表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

Who wanted such a world? ④

 《シリア復興記念式典》 大国によるテロル

 75%以上の国土が化学兵器により汚染された過去を持つ遺棄国家(シリア)では〈イスラムベルト〉資本の元、首都ダマスカス(Damascus)の除染(注1)及び今後の国家運営の核となる新市街の建設が急ピッチで進んでいた。

 イスラム(ヒジュラ)暦1516年 第7月27日(西暦2092.12.26)の預言者昇天祭に合わせての開催が決定された《シリア復興記念式典》。式典の数日前より、同時開催予定の〈イスラムベルト〉会議(サミット)に参加する指導者・国家元首が続々と到着し、半世紀を経て帰還した元ダマスカス市民達により熱烈な歓迎を受けていた。

 2092年12月25日クリスマス、式典前日であるにもかかわらずダマスカス市民がもっとも熱狂したのは、パキスタン首相ユスフザイ(Yousafzai)の到着であった。《イスラムベルトの立役者》《中東の調停者》等の名で称賛されるパキスタン人の人気は絶大であり、ダマスカス国際空港には歓迎のために10万を超す群衆が押し寄せ、警備体制は混沌の極みにあった。パキスタン大統領専用機が滑走路へのアプローチに入りタイヤが滑走路に接地した瞬間、空港からのダマスカス市にまで響き渡った大歓声は悲鳴へと変わった――。空港の滑走路が突如連鎖的に爆発を起こし、巻き込まれた大統領専用機が胴体着陸後に大炎上を起こしたからである。

 後日、シリア当局が行った公式発表によれば、爆発原因は70年以上前のシリア騒乱で使用されたクラスター爆弾の不発弾(注2)によるもので、大統領専用機内の生存者は(ゼロ)という悲惨な事故であった。シリア大統領就任予定者イブラーヒーム(Ibrahim)(注3)は《復興記念式典》を延期することを発表。パキスタン首相ユスフザイの国葬は7日後の2093年1月1日にイスラマバード(Islamabad)で行われ、世界中の指導者が参列したとされる。

 その国葬の最中、中華人民国南京軍区特使による漏洩(リーク)という形で爆弾が投下された。”パキスタン大統領専用機の事故はイスラエルとEUの諜報機関員の関与によるもの”という証拠が、世界中のメディアに公開されたのだ。メディアによる報道は世界中を駆け巡り、様々な国々で政治的混乱を招いた(注4)。

 〈イスラムベルト〉はイスラエルとEUを非難する公式声明を出したが、イスラエルとEUが公式な場での釈明すら行わないまま数ヶ月が過ぎたことで、両陣営の関係は”最悪”という言葉が生ぬるい程にまで悪化した(注5)。

 近代以降、国家犯罪が公平に裁かれたことなど皆無であり、本来その責を負うべき《国連(U.N)》が機能不全となれば、”報復”は自らの手でと〈イスラムベルト〉諸国が戦争の準備段階へと移行するのを世界は眺める事しか出来なかったのである。


 《合衆国賢人会議》 

 印パ戦争及び広州軍区の海上封鎖によって多くの戦費と人命を浪費したとして、アメリカ大統領は議会及び大衆世論によって激しく叩かれ、支持率は下落の一途を辿っていた。

 それでもなお、世界はEUと中華人民国の対立を始めとする混乱で満ち溢れており、既に世界一の大国の座から滑り落ちた合衆国の今後の舵取りを確かなものにするには、従来のシンクタンクや大統領補佐官に代わる新たな政策顧問(ブレイン)が必要だと考えられたのは必然であった。

 2092年2月、大統領直轄プロジェクトとして納税者へのアピールをも狙い大統領行政府に設置されたのは、世界初の超級A.Iと量産型超級A.I達による討論ユニット …後に《合衆国賢人会議》と呼ばれる”人為らざる者”達による大統領諮問機関であった。

 運用開始にあたり福祉問題にのみ携わることが定められた”彼ら”の正確かつ的確な分析と政策提示は、合衆国の福祉問題を短期間で改善し、大統領支持率の回復に大きく貢献する。そして、その僅か1年後には運用範囲を()()()()()()()()にまで拡大させることが議会承認されるに至った。合衆国政府が入手する一次情報の全てに取得(アクセス)できる《合衆国賢人会議》は最早ただの人工知能(A.I)の群体などでは無く、《未来予知ユニット》というべき存在へと変貌していた(注6)。

 2093年8月以降、合衆国は急速に孤立主義へと舵を切り始める。その大きな理由に《合衆国賢人会議》の”助言”があった事は間違いないであろう(注7)。


 《台湾・日本国侵攻》 東アジア騒乱

 イスラム諸国との関係悪化の中、EUはカシミール地方からの撤兵を決断。印パ戦争で疲弊したインドと強力なリーダーを失ったばかりのパキスタンに中華人民国蘭州軍区の侵攻を阻むことは出来ず、長年領土紛争が繰り返されてきたカシミール問題に決着がつく形となった(注8)。

 一方、東アジアでも中華人民国が領土的野心を露わにする。南京軍区が《台湾》へ、瀋陽軍区・済南軍区が《日本》南西諸島へと突如侵攻を開始したのである。これは、日本・アメリカ・オーストラリアを含む軍事同盟〈ダイヤモンド(diamonds)〉が充分に疲弊しきった時期を見計らっての侵攻であった。軍事同盟が充分機能しない中での島嶼(とうしょ)防衛が展開されたが、2093年5月には台湾政府が降伏、6月には南京軍区までが南西諸島侵攻へと加わり、尖閣諸島・八重島列島・宮古島列島に相次いで上陸。日本国自衛軍と在日米軍は事前策定通り沖縄諸島に防衛ラインを敷き、中華人民軍を迎撃する作戦準備(注9)に入ったが、想定外の事態に作戦は頓挫する――8月1日、日本国首都東京(Tokyo)にて核テロが行われたのである(注10)。

 それは《東京》だけでは無かった……世界12箇所(注11)でほぼ同時に行われた核テロという蛮行に世界は(おのの)き、メディアが絶え間なく発信する被害映像は、世界の人々を恐慌(パニック)状態から”報復”という名の代替行動へと走らせる原因となった……


 世界は何かに急かされるように狂い始めていた。



 注1:折しも世界中が開発競争に明け暮れる自律(A.I搭載)機が除染作業に大量投入され、その高い有効性が認められた。

 注2:正確にはクラスター爆弾の子弾(対装甲車両用)。

 注3:元宗教学者。欧州での難民生活の最中テロに巻き込まれ、義体化した経歴を持つ。義体化故のハンサム且つ若々しく見える政治家。

 注4:イスラエルやフランス、ドイツでは国内外から集まった数百万規模の政府抗議デモが連日開催された。合衆国では中央情報局(CIA)の暗殺へ加担が強く疑われ、大統領が釈明に追わる事態にまで発展した

 注5:EU圏への経済制裁に始まり、大使召還、大使館閉鎖、自国民への退避勧告と〈イスラムベルト〉側の措置は段階的に高まっていった。また〈イスラムベルト〉国内での欧州人への暴行事件は日常化し、現地の警察機構では到底制御不能なレベルまで増加している。

 注6:2093年7月8日、合衆国賢人会議が初めて”第三次世界大戦”の可能性を予知した事が記録に残っている。

 注7:同時期に中華人民国北京軍区も孤立主義をさらに進めた”鎖国政策”を打ち出している。

 注8:中華人民国によるカシミール地方の進駐により多数の難民が発生し、カシミール難民の多くはインド・パキスタン両国への受け入れを求めた。

 注9:兵員の差を埋めるために、10万基近い歩兵型《自律無(Autonomous)人機( Weapon)》を投入する予定であった。

 注10:実行犯は不明、犯行声明も無し。状況から中華人民国の関与が強く疑われたが、中華人民国の何れの軍区も即座に関与を否定した。爆心地は千代田区霞が関。

 注11:《ベルリン(Berlin)》《パリ(Paris)》《ロンドン(London)》《デリー(Delhi )》《イスラマバード(Islamabad)》《テルアビブ(Tel Aviv)》《テヘラン(Tehran)》《リヤド(Riyadh)》《アブダビ(Abu Dhabi)》《キャンベラ(Canberra)》《ケープタウン(Cape Town)》に《東京》を加えた12都市。他に《ニューヨーク(New York)》《上海(Shanghai)》《モスクワ(Moscow)》でも同様に核テロが企てられたが未遂に終わったとされる。合衆国の調査によれば、テロリストが使用したのは溶液状態のプルトニウム239を用いてボストンバッグに収まるまで小型化(ダウンサイジング)された核兵器(推定核出力は10-15kt)であった。極めて高度な技術と知識で作製されたソレは合衆国ですら複製不可能な代物であり、世界最高の核技術を秘匿し続けているロシアの関与を強く疑わせるモノであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ