Thus, our history arrived in A.D.2131.
《華僑と公社》
2110年代、後に《復興期》と呼ばれる時代、世界中へと散り成功を収めた《華僑》をルーツに持つ企業群は、その資金力・組織力・人員を示し合わしたかの様に戦後復興事業へと率先して投入し、生き残った人類が集う都市部インフラの改善――《人類生存圏》構想の実現に大きな役割を果たした。彼等はその成果を持って復興後の利権を主張することも、行政府に大きな影響力を持つ事も良しとはせず、2131年の現在に至るまで都市経済が活性化するよう健全な活動を展開する一企業としての立場を貫いている。
元来、《公社》とはかつての北米エリート支配層が新参者である華僑系企業を呼ぶ際の蔑称であった。だが、ある出来事を契機に《公社》は違う意味合いと別組織を指し示す言葉へと変貌を遂げていく。
その出来事とは、想定されていなかった人類の外敵――《怪物》の出現であった。
2116年05月23日、旧ウィスコンシン州において《怪物》が公式に確認されて以後(注1)(注2)、北米大陸各地で出没する《怪物》は人類復興における深刻な障害として広く認知されるに至った。実際、都市から遠く離れた開拓村だけでなく、都市外縁部の拡張整備や州間高速道路の補修敷設事業等に係わる作業員が出没する《怪物》によって次々に拉致・殺害(注3)されるという事態が後を絶たず、貴重な人的資源(注4)の喪失を許容できないと考えた行政府の判断により復興現場には州軍が常駐されることが決定された。3年以上に渡って州軍は良く護衛任務を全うしたが、《怪物》相手という本来想定されたものとは違う任務(注5)に次第に疲弊、確実に増大を続ける州軍兵士の死傷者を鑑み一つの決断を下す。
それは『民間軍事会社に 対《怪物》任務を委託する』ことであった。
この試みは2120年頃には常態化し、北米残存七都市それぞれにおいて民間軍事会社最大手であった華僑系大企業の民間軍事/警備部門が《怪物》による脅威の最前線に立ち始めた。
行政府及び州軍からの出動要請に基づいて《怪物》駆除に奮闘する請負人の姿は贔屓目に見ても英雄的であり、その活躍は戦災を生き残った市民から称賛を持って迎えられる(注6)。いつしか《公社》は蔑称ではなく、後に華僑系大企業の民間軍事/警備部門から分社化した民間軍事会社を北米市民たちが指し示す言葉へと変化していった。そして、その呼び名も剣と魔法の物語にある怪物退治を請け負う《戦士》達が集う”斡旋所”にあやかり《公社》=Guildと呼称されるに至ったのだ。
2131年現在、北米七都市ごとに存在する《公社》は都市行政府及び州軍と親会社である華僑系大企業からの過干渉を避けつつ、《怪物》駆除を主業務の一つとする民間軍事企業として成長を続けている。
《2131年の世界情勢》
戦後(注7)復興の最中にある西暦2131年の世界情勢は戦前と大きく様変わりしてしまった(大州ごとの現状について以下に簡潔に記す)。
◆アジア州
戦前多くの人口を抱えていたインド・中華人民国は《核の冬》がもたらした食糧危機を乗り切る事ができず、周辺国へと侵攻を繰り返した挙げ句に自壊した。東~東南~南アジアで国家形態を辛うじて現在まで維持し続けているのは都市国家シンガポールと中華人民国北京軍区(注8)のみである。核兵器の集中使用が行われた西アジア(中東地域)は前述(注9)の通り、《神に見捨てられた地》として無残な姿を晒したまま復興は行われていない。北アジアに位置するロシア連邦は食糧危機を軍部により強硬に抑え込んだことで、アジア州における最も戦禍の少なかった国家として存続している。ロシア連邦は《核の冬》の影響により寒帯及び冷帯に属する地域が拡大した事と北半球の放射能汚染の影響で農業は振るわないが、豊富な地下資源を用いた重工業でアドバンテージを握っている(注10)。
◆ヨーロッパ州
頻発する核テロにより早期に政府機能が麻痺したために、食糧危機を発端とする内戦が最も激しかったのがヨーロッパ州である。国家形態を辛うじて現在まで維持し続けているのはイギリス(注11)とヴァチカンのみである。欧州本土には国家に属さない原始集落が数多く存在し、まるで中世の暗黒時代のような様相を見せている。
◆アフリカ州
戦前より多数の発展途上国を抱え食糧危機にあったアフリカ諸国は《核の冬》により文字通り生き地獄と化した。死の砂漠・生態系の狂った密林・近代兵器で武装した略奪者・飽くなき飢餓・蔓延する正体不明の感染症がその実状である(注12)。戦前の国家は存続していない。豊富な地下資源を確保するために各国より調査団が送り込まれているようだが……
◆オセアニア州
戦前よりオーストラリアが存続しており(注13)、南半球ゆえに放射能汚染が少なかったことから《復興期》以降、農業国として着実に復興を果たしている。自国領海の碧の海に対する感染を瀬戸際で食い止め続けており、地下資源及び工業力の大部分を海軍力増強に注力している。農産物・海産物の数少ない輸出国として世界に対するプレゼンスは大きい。
◆アメリカ州
北米ではアメリカ合衆国が7つの巨大都市として復興を遂げ、カナダではトロント市が都市国家として存続している。合衆国は内戦が未だ終息しておらず、大統領不在の連邦制度に基づいた合衆国憲法の適法性すら怪しい中、権限不明の数々の中央省庁と都市行政府間とで無意味なマウンティングが続けられている(注14)。各都市が公然の秘密として大陸弾道弾数発を秘匿している以外にプレゼンスが見当たらないまでに合衆国は著しく凋落してしまっている。
中米に位置する大多数の国々は碧の海により放棄され、美しい景観と無人の地が広がったままに至る。
南米ではアルゼンチンとブラジルが内陸部でいくつかの都市国家として存続し、農業国としてオーストラリアと《南半球農業協定》を締結している。歴史的要因が積み重なり、《復興期》以降の南北アメリカは没交渉の状態が継続している。
注1:ほぼ同時期に世界中(南極大陸を除く五大陸)に点在する都市行政府から《怪物》の存在が公表されている。しかしながら、核の冬の影響下にあった《混乱期》に忽然と住民が消えた小規模集落の噂は枚挙に暇がなく、この時期(2096-2107)より《怪物》が活動していた可能性も否定できない。
注2:同州はカナダと国境を接し、古くからウェンディゴやサスカッチといった先住民伝承に登場する怪物に関する都市伝説が盛んな地域でもあった。
注3:後に発見された身体(の一部)の鑑識結果から”生きながらにして喰われた”ことが確実視されている。
注4:復興に不可欠な専門知識を有する技術職は、戦災による若年人口の激減により技術継承が行われていないことから特に重要視されていた。この問題は復興事業に含まれていた技術・知識のアーカイブ計画が進捗することで解消されていった。
注5:未だ第二次南北戦争が継戦中の北米においては、州軍の仮想敵は他州軍であり、装備や戦術も従来型のままであったことが対《怪物》戦闘において被害を拡大させる原因となった。
注6:当初は華僑系企業と《怪物》とのマッチポンプを疑う声も多数上がったが、虐殺ともいうべき一方的な損耗率にも係わらず《怪物》と対峙し続ける請負人の姿によって風評は時間と共に沈静化した。特に華僑系大企業CEOサミュエル・リン氏が視察の際に作業員を庇い犠牲となったシカゴ市においては、早い時期より華僑系民間軍事会社に対して好意的な市民が多かったとされる。
注7:正式には第三次世界大戦の終結宣言は何処からも出されていない。
注8:北京軍区は第4次印パ戦争に勃発前後から北京市郊外に直径15kmにも渡る長大な”壁”に囲まれた都市を建設し、鎖国政策を布いている。そのため《混乱期》以降の国情は一切不明のままであるが、衛星写真による夜間撮影からはユーラシア大陸随一と言っていい程の繁栄した姿が観測されている。
注9:Prologue - Who wanted such a world? ⑤ より
注10:《復興期》より世界最大の武器輸出国として地位を独占している。
注11:碧の海の影響を避け、ロンドン市よりケンブリッジ市へと遷都し都市国家として復興。
注12:加えて、北米と桁違いの数の《怪物》の姿が確認されている。
注13:都市国家形態ではなく、中央政府がオーストラリア大陸の概ね全土を施政下に置いている。
注14:中央情報局や国家安全保障局といった諜報機関員の暗躍や連邦捜査局捜査員による北米七都市の司法介入だけでなく、州軍と国防総省との軋轢も問題視されている。