魔力(2)
「俺はゲロルトだ、第十一隊騎士隊長を務めている! そしてこれは俺の愛剣だ!」
高らかに声を発し、魔剣を天へ掲げたゲロルト。
ちなみに第十一隊は国防部隊の指揮部隊。昨日は忙しいようすだったが、国防部隊だから、教官として私たちの講義にも出られるというところだろう。
「そして、隣にいるこいつがオスフェルだ。うちの隊の副隊長でもある」
そう紹介された眼鏡でやせ型のオスフェルは、無言で、私たちに向かって親指を立てて腕を指し伸ばしてきた。
「さて、この中にはそもそも魔法に触れたことが無い奴もいるだろう。だからまずは、俺が手本を見せてやる。よく見ておけよ」
そう口にしたゲロルトは、軽く、魔剣で空気を切り裂いた。しかしそれは歴とした一撃で、空間から爆発した炎が突如として現れ、副隊長を襲う。
そのまま避けることもなく直撃。
「え!?」「大丈夫なのか!」
炎が過ぎた一秒後、真っ黒く煤けた副隊長が出てきた。そして再び、ビシッと親指を立ててこちらに腕を伸ばして示した。
──大丈夫なの、あれ……?
「と、これが魔法だ」
ゲロルトはアリーナ中央の、物々しい台座に固定された水晶の前に立つ。
そして、灰色の剣身を持つ魔剣を上段に構えた。
「ハアァァアァッ!」
ゲロルトは猛る。その手にもつ剣身には白いもやや霧のような白い揺らぎが立っていた。大仰に声をあげて緊張させた身体で、水晶に向かって右上から左下へ一線に斬りかかる。すると、水晶の表面は「ビキビギッ」と氷がまとわりつき、つるんとした球形の水晶を不規則で光を乱暴に反射するものと変え、水晶の中の剣が通過した一つの面が紅く光る。
──氷の……魔法?
私がそう思ったのは束の間。次の瞬間には、水晶の表面にへばりついた氷と紅い光が水晶に吸収され、ぐにゃりと歪んだかと思えば元の通りの水晶がそこに鎮座する。だが、刹那の後、
「ボオォォオォッ!」
と爆発のような炎の噴出音とともに台座の上部から十メートルほどの炎が吹きあがり、アリーナにオレンジ色の光を加えた。
「なんだよあの炎……」「あれが、魔法!」
そう、どよめきたつ声が浮かぶ。皆が皆キラキラと目を輝かせて、目の前でゲロルトが使役した魔法に注目した。
「そしてこの水晶が、様々な属性の魔法を炎属性の魔法に変換し、実体化して噴出する器具だ」
ゲロルトは得意気だ。
「まずお前らには、今俺が出した炎よりも小さな炎を出してもらう。できるまでは居残りだ」
その言葉に、再び、ベクトルの違うどよめきが起こった。
七日間しかないとわかっている中で「居残り」といわれれば焦りが募る気持ちはわかる。
「さあ、諸君! このアリーナにあるものならなんだって使っていい。剣も様々な種類を用意したんだ、最も自分が使いやすいものを選んでくれ。それでは――はじめ!」
淡い説明ながら理屈を理解した生徒たちは、自身が腰に下げる剣に近い魔剣を得るべく個々それぞれに走り出し、手にする。
だから私たちは、そんなものまったく無視して、リルとイリーナの実力を確かめることにした。魔剣を使いたい気持ちはあるが、一度ぐっとこらえてラインハルトのその提案をのむことにしたのだ。しかし、当然二人からすれば、
「そ、そんなことしていて大丈夫なんですか……?」
と質問が飛び出す。だが、私も含めラインハルトに納得させられてしまった。
「魔剣の扱いは今イリーナが腰に下げている剣と変わらないんだ。それじゃあ、何が剣と違うと思う、二人とも?」
「はいはーい! 人を真っ黒こげにできる!」
――ゲロルト隊長のイントロダクションは失敗だったと思うわ。
「ま、まあ……大体正解……? 簡単に火力が出せるのです、必要以上の火力が、ね? アリスは魔剣を持ったことは?」
「いいえ。持たせてもらえなかったもの。ラインハルトはあるの?」
「失敗作でしたけど」
「昨日はないって言ってなかった?」
「あんなにきれいなものを見たことが無いといっただけですよ。技術の差を感じましたよ、ほんと……。でも、初めて魔剣を使った時僕は感じたんです、魔剣を操ることは別に難しくはないな、と」
ラインハルトは首を傾げて主張する。
「危険だと言われる理由は、その簡単さゆえに、自身でも制御ができなくなってしまうことですから」
それは私も初めて知ったのだ。お父さまもマリア学府長も容易に魔法を放っていたが、それは修練のたまもので魔剣の力を引き出しているのだと考えていた。しかし、ラインハルトの言い分を加味すればそれは全くの逆。魔石が持つ魔力をどれだけ効率よく使えるかを求め、火力を抑えることに必死になっていたということになる。
「だから、一歩使い方を間違えれば――」
「ドオォォオォン」
アリーナの端で爆発音がする。
「あー……なるほどね」
「あ、あれって怪我ってレベルじゃすまないよ!」
地面が真っ黒人一人の身体が軽々吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
ラインハルトは首をカクンと傾げて、
――これでわかったでしょう?
と視線だけで訴え、リルとイリーナはブンブンと頷いて肯定した。
「アリスはどうする?」
「私はトーナメントで対戦してるわ。だから二人の実力は知っているもの、少し魔剣を握ってみる」
「……気を付けて、アリス。意思で抑え込んで」
「わかった」
そうして私はパーティーから離れて、一人魔剣を探す。私抜きの三人は、早速ラインハルトがリルとイリーナの腕前を確認し始めたよう。
私は、私が持つ剣が楔型のような形状の剣を探すが、そんな奇特なものは見当たらず、仕方なく細剣を手にして的を前に立った。
――わかった、なんていったものの……。
私は剣をくるくると回転させる。縦に横に縦横無尽に世界の風を浴びさせる。しかし魔剣からは風を切る音がし、剣が反射させる太陽光がチラチラと目に入るだけ。
──うーん…………こうして普通に使う分にはいつもの剣と何も変わらないわね。
剣を振ってみても、的に攻撃をしてみても、他と何が違うのか検討もつかない。特段切れ味が高いというわけでもないのだ。
だから私はラインハルトに言われたことを意識して、剣の先に、まるでロウソクのように可愛らしい炎がポッとともる瞬間をイメージして力を込めた。その刹那、
「っぐぅぅう!」
私は剣が放出した炎の反作用で、爆発的加速度をもって後方へと吹き飛ばされた。
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