トーナメント(3)
私は咄嗟に、左手で柄を逆手に握って最短距離で剣線を防ぐ。しかし。
──片手が逆じゃ…………耐えきれない…………っ!
剣身を右手で支えても、交差した腕では力を逃しきれず、左腕が軋むように悲鳴をあげる。
その中で男は、鍔迫り合いをする剣にさらに力を込めた上、ずいと身を乗り出して私へと体を近づけた。
「どうも初めましてアリスさま」
私はその言葉に一瞬顔がひきつる。
「こんな無礼な挨拶を受けたのは、ずいぶんと久しぶり」
ラインハルトは鼻で笑った。
私は彼の足を力の限り踏み抜いて、一瞬の隙を作る。その刹那のあいだに右手を背後へ振りかぶり、左足の踏み込みと同時にラインハルトの腹部へと拳をめり込ませる。合わせて、剣を目いっぱい押し込んで引き剥がした。
彼は地面に足をすらせ土煙を二本もうもうと立ち上らせると、それをブレーキ替わりに身体を静止させる。そして、
「あ…………っぁあぁ……」
と、悶えるような声を上げながらラインハルトは殴った腹部に手を当てた。
「ははは……王女さまなのに殺気が高いなぁ」
「私よりも殺気に満ち溢れてる人が何言ってるの」
「違うんだ! 楽しくて仕方がないだけなんですよ。同じ相手とばかり戦っていても何一つ楽しくないでしょう? 慣れてしまえば負けもしなくなってしまいますから」
──こいつ。
ラインハルトは剣幅の広い直剣を肩に担ぎ上げる。そして、左手と左足を前に向け腰を低く構えた。
私もそれに呼応するように、細剣にも近い、楔型の直剣を顔の横に構える。
互いに互いの出方をうかがう中ではマリア学府長の一声を望むも、そんなものが割り込んでくることもない。
合図はなくとも対戦は始まった。
砂を鳴らし、僅かに足を滑らせつつも急加速してはなった、上から振り下ろす一撃。同時に、ラインハルトは相殺するようにしたから振り上げる。
二つの金属が触れ、不愉快な音といくばくかの火花を散らした瞬間、
──重い!
直感的にそう思わされ、顔面をぐしゃりとひどくゆがまされた。
しかし、剣が弾かれたのは互いに同じ状況なんだと言い聞かせ、私は不安定な体勢ながら追撃を目指した。
私がこの三年間、自身一人で孤独に磨き上げてきた剣術は、「二撃」に重きを置いたものだ。敵の眼前において一撃目の強撃で翻弄し、二撃目で確実な終わりを迎えさせる。それは、単純な頭しか持たないモンスターのために編み出したつもりだった。しかし、城の部隊と剣を交えてみれば、これが人間にも有効な戦術だと気づかされたのだ。だから、三年という期間を費やして私流の剣術を身に着けなおした。
だから、この剣術の強みを発揮できない瞬間も私自身が一番理解しているつもりだ。
「ッ……!」
ラインハルトは息を吐きつつ次の一閃を放つ。突進するように、乱暴に剣を迫らせたのだ。私は即座に反らせた身体のおかげで、どうにか彼の剣は私の眼前に一筋の残像を置いて振りぬけていくのみで済んだ。前髪を少々持っていかれはした程度で済んだことは胸を撫で下ろすべきなのか悩むところ。だが、その敵の戦い方を見て、しかめた顔にできたしわをより深くすることしかできなかった。そしてふいに、
「チッ」
と舌打ちをするまでに至る。心中穏やかではない。
──このひと、私の戦い方を知ってる。
二撃目で仕留めるためには、敵よりも早く二撃目を打ち込める体勢を作り上げ、実際に剣を振るわなければいけない。つまり、一撃目と二撃目の間に割り込まれてしまったら、私の剣術は一般的なものに成り下がってしまう。
私はそれをさせない速度を持つ者を、この世界で一人しか知らなかった。
しかし、目の前の敵はそれをやってのけたのだ。
となれば、まず陥ったのは剣戟の応酬だ。こんなものただの物理の力技、反射神経に物を言わせた、剣術も何もないケンカだ。
しかし、敵は余裕を見せ、
「キキキキキンッ」
と指折り数えることも拒絶する剣戟の速度の中で声をかけてくる。
「これからウォーベルクというこの最悪の地を収めようとしている人間が、僕よりも弱くてよろしいのですか?」
その声の直後。ラインハルトは軽い攻撃の連続の中に腕が痺れるほどの重攻撃を一撃だけ混ぜられた。
「っ……」
刹那な瞬きであったが、痛みに悶えて視線を外したとき。
「ッ!」
ラインハルトの息遣い。とともに視界は暗さを帯びる。
──え……?
一歩。それはたった一歩だ。ラインハルトは私の両足の間に一歩、強烈なまでの速度で踏み込んで、動きを完全に封じた。
しかし彼は、剣を振るうでもなく、押し付けるように差し出された剣で、敵に有利な状況にもかかわらず鍔迫り合いを始まる。
私が眉間にギュッと寄せたシワを見て、彼は「ふはは」と笑いながら、息をだんだんとひとつの穏やかな位置にまで収束させていく。
そして、喉を細めて息を吸うと、アリーナに響き渡るさざめきにかき消されそうになるほど小さな声で言う。
「うちは男系の家族なので、あなたのように上を目指すような人はいませんでした」
そう言い終わると、ぐいと一層の力を込めてこちらを押す。
「それは褒めてるの? 貶してるの?」
「さあ……わかりません、ただの事実を言っただけですよ。本心を言っていいんですか?」
鍔迫り合いのさなか、剣の交差する向きが入れ替わる。
そして、私の返答を待たずにラインハルトは言葉を放つ。
「正直残念で仕方が無いのです。あなたのその剣筋は、まだまだ細緻な点が欠けすぎているんですよ」
瞼を重くし、細めてから軽いトーンで呟く。
「だから、この茶番ももう終わりでいいと思うんです」
ラインハルトはより一層身体を近づけて、私の耳へと確実に音が届く距離まで接近した。そして、
「安心してくださいね、王女さま。先程は男系家族だと言いはしましたが、女性の扱いくらいは知っているつもりです、これでも」
剣に伝わる力が水に溶けていった感覚の直後、
「アリスさまの顔を傷つけるわけにはいきませんからね」
──っ……。
背筋が冷え切り、ぞわぞわと身体を何かが這いずり回るような感覚に襲われた。そして、その感覚が頭の上まで抜けたとき。
「──っぐあ」
私は腹部に猛烈な痛みを覚え、同時に両足が地面を捉えることを拒否された。
瞬間意識が飛んだような気がする。
だから、空中で身体をひねり、地面に剣を刺すという判断を下すまでには相当の時間を要してしまった。実際に刺してみれば、剣によって失われた勢いに反して、私の身体は慣性によった力で風にたなびく旗のように空でばたつく。
私は片膝をついて、視界を狭める煙の発生源である、一筋斬った地面の先にいるラインハルトを見据える。視線が合った時、その彼は私に言葉の続きを投げてきた。
「なぜ君は師の技を使わないんですか。それは、君が殺したから? ああ……、これは言わない方がよかったですか」
「私も隠してなんかない。その物語は、あまりにも有名だから」
「物語…………? 大陸最強の人間をこの世から葬っておいて、よくもまあそんなことが言えますね、王女さま」
「……私はあれから、師匠の技は使ってない」
私はラインハルトの言葉の余韻が消えるまで待ってから、穏やかに反論した。しかし、一度口を真一文字に結んでから続ける。
「でも、あなたがそれを望むなら──」
私は空を数度斬って、剣身を空気に触れさせる。そして、右手に順手にもってだらりと肩をおろす。次いで、一つ睨んで言った。
「──使ってあげる」
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