魔力(1)
二日目
舞台は、見覚えのあるアリーナだ。昨日、トーナメントを行った場所。
しかし様相は一変している。アリーナ内の至る所に様々な材質、大きさの的や、さまざまな種類の武器が並べられているラックが置かれているのだ。
そして何よりも、今日は人が少ない。
人数はと言えば三十人ほどしかおらず、その顔触れは全員が一年生で、その中でもトーナメント上位者が大半を占める。それもそのはずで、その大半が私と同じような特例入学者というわけだそう。
そのためかアリーナの中は喧騒が充満していた。そんな空間へ一つ喝を入れた声。
「お前らァッ!」
それはアリーナの特徴でもある剥き出しの梁の上に立つ人物からだった。
昨日のラインハルトの劇的な状況が脳裏をよぎり、とっさに彼の存在を確認してしまった。
野太い声の主はひょいと飛び降り、四十メートルはあろうかという梁から地面に着地した。ドスンと音を立て砂煙を立てるが、当人は何事もなかったかのように歩き、アリーナの中心へ立った。
「ガハハ! さて、お前らはこれから魔法を学ぶんだ。特入者の連中だからな、ビシバシ鍛えてやるから覚悟しておけよ?」
腰に手を当て背中を反る姿から、典型的な熱血タイプだとすぐにわかる。
だが教官の人柄よりも重要なこと。
この魔法を学ぶことも、卒業のためには必要な要件の一つらしい。そう、昨日のトーナメント戦の後に説明された。
マリア学府長に呼び出されたのは日が完全に落ちた夜八時頃の事だった。
全寮制の学府であるから、当然自室が用意される。六泊七日しかないから小旅行かと間違えるくらい。
だが、突然部屋の扉が叩かれ、ラインハルトを引き連れた学府長自らに出迎えられたことで驚かされた。
「私の部屋に来てください、アリスさま。ちょっとお茶会でも」
指先で言葉を体現して私を誘い出す。
そんな学府長に連れてこられたのは、内密な話もできる防音設備が整った学府長室。室内は臙脂色の絨毯と、光沢を持った木製テーブルとソファが置かれた、いかにも学府長室と言った内装の部屋だ。そんな部屋を、窓から射し込む月明かりと橙の光を放つキャンドルが照らしている。
不自然なのは、入ってそうそう目に付いたもの。ラインハルトが穏やかに声を発する。
「あの剣はなんですか、マリア学府長? 初めて見ましたよ、あれほどまでに煌めく剣身をもつ剣なんて」
「そうですね……あれについても後々話しますよ、ラインハルトさま。とりあえず席に着いてこの一週間…………いえ、もう六日しかありませんね。大事なことについて話しましょうか」
──あれは魔剣だ。私は一度も持たせてもらえなかったなあ。
魔石を素材にして作り上げた剣は、魔石が含む金属素に魔力が含まれているから、魔力を使った攻撃を可能とする。その煌めきたるや、まるで水が流動しているかのような見た目をしているのだ。
「それにしても、なんで二人だけなんですか、マリア?」
「え……そっちの方がいいかなぁって」
私は無意識にテーブルを叩いた。そして、マリア学府長に文句を投げつけようとしたとき、
「お気遣いありがとうございます学府長。でも気にしなくていいですよ、僕今日振られてしまいましたから」
「は? っなあ……勿体ないことを、アリスさま。経済規模だけでいえばリューズベルクを超える大国ですよ? そんな大国の四男という好物件。その上カッコイイときた!」
「厄介な世話焼き人モードに入ってますよマリア」
「ああ、ごめんなさいごめんなさい。卒業条件について話さなくてはいけませんね!」
そこで話された条件。
・学府全学年合同のトーナメント戦で上位に位置していること。
・魔法の扱いを習得すること。
・パンデモニウムを制覇すること。
そしてそれを達成した暁には、卒業試験に挑む許可が下り、
・現在リューズベルク国へ侵攻が確認されている魔獣をパーティーで討伐すること。
とのこと。
マリア学府長は右手の人差し指で天を指してから言う。
「まあ一つ目は問題ありません。この学府の一位と二位があなたたち二人なんですからね!」
「最初に会った時言ってくださいよマリア」
「あなたなら勝てるとわかっていましたからね。そもそも能力が高いから特例入学者になれるのですから」
その言葉に、つい数時間前の、降伏をコールした瞬間を思い出させられる。ふと、軽く握った左手を口元に近づけて、感情を隠した。しかし、その行為自信が感情の高ぶりを具現化しているようなものだと、
「まあまあアリスさま。僕の国は魔剣が無いから剣術に長けるしかなかったのです」
そう言われてから気づいた。
マリア学府長は、天を指す指の本数を一つ増やして続ける。
「次に二つ目。これはこの学府ならではの規定です。リューズベルク騎士団でも、この学府を卒業しなければ魔剣を持つことすら許されない」
「そこであの剣が」
「そうです、あれが魔剣。使い方を誤れば自らの命を脅かす危険なものなのですよ。なので、この国ではこの講義を受けなければ魔剣は使えない、つまり、魔獣を倒すためには不利なわけです。よその国はこの限りではありませんが」
「ええ。うちの国は、そもそも大して魔剣が作れませんからね。使える人間は能力的にも物理的にも限られていますから、そのあたりの規則は未だにありませんよ」
マリア学府長の言葉に肩を竦めて答えるラインハルト。
「まあ、そのせいか、特例入学者は毎年十人以上いますからね。他国の王子だと、二年もこの国で拘束してはいられませんから」
そして、人差し指と中指に加えて、薬指もピンと立てて頷いてから続ける。
「そして最後、三つ目」
学府長はソファからふっと立ち上がると、リューズベルクの夜景と三日月が見える窓淵に腰を掛けて、私たちに手をこまねき誘う。そして、窓の外を覗いた私たちに対して、建物の一つを示した。
「あれが《パンデモニウム》です」
「パンデモニウム――伏魔殿?」
「ええ。あの中には魔獣が幽閉されています、レベルは低いものから高いものまで大量に。といっても、学生が倒せるレベルの魔獣しかいないですけどね。しかし、特例入学者は、それを全階制覇することが塔のクリア条件です」
「腕が鳴りますね」
「でも、みんな嫌がります」
「え、それはなぜです?」
「相手に倒されたところが終了地点だから」
「なるほど! 僕らはともかく、倒される前提となると……」
「そうなんですよ。特例入学はともかく、そもそも普通の卒業要件にもパンデモニウムの挑戦は絶対なので、皆卒業間近にやるんですよね。で、留年と」
私たちは再びソファに腰を掛けた。
「あとは、パーティーメンバーを決めないとですね」
「パーティーメンバー?」
「そうです。先に述べた三つの条件をクリアすると最終日に卒業試験を受けられる資格が与えられます。しかし、その最後の魔獣は難易度が非常に高い。そのためにパーティーを組んで挑むのです」
上機嫌に指をふりふりと揺らしながら、
「だから、今後はほとんどを四人のパーティーで過ごすことになりますからね。特例入学者にメンバーを選んでもらうことになります。どうします? 一年生なら誰でもいいですよ?」
――だれでもいいって言われると悩むなあ。
「僕はアリスと同じパーティーなら、他は誰でもいいよ?」
「そこは確定事項なの、ラインハルト?」
「もちろん」
さも、
――何言ってるの?
という顔でこちらを見てくるラインハルトだ。その眼力が伴う圧力に負け、
「わかった。それじゃあ後二人……」
ふと、選べる選択肢を確認してみた。
・アーノルド・リッツァー
・アイザー・アウストラスト
・アイゼン・クリスト
・アキュート・シュフィナ
――まって。
頭の中で選択肢を下へ下へスクロールしていく。すると、スクロールした分だけ新たな名前がアルファベット順に現れてくる。
――うそでしょ……?
私は選択肢に約二百五十名の名前が並んでいることに気付いて、頭の中で選択肢が粉々に砕けた演出を描いてから、選択肢を確認することを止める。そして、トーナメント戦から記憶を引き出して、気になる人物をあげる。
「えと……私が六回戦に戦った小柄ながらにとても大きな剣を持つ女の子と――」
学府長は、名簿と思しきファイルを引っ張り出して、私の言葉を頼りに該当する生徒を探し出す。
「――弓を使っていた子がいたはずなんだけど、誰だかわかりますか、マリア?」
「この二人……ですかね?」
手渡された二人の顔写真付きデータ。
――こんな個人情報他人に渡してもいいの?
とも思いつつ、そのデータに目を通す。そのデータには氏名や年齢、出身地などなどの情報をはじめ、入学試験から書き起こされたと思われる使用武器や剣術に至るまで、個人に関わる詳細なデータがつらつらと書かれている。
「間違いないですね。イリーナと……リル」
私の記憶と、顔も武器も間違いない。
「それじゃあ、私から声をかけておきますね」
そんなとき学府長室の扉が二度コンコンとノックされ、マリア学府長が返答する前にその扉は開かれる。
「失礼します、学府……長…………」
渋く低い声だ。色黒で顔に小さな傷痕をいくつも作った髭の生やした男。ついでに重々しく、それでいて魔剣のように煌めきを持った防具を身にまとっている。
「ああ、ベクター騎士隊長。どうかしましたか?」
「ええ、例の件で。…………こちらが?」
ベクター騎士団長と呼ばれた男は、私たち二人に視線と手を向けてそう訪ねた。思わずマリア学府長を向いたが、私たちには首を振られた。そして、再度ベクター騎士団長の方を向いて、手を仰ぎ、首を横に振りながら、
「違います。騎士団が望むことも、言ってることも分かってます。でも、新しい年が始まったばかりなんです。あの計画表に書かれているものは到底…………」
そう口にした。
──計画表?
「そうですか。しかし、どうやら不穏な動きがみられるので春祭り最中ではありますが、沿岸地域の部隊の追配備をしなければなりません。となれば――」
「わかってますよ」
学府長は顔の前で手を合わせ、すりすりと摩りながら深く考え込む。私たちは完全に蚊帳の外だが、深刻な何かであることくらいは分かる。口を挟ませない空気が充満しているのだ、息苦しいほどに。
学府長は三十秒ほど無言を貫いていた。そしてそれから、まるで錆びた扉が音を立てて開くように、彼女は重い口を開く。
「……でも、やはり部隊を用意はできません。二年生はこれから、追配備エリアに実習任務です。いきなり一年生を戦場に送ることもできませんよ。街中で何かあった時は、対応のために兵を出します」
「……はあ……仕方ありませんな。これが直近の配備プランです」
ベクター騎士団長はマリア学府長に一つの紙束を投げて、そそくさと部屋を後にする。
「あなたたちは気にしないでくださいね? なにせ一週間しかないわけですから」
「あ、はい……わかりましたマリア」
「あ、い、いつからマリアって!?」
「最初からですよ」
私は、私に抱き着こうとするマリア学府長を軽く払いのけて、部屋を後にした。
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