。多くの生徒の憧れであるレイは、このように同学年だけでなく先輩からも挨拶されることがあるくらいだ。
「レイはいつも人気ですね」
「茶化さないでくれ、ユーネ」
隣を歩くわたしがそう言うと、少し困ったような表情を見せるレイ。
銀色の長い髪に、透き通るような白い肌。整った顔立ちはとても綺麗で、どこまでも完璧な『美少女』にしか、わたしには見えない。
そんな彼女にお近づきになれたことは、わたしにとって幸運だったと言えるだろう。
……元々は孤児であったわたしが、ガーリアス家に拾われて、使用人としてレイと共に育てられたのだ。
もちろん、そんな道を選ばずとも、前世の記憶に魔術の知識があるわたしならば――魔術師として再び大成することは難しくはない。
しかし、『能ある鷹は爪を隠す』という言葉も存在するように、わたしは自らの実力をひけらかすことはしない。
レイという英雄について、彼女をサポートする――それが、わたしの選んだ生き方であった。
だから、幼い頃から彼女を献身的にサポートし、できる限りのことをやってきた。
それもこれも、将来のわたしの生活の安定のため……そのはずだったのだが。
「ふぅ、ようやく寮の部屋まで戻って来られたな」
生徒達に会うたびに挨拶をされるような生活に、苦労しているかのようにため息を吐くレイ。
そのままベッドの方に向かうと、パタリと横になった。
こんな姿のレイを、士官学校の生徒達は見たことがないだろう。
もちろん、レイも見せるつもりはない。――家ですら、わたしの前でしか見せない姿がある。
「ユーネ、早くこっちに来てくれ」
「分かりましたよ」
わたしは小さく嘆息をして、レイの下へと向かう。
倒れ伏したレイの横に座ると、彼女はもぞもぞと動き出して、わたしの膝を枕にして横になる。
「ふふっ、ここが一番落ち着くな……」
緩み切った笑顔を見せて、そんなことを口にした。
そう――彼女は強く、どこまでも完璧な少女だ。それは、わたしだけでなく彼女を知る全ての人間が認めていることだろう。
だが、唯一の誤算は……わたしが彼女を甘やかし過ぎたこと、なのだろうか。
元々、貴族としても厳格な生活を送っていた彼女にとって、『唯一の拠り所になる』という、割と計算された行動を続けていたわたしにも、落ち度はあると思う。……というか、落ち度しかないかもしれない。
わたしはただレイに優しくしていただけのつもりなのだが、どうやらそれが彼女にとっては大きすぎることだったらしい。
貴賤のないわたしの態度に、レイは心を開いてくれた――それはもう全開で、どうしようもないくらいに、だ。
「レイ、制服が乱れていますよ」
「私とユーネの部屋なんだから、それくらいいいじゃないか。それよりも、今日も私は色んな人の模範になるように頑張ったんだぞ。褒めて、褒めて」
「……褒めてって、子供じゃないんですから」
「むっ、子供じゃなかったら甘えたらいけないのか? それに、私だってまだ十五歳だもん」
『だもん』なんて言葉は、およそレイが発するとは誰も思わないだろう。
最近はだんだん要求も増えてきて、調子に乗らせない方がいいのだろうか、と思うこともあるのだが……残念なことに彼女は甘やかさないとダメ人間になってしまう。
甘やかしてもわたしの前ではダメ人間なのだけれど。
「褒めて褒めて褒めてっ」
「もう、仕方のない子ですね。レイは頑張っていますよ、いつも」
「頭も撫でて」
「……昨日も撫でましたよね?」
「昨日は昨日。今日は今日! 撫でながら褒めてほしい」
「はいはい。レイは良い子ですよー」
「……えへへ、やっぱりユーネに褒められると嬉しい。私はこれがあれば死ぬまで頑張れるよ」
頭を撫でると、安心しきった猫のような表情を浮かべて、レイが言う。
左手で頭を撫でて、右手では彼女のお腹の辺りに手を置く。
すると、彼女はわたしの手を握って、しばらくすると眠りにつくのだ。――こんな生活を、すでに数年と続けている。
……どこで道を間違ったのだろう。そう思うこともあるのだけれど。
「……すぅ」
「まったく、本当に――わたしがいないとダメな子になってしまいましたね。英雄になるというのに」
眠りにつくレイを見て、わたしは思わずくすりと笑顔を浮かべてしまう。
いずれ英雄になる彼女の拠り所としての生活は、きっとこれからも続くだろう。
今は……これ以上彼女の要求が過激にならないことだけを、祈るばかりだ。
普段は真面目なのに、二人の時だけはどこまでも甘えん坊になってしまうという女の子との百合が見たかったので書きました。
ご査収ください。