トーナメント(4)
確実に相手に届く声量でささやいてから、「ズッッ……」と耳が音を錯覚するほどゆっくりと、しかし、滑らかに震えもせず腰を低くまで落とし、左手を前に突き出す。そして、顔の横に剣を握り締めた右拳を運び、切っ先をラインハルトに向ける。それは一見して雄牛の角のように見える構え《オクス》のようにも見える。
しかしこれは、頭上で水平に振り回すツベルクハウのための構えオクスを、突きのために改良した構えなのだ。師匠曰く《アクス》というらしい。軸という意味からとったそう。
「フッ…………初めて見ました、その構え。でもいいんですか、そのモンスター用の構えを人に向けて?」
「はやく、ラインハルト」
私は怒りの心情が増大したことに比例して、ラインハルトへ送る視線も鋭くなる。
「そうすることにします」
ラインハルトの足を巻く速度は急激に上がった。
一秒足らずで十メートルの距離を詰め、剣を大きく振りかぶり、重力の助けもかりて高速に私を襲う。正中線に真っすぐと。
私はアクスの構えから、ラインハルトが振るう剣に向かって一線に突く。右手を衝突の瞬間内側に捻り、貫通力を上げて。衝突の瞬間、
「キィィンッ」
と、うなりを伴った甲高い金属音を放つ。
しかしそれでも勢いは止められず、力づくに剣は私の眉間に迫ってくる。
だから私は、ラインハルトに伸ばした左手で、剣を握る彼の右手に触れたのだ。その力を左手から腕へ、肩へ伝え、地面に突き刺したように固定した左足を軸にして、敵に突き立てた剣へ二度目の衝撃を伝える。
「っ……ああ!」
声を出して腹部に力を入れ込み、敵の剣に二度目の衝撃を──、
「だから言ったのに」
与えたかった。
ラインハルトは剣から完全に手を放してまで、私が剣に与えた衝撃から逃れたのだ。その結果ラインハルトの直剣は真下に落ちていく。すなわち、完全に私の一閃がラインハルトを通り越していった。
「カウンターを──!」
「ずっと考えていたんです、どうすれば、最強を倒せるのかを──」
そのまま、私の剣よりも体勢を低く寝かせ、足先で直剣を蹴り飛ばし、持ち上げる。
「だから──ッ!」
──不味い! どっちに避けても切っ先からは避けられ無いっ!!
私は思考回路をフル回転させる。
──どこだ、どの道なら逃げられる。
・大きく跳び退けて距離を取るが、低い姿勢から放たれた一撃により腹部に強撃を受ける。
・剣を直下へ下すが、後れを取って肩に四センチの骨露出創傷。
──っ……! 結末まではっきりと書かれてるなんて!
私はもちろん選択肢を増やす。あくまでそれは試みだ。しかし、最も善き答えを導き出すために使えるのも確か、結末を自動的に提示してくれるのだから。
◎左足で落下する剣を遠ざける。
◎剣から手を離して背後から締め技に運ぶ。
能力に提示された選択肢の下に、次々と選択肢を羅列していく。しかしどれも、追加した直後に、
◎左足で落下する剣を遠ざけるが、下腹部に対しての殴打を受ける。
◎剣から手を離して背後から締め技に運ぶ、剣によって腹部への刺創を作る。
と修正されて返される。
──これじゃあ能力の意味が無い! どうすれば……どうすれば剣を受けずに済む……!
迷わざるを得ない状況だ。しかし確実に迫っているラインハルトの切っ先は私を向く。
そして、八つ目の選択肢を追加した時を最後に、
──次を選ぶ時間はない。
と選択肢の全てを破棄し、思案を浮かべた、しかし結果を知らされていない九つ目の選択肢に賭けて、ただただ身体を動かした。
結果、正解は左手で剣を取り直して、私の剣を弾き飛ばすというものだった。
剣が弾かれた拍子に腕は肩の可動域限界まで吹き飛ばされて、ラインハルトがもつ直剣を眉間に突き立てられた。
彼はその状況で「フゥー」と深く息を吐いてから、長い長い間を取った言葉の続きを発した。
「この技を編み出したんですよ」
その目はどこか憂いというフィルターがかかった視線を放っている。
──負けた……?
この負けることが許されない状況で、敗北を喫してしまった。
──きっとこのトーナメント戦だって、卒業にはかかわってくるはず……なのに!
私はふと言葉を口にしようと、肺と口内に空気をためた。しかし、一秒考えてもかける言葉が見当たらず、小さく首を横に振って降参した。と、ともに、
「勝者、ラインハルト・アーク!」
という、高らかな声が響き渡った。
その声で切れた集中。気付けばスタンドからは拍手が送られ、指笛がなるほどのお祭り騒ぎとなっていた。
ラインハルトは剣を納めながら私へ近づき、手を差し伸べ、引き起こされる。
「申し訳ありません、いささか私情を挟んで戦いに挑んでしまいました、アリスさま。…………いえ、僕の未来の妻・アリス」
「いや、気にしないでください、ラインハルト。私が弱かったのが問題な……だけ…………で…………」
──ん?
「今なにか私の予想をはるかに超えるような言葉が聞こえたような…………」
思考回路をショートさせるほど思ってもみなかった予想範囲外からの宣告に、つい言葉の調子を不安定にさせて疑問を呈する。
「僕、ラインハルト・アークは、あなたの夫になるのです。アリス・リューズベルク王女」
「それは…………どういう」
「政略結婚です。あれ、お義父さまから聞かされているとばっかり思っていましたが?」
「な、なんでっ……!?」
私はすぐさま選択肢を確認した。
・申し入れを受諾する
──また一択……!
しかし、私が申し出を拒む選択肢を追加しようとすると、
◎申し入れを拒否する
そう無事に選択肢を加えることができた。その選択肢を見ておもわず、
「よかった」
そう心の声が漏れていた。
──まだ拒絶できる……。
「よかった?」
「あ、い、いいえ……」
──危なかった。
能力のことを勘付かれるところだった。
「あなたと政略結婚をする理由なんて私にはないのになんでお父さまは──」
「アリスさまには無くても、僕にはあるんですから。この国……リューズベルク国はとりわけ他国と関係を断ちすぎている。その結果この国は魔物に狙われているにも関わらず、独自に対処をしなくてはならないんです。軍隊は、この学府のように他所の国からの人間を受け付けてはいませんからね」
「でもそれとこれと何の関係が……今までそれで済んでいたのに──」
「済んでいたのは、リューズベルク国だけですよ」
「うちの国だけ?」
「この国は狙われる。そのため、対抗手段がいる。すなわちこの学府の主目的である魔法にかかわることです。その魔法がいくら発展したとしても、魔法は魔石が無くては使えない……。僕らの国はこことは違って、敵は来るけれど、魔石が乏しいのですよ。だから、いつも苦境を強いられる」
「だから、その魔石という、既得権益とも言うべきものを得るために政略結婚を……」
「僕も詳しい話を聞いた訳ではありません。本当の理由がこれかどうかも……。ですが、おそらくこの話を申し込んだのはこちら側でしょう、状況を鑑みれば。その上でアリスさまのお父さまが呑んでくれたのです」
──何を考えているんだ、お父さま…………。
私にはお父さまの望むビジョンが何も見えてこない。
「僕ではだめですか? あなたを守れるだけの力は持っているつもりです」
「…………いまは、ここを卒業することしか考えられないので、──ごめんなさい」
そうして、追加した選択肢の一つを選ぶ。
「……そうですか。まあ、まだあと六日ありますからね。僕としても政略結婚を成功させなくてはいけませんから、諦めないですよ?」
私はその言葉を右から左へと何事もなかったように流す。
そして、地面に寝転がった剣の側面を、ふわりと指でなぞってから納刀した。
頭の中はどこかぼうっとしていた。しかし、そんなガスのかかった頭が唯一処理できる、私自身の心が発した思いに悩み。
──お父さまの言う通りだ。私は弱い。
私自身の剣を、そんなこと言う前に、師の元で何年も教わって身につけた技すらも衰えてしまっていたのだ、完膚なきまでに叩きのめされた思いをひしひしと感じさせられた。
「あ、それと、ラインハルトって呼んでくれたんです。ぼくもアリスと呼んでもいいですか?」
「……勝手にどうぞ」
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