魔力(3)
その力による推進力は、背中に当たる風だけで息を困難にさせるほどに猛烈なものだ。
だから即座に手を放そうと試みた。だが、
――なんで、何でとれないの!?
焦りが募るだけの結果だった。
まるで手のひらと溶接されたように強固で、しかし剣がその角度に固執しているように動きすらしないのだ。そんな時だ。焦りから完全にシャットアウトされていた聴覚に、ある人物の波形が割り込んでくる。
「アリス!」
この場で、私を王女と知っているにもかかわらず、アリスと名前のみで呼ぶ人間はたった一人しかいない。
「アリス! 意思で抑え込んで! 魔石は魔獣の心臓みたいなもの、だから魔剣だってその力があるんだ!」
――なるほど。意思って言うのはそういう……!
私は、私がこの剣の使役者だ、そう強く念じて剣を強制させる。
そのお陰か、少しずつ少しずつ、相当の重量を持つ剣を引きずるようにゆっくりと動き始める。
そして、背後にはゲロルト隊長が炎を噴出させた、台座にはめられた水晶がある。
――これにぶつければ、止まるかもしれない。
私は、魔獣の姿を想像し、心臓をひねりつぶすように剣の柄を握った。そして、水晶に衝突する瞬間、空中で身体を百八十度反転、その力を剣に与えて水晶の半ばを真っ二つに斬る。
無論、水晶が斬れたわけではない。噴出するすべての魔力が水晶を媒介として台座の上部から新たな炎として噴出するのだ。
湧き上がった炎は紛うことなき火柱。
火柱は空高く、雲すらも形を変えるほど高くまで巨大にそびえる。それはアリーナに立つ人々の足を取り体勢を崩すほど。天井に剥き出しでかかる梁は燃やし尽くされ、巨大な炭と化してから頭上から降り注いだ。
その瞬間私へ猛威を振るっていた力は消え、どうにか二つの足で砂地の世界を確保する。全ての魔力が水晶に吸収されたことでようやく支配下から放たれたのだ。
「アリス!」
ラインハルトの声で、ふっと身体の力が失われたように足が崩れる。
「ッ……と! 大丈夫、アリス?」
私は駆けて接近してきたラインハルトに肩を支えられる。
「……言っていた意味が分かったわ」
魔剣について、普通の剣と変わらないと高を括っていた。結局は甘く見ていたのだ、昨日マリア学府長にこの学校を卒業しないと使用できないという制約の意味すら忘れて。
「ラインハルトもこんなことが?」
「ええ……その時は大変でしたよ。お城の一角を完全に破壊してしまって、父や衛視長にこれでもかというほど怒られました。まあ、僕が十歳くらいのことだったので許してくれましたけどね」
目の前で顔を突き合わせる人間は「たはは」と頭を掻きつつ笑っていった。
そんな彼の腕の中で、私は手を握って開いてを三度繰り返す。そして、落ち着いた頭の中で一つの可能性を見出した。
「今なら私、魔力を制御できる気がする」
ラインハルトはその言葉を聞いて、私をしっかりと抱え起こした。そして改めて地面を足でつかむ。
剣をくるりと回転させ、水晶に向かって突き技を放つ。最も軽量な一撃だ。
「キィィン」
軽快な音がした。そして台座から発せられた炎は、それは私の身長ほどの大きさだ。
――っ……。
「いいな、かなり制御できている――理解したか、魔剣がどういう存在かを」
ゲロルトは納得したように頷いた。そして、
「よし、アリスさまは合格だ」
そう発した。
しかし、その合格とは逆に、私の暴走を見てリルとイリーナは自信を喪失してしまったようだった。
「わ、私……自信がなくなりました。だってアリスさまでもあんなに魔剣に振り回されていたのに、私も振り回されて…………大怪我するんじゃないかって」
「う、うう……私も。魔矢だけだとしても、リスクが何かあるんじゃないのかなって――」
「大丈夫」
私は二人の手を握った。その手は小刻みに震え、いくら私の熱を注ぎ込もうと収まる気配はない。
私は語り掛ける。
「大丈夫だよ? 魔剣は――魔石は私たちのことが嫌いなだけ」
「嫌い?」
「魔石は、私たちが殺した魔獣の核、その核を失えば死ぬ」
「……うん」
「つまり私たちは、私たちが殺した魔獣の命で、魔獣を殺そうとしているの。だから魔獣は魔剣を使う人間を恨んでる。でも、私たちはその魔剣を使わないと死ぬ」
二人の顔は引き攣っていく。
「魔剣が暴発するのはそういう理由だと思うの。ま、まあ、私もなんでなのか、正確な理由はわからないわ? だから、あなたが魔剣を使う理由を考えて。私は考えた。そしてそれは、私がこの国の王になる理由と一緒だった。だから魔獣の命を使って魔獣を倒すことにしたの」
「私は……私は街を襲われたことがあって――」
「私は、親が騎士隊で……もうこの世界にはいないんだ」
「そっか…………じゃあ、リル、イリーナ。守りたいものを守るために魔力を使おうと思って武器を振るうの。もしあなたたちが魔力を使えるようになったら、人が助かる」
私は魔石と人間の因果関係が暴発に寄与していると思っている、それは真実だ。だが同時に、これはペテンでもある。二者間の因果、どちらが因なのかわからないこの状況で、人間の都合の良いように解釈をしているに過ぎない。
――それでも私は、守れるものは守りたい。
「二人にはその気持ちがある。でも、さっき私はそんな思いはなかった、だから二人は大丈夫」
二人を順に見つめて、微笑み、気持ちを落ち着かせる。
「まあ、もし暴発したら僕たちが助けますよ。きっとアリスなら自分の力で魔剣を操れると信じていたから、僕は手を出さなかっただけですからね」
――手は出してくれてもよかったのに。
「ラインハルトが声を掛けてくれていなかったら、私はあのまま水晶に衝突して、骨折程度じゃ済まなかったわ、ありがとう」
「ふふ……いえいえ」
ラインハルトは首を振って謙遜する。
一方リルとイリーナの二人は、
「……やる」
「わたしもやります。……もし何かあったら助けてくださいね?」
私は一つ頷いた。そのころには、私が覆うように握っていた手の震えは無くなっていた。
そして水晶の前に立つ。
「いく……よ?」
「いいよ、私はすぐ近くにいるから」
「ありがとうアリスさま」「アリスありがとう」
ふと発されたその言葉に私は僅かに目を見開いて、直ぐに元の表情に戻した。
そして、二人の後方に陣取って、新たな魔剣を手にする。しかし、二人が放った一矢と一閃を見れば、
――心配する必要はなかったわね。
と、即座に確信できる。
結果二人は合格、もちろんラインハルトも、滲みださせていた自信の通り合格して私たちが最も早くゲロルト騎士隊長のミッションをクリアした。
「お前らにはこの力を手に入れるために、今日から明日にかけて遠征に行ってもらう」
そうゲロルト教官が発した瞬間、皆の心は一つになってざわついた。
「遠征も簡単じゃあない。何せ早速敵と戦ってもらうんだからな。そして、敵の魔石を取ってこい。その魔石で早急にお前ら専用の武器を作る。そうしてできた武器でパンデモニウムと卒試を受けるって算段だ」
アリーナの至る所で様々な魔法を伴った爆発が起きている中、ゲロルトは気にせず告げる。
「いいか? 俺たちは魔石をくれてやったりはしない。何かあれば出しゃばってもやるが、基本的に自分がとった魔石がそのまま武器の魔力量に比例するから、今頑張れば後が楽になるぞ? もちろん逆のこともあるがな。――ということで、早速出発しろ。準備も何も必要ない。キャンプに行けば、何もかも用意してある」
渡されたものは一枚の地図。リューズベルク国に存在する山や川や通り、街村の名まで仔細に示されている。その中に一本、うねうねと細かく揺れながらこの第一王立学府から目的地まで通じる赤いラインが書かれている。
――あれ? すごい南のキャンプ……。
「よし、お前らが第一班だ! そのキャンプ地で好きなだけ魔石を集めてこい。楽しみにしているからな」
フフンと鼻を鳴らすゲロルト。
「それじゃあ行ってこい!」
目的地を指さして送り出す彼に対して、二つの弓を背中に背負うリルは、額の前に五本の指をピシッとそろえた手を当てて敬礼して、溌剌さ満天に言った。
「行ってきま~す!」
「うへ~……」
リルの嘆きの声。
その声には私も納得だ。私たちが休みもろくに取らず歩いた時間は、驚くことに十時間を超えていた。
リューズベルク領、南部の街・エストリア――が魔獣によって滅ぼされた跡地に作られた騎士団キャンプ。
そこに着くころにはすでに日は暮れ、兵士すらも動きが鈍るころだ。
一つのテントに案内された私たち四人は、ラインハルトをテントの端に追いやってからつい立を作り上げ、その日はすぐ眠りについた。
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