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Who wanted such a world? ⑥

 《欧州連合(EU)の混乱》 

 2093年9月5日、首都への核テロによる混乱からフランス・ドイツが回復しつつある中、欧州理事会の緊急会合が開催され、EUが採るべき外交姿勢について議論が交わされた。

 恐るべき暴挙に出たイスラエルを支持するか、パキスタン大統領暗殺への関与について公式謝罪し、中東諸国という外貨獲得手段を維持し続けるか(注1)の二択で会議は紛糾するが、既にシリア大統領よりEUに対しての報復が繰り返し表明されており時間的猶予は無かった。

 欧州理事会は議論の末”中東諸国への援助”を全会一致で採択し、直ちに中東諸国及び世界へと声明が発信される手筈であったが、その機会は永遠に失われる。

 ユストゥス・リプシウ(欧州理事会本部)スが存在するブリュッセル(Brussels)で13発目の核テロが敢行され、EU首脳全員が即死したからである。

 犯行はISIS(イスラム国)の流れを汲むイスラム過激派によるものであり、直ちにメディアやネットへと犯行声明がばら撒かれた。

 曰く、「ドイツ・フランスに死を! EUに報いを!」。犯行声明には何処からか入手した《天使(ملاك)》と呼ばれる超小型核爆弾(注2)による無差別報復の実施が仄めかされていた。

 そして、それ(声明)は脅しでは無かった――

 9月6日未明までに、主としてドイツ、フランスの都市合計28箇所を標的とした核テロが敢行される。実行犯は、地域紛争によりEUに大量流入した難民に紛れた複数のイスラム過激派組織(注3)であった。

 州政府機能すら喪失したドイツ・フランスは死傷者と避難民で溢れかえり、その大混乱は隣国へと波及し、EU圏全体の市民をパニックに陥れた。空港や駅、高速道路はアメリカ・ロシア等への一時避難を求める群衆で溢れ交通網はマヒ、その主要な駅や空港およそ20箇所を新たな標的に核テロが行われたことは、EU市民の感情を()()から()()へと駆り立てた。

 程なくEU全域で、軍、警察機構、自発的に組織された市民自警団による〈アラブ系住民〉の強制収容がEU法として施行される。

 この強制収容の対象は難民だけでなく、既に何世代も前に市民権を得たアラブ系市民にまで及んだ。次第に強制収容に伴う抵抗は激化し、イスラム過激派から提供された火器による銃撃戦や、軍・警察機構に在籍するアラブ系市民とそのシンパによる反乱行動までが頻発する事態にまで発展する。

 EUは新たな核テロに対する怯えを取り繕うかの様に〈アラブ系住民〉の強制収容に血道を上げていた。

 後の歴史から見れば、自警団が”アラブ狩り”と呼ぶその実態は20世紀のナチスドイツがユダヤ人に行ったホロコーストと変わらぬ蛮行であった(注4)。


 《新たなる災禍》 核の(Nuclear w)(inter)

 年は明けて2094年1月、辛うじて存続していた国連(UN)専門機関(WMOやUNISDR)や在野の気象学者、シンクタンクより衝撃の論文やレポートが多数公表される。

 その内容とは、地球規模での日照時間の極端なまでの激減――〈核の冬〉の到来予測であった。1983年に提唱され、長年その現実性がシミュレートされてきた〈核の冬〉は予想よりも遥かに少ない核兵器(注5)の使用によって実際にもたらされる事が確実となったのである。

 公表と同時に、大戦にほとんど関与することなく、中東やEUで使用された核兵器の放射線降下物(フォールアウト)の影響が少なかった南半球における穀倉地帯(南米諸国やオーストラリア)への買い付けが殺到するが、僅か2日で世界の取引所が売買を停止せざるを得ない状況が発生する――自国の食糧備蓄優先のため世界規模で農産物水産物輸出が停止されたからである。

 たちまち、戦禍の有無に関係なく食料の買い占め・買い付けによる大混乱が発生し、混乱は騒乱へと拡大の一途をたどる。多くの国々で暴動・略奪・放火・殺人といった犯罪行為が日常化し、ついには食料を求めた大規模な内戦にまで発展した国や地方政府も少なくなかった(注6)。世界規模で自国優先の孤立政策・鎖国政策が始まったのもこの頃である。

 2094年以降、一旦収束しかけた世界大戦は内戦や隣国侵攻へとシフトしていった。今日の研究では、本格的な食糧不足を迎える前に世界人口は僅か10年足らずで大戦前の2/3に近い70億人(注7)まで減少したと考えられている。


 《人類生存圏の後退》 碧の(Lunatic)(Blue)

 〈核の冬〉によりプランクトンが光合成できず死滅し、水産資源の激減が追認されつつある中、奇妙な自然現象が北半球に発生する。沿岸部へと限定された”悪臭”と”スペイン風邪に似た新型インフルエンザの流感”である。ソレは2094年8月に初観測され、新型インフルエンザは大戦による医療機関・製薬企業の疲弊(注8)により終息すること無く大規模流行(パンデミック)へと発展する。

 東南アジアの都市国家シンガポール(SIN)教育機関(南洋理工大学)による調査によって、ようやく原因が特定できたのは北半球沿岸部1/3まで”悪臭”と”新型インフルエンザ”が拡散しつつあった2095年2月のことであった。

 南洋理工大学(NTU)による緊急記者会見によれば、沿岸部に限局された海洋に漂う微生物の集合体(コロニー)から発生する気体(ガス)が”悪臭及び新型インフルエンザ”の発生源とされ、海洋生物の死骸を核とした集合体(コロニー)には各種ウィルスや病原菌の培養が()()()()行われる機構(メカニズム)が内包されており(注9)、”新型インフルエンザ”だけでなく北半球各地で新たに確認されつつあった新型感染症(注10)の原因である可能性が極めて高いとされた。更に深刻な懸念材料として、この集合体(コロニー)は船舶等に付着し繁殖条件(注11)に合致すれば、どの海域でも爆発的に増殖する性質を持つことも公表された(注12)。

 この会見を受け、南半球の海洋国家の殆どが船舶入港を無期限停止するとの声明を発表、実際に領海へと侵入する他国籍船舶に強硬手段が採られた結果、南半球で新たな武力紛争や戦争が発生する事態へと至った(注13)。

 2131年現在、北半球で約55%、南半球で30%の沿岸部の海水はエメラルドブルーへと変貌を遂げた。

  この一見美しい”碧の(Lunatic)(Blue)”と呼ばれる海域からは、ガスマスクや防護服無しでは呼吸困難と重度の感染症を引き起こしかねないガスが絶えず放出されており、汚染された沿岸部50~100km圏内の都市は規模に関係なく居住不可能として放棄を余儀なくされた(注14)。

 有史以前、狩猟時代からのテリトリーであった沿岸部を喪失した人類は、地球上におけるその生存領域を大きく後退させることになったのである。


 《終わらぬWWⅢ》

 インド亜大陸カシミール地方の紛争を契機に始まった第三次世界大戦(W W Ⅲ)は、南シナ海・中東全域・極東地域へと戦域の拡大を見せた後、食料不足に起因する内戦や隣国進攻へと戦争形態を変移させた(注15)。早々と孤立政策・鎖国政策へと舵を切り、〈核の冬〉へも備えていたかに見えた米国でさえも世界第2位の軍備を国内で向け合う凄惨な内戦が勃発した(注16)。

 過去二度の世界大戦を遥かに凌ぐ数の国家が戦禍に見舞われ、多くの人命や都市や自然環境が消えていった。ようやく〈核の冬〉が止み、日照時間が回復しはじめたのが2108年。その頃には世界人口は12億(注17)にまで減少を遂げていた。

 戦災により国家という枠組みが瓦解し戦争を始めた中央政府が存在しないことから、公式には現在(2131年)においても大戦(W W Ⅲ)は終結していない。

 大戦の災禍より生き残った人々は、比較的被害の少なかった大都市部に安住の場を求めた。しかしながら、都市行政府に無秩序な人口流入を制御できるだけの求心力(人望)や資金・備蓄物資は乏しく、次第に都市機能の麻痺が常態化し、決定的な破綻は時間の問題かに思われた。


 そんな状況下において、都市行政府を強力に後押しし戦後復興を牽引する存在があった――《(Oversea)(Chinese)》である。




 注1:この会合では核攻撃を受けた中東地域の復興事業に大規模参入できる可能性や、旧植民地への直接介入すら議論に挙がっていた。

 注2:不発弾の解析結果により、世界同時核テロで用いられた推定核出力10-15ktの核爆弾とほぼ同型と推定。

 注3:この時期のISIS、アルカイダ、ハマス、ヒズボラ等の有力なイスラム過激派は、EUへの長期潜伏の成果としてEU内に確固たる組織網を構築し終わっていた。中国とアメリカという二大国が”世界の警察”という地位から凋落したことが遠因である。

 注4:強制収容は〈アラブ系市民〉の保護が目的とされたが、強制収容の名目で連れ去られ人知れず殺害されるケースが極めて多いのが実情であった。 

 注5:使用された核兵器はシミュレーションの100分~10分の1にも満たない規模であったが、中東地域という乾燥地帯での核爆発によりシミュレーション(想定)を遥かに超える微小粉塵が成層圏へと舞い上がったためではないかと今日では考えられている。

 注6:特に国境という概念が希薄化していたEUでは農業国への人口流入が後を絶たず、無政府状態や政府解体へと陥った国や地方政府が多かった。2095年までにドイツやフランスの中央政府は自然消滅し、国家から()()という概念上の存在へと後退した。

 注7:西暦2086年の世界人口 110億超より。

 注8:大規模製薬プラントを有する先進国が大戦・内戦により壊滅的打撃を受けた上に、輸出入規制により自国内でワクチンを増産できない国々は感染症に対して無防備とも言える脆弱さを晒した。インフルエンザの猛威には〈核の冬〉による平均気温の大幅低下も影響を与えたとされ、この新型インフルエンザの大規模流行(パンデミック)による死者は3億人程度だったと推計されている。

 注9:微生物の数%には宿主・由来不明のウィルスや病原菌がパッケージ化されており、自然発生ではなく明らかに人為的操作により誕生したモノであることを窺わせた。

 注10:感染力こそ極めて低いものの、新型インフルエンザの亜種や空気感染する免疫不全症候群が確認されている。

 注11:水深200m以内、表面海水温5~30℃程度を高繁殖条件とする。 

 注12:会見の最後に発せられた NTU海洋学部教授 H.アリマー女史の「本来! 最高度安全実験(BSL-4)施設で扱われるべき危険な病原体が海面上に無数に存在し、それが世界へと拡散しようとしているんです! 分かりますか!」という怒声が繰り返しネットへと発信された。

 注13:中でもオーストラリア政府は食料を求め渡航する無数の他国船舶に対して、軍艦船による撃沈といった徹底した海上封鎖を現在(2131年)に至るまで継続し、自国沿岸部の汚染を抑える事に成功している。

 注14:ワシントンD.C・ボストン・ニュ-ヨーク・東京・大阪・上海・香港・バンクーバー・シアトル・サンフランシスコ・ブエノスアイレスといった歴史ある大都市も放棄された。

 注15:2096年後半に、食料を輸入に依存していた先進国や元来食糧難であった発展途上国が相次いで近隣国へと侵攻を開始した。この結果、EU内・アフリカ諸国・東南アジア諸国・北京軍区を除く中華人民国は大いに荒廃し、〈核の冬〉による本格的な食糧危機を乗り切ることができず多くの国家が消滅した。

 注16:2097年1月、ホワイトハウスの中枢と化していた超級AI群が何者かによる合衆国内からのサイバー攻撃でダウン。それに伴い合衆国南部13州が独立を宣言。後に第二次南北戦争と呼ばれる内戦が勃発する。州軍だけなく大統領指揮下の連邦軍(五軍)までも抱え込んだ南部州陣営により内戦は泥沼化、限定的ではあるがN・B・C(核・生物・化学)兵器までもがアメリカ本土で使用され、備蓄された食糧配給が行われること無く、多数の市民が〈核の冬〉による食糧難により死亡した。2131年(現在)のアメリカ国旗には50の星ではなく、米国内に残された人類生存圏である7都市を示す7つ星(セブンスター)が描かれている。

 注17:18世紀後半の産業革命時代まで総人口は減少した。


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