Who wanted such a world? ①
21世紀前半にアジアに位置した人口15億を超える共産主義国家は、その経済発展を背景に『新中華思想』というべき覇権主義を掲げ躍進、21世紀半ばには軍事・経済共に米国を抜き去り、自らを『唯一の国』と称し世界に君臨していた。
しかしその繁栄は、他国より《皇帝》と揶揄された国家主席が過度な延命医療の果てに死去(注1)したことにより、急速に終焉を迎えた。中華人民共和国は偉大な指導者の後継者争いの末、7つの軍事管区に沿って分裂。その後は、有効な経済政策を打ち出せないまま強大な軍事力を持て余す斜陽国家へと転落したのである。
一方、世界は21世紀半ばを過ぎてなお武力紛争に溢れていた。民族、宗教、経済……人の数だけ争いの火種はあった。中国がかつての米国のように「世界の警察」を自負し、積極的な軍事介入を繰り返すことによって制御下にあった紛争は、2080年代には世界各地で再燃、事態は拡大へと悪化の一途をたどる。何時の時代にも抑止力と成り得ない《国連》は、紛争当事国以外の介入を禁止する採択を乱発する無能さを世界中に見せつけ、その代償として加盟国の約2/3が脱退するという機能不全に陥った(注2)。
2086年頃、当時最も激化していたインド・パキスタン間の領土紛争において両陣営が《戦術核》を使用する戦争状態へと移行、かつてG8(注3)と呼ばれていた国家群はそれぞれの思惑から二国間の停戦を実現すべく奔走したが、パキスタン軍に中華人民国蘭州軍区の人民解放軍兵士が大量に義勇兵として参加している状況では実現は困難であった。戦局はパキスタン優位のまま推移し、義勇軍を称する人民解放軍火箭軍(注4)による組織だったパキスタン入国の常態化をG8査察団が確認するに至って、通称〈ダイヤモンド〉と呼ばれる軍事同盟(注5)に基づき、米国・英国・オーストラリア三国がパキスタン軍に対する大規模軍事介入を開始した。
更に、これに呼応するように中国蘭州軍区・成都軍区・広州軍区から米・英・オーストラリア、印に対して正式に宣戦布告が通知され、インド亜大陸を戦場とした第四次印パ戦争が勃発した(注6)。
世界は三度目の地獄を見ようとしていた。
注1:公式には2070年3月2日と発表。多臓器不全により117歳で死去。
注2:2083年5月頃
注3:仏 (※)・独 (※)・英・米・日 (※)・伊 (※)・加・露の8ヶ国。 ※西暦2131年には存在せず
注4:人民解放軍は伝統的に核・通常ミサイル精密打撃部隊を陸空海に続く第4の独立軍種としていた。
注5:2040年代に 米国、英国、インド、オーストラリア、日本の5カ国間で締結された相互軍事同盟
注6:2086年8月30日説が有力。