トーナメント(2)
対戦相手はゆっくりと動き出す。それに伴って私は先制攻撃を仕掛ける。
スタンドから眺めているときにずっと考えていた、対戦相手を降参させる方法。
このトーナメント戦で勝つ方法は二つしかない。簡単に言えば、相手を叩きのめして意識を飛ばすか、相手の戦意を喪失させるかだ。しかし、真剣を使っている以上、手を抜けばこちらが怪我をする可能性もある、生半可に剣を振るうわけにはいかない。ならば──、
「っ──!」
私は、私を襲う大剣の剣身を横から斬りつける。
──これだけ厚いと簡単には壊れてくれないか……。
その考えから、無意識のうちに左手を前に、右手を引いて一線に突きを放つ構えをした。しかし、我に返ったように首を振って、剣をぎゅっと握りなおしてから再び叩きつける。それでももちろん壊れはしない。
冷静な対戦相手は大振りながら身体の行方を剣下に隠すように振舞って、直接の攻撃の隙を与えてくれない。もとよりする気はないとはいえ、こうも隙が見当たらないとやりづらい。
だから私は敵を誘うことにした。地面をするほど低い位置から、わざと大振りに、それでいて挑発するような剣閃を見せる。
敵の顔は見えない。
しかし剣は正直だ、大剣は太陽を隠すほど頭上たかくまで掲げられた。
──乗って来た!
私はそのまま剣を迎え撃たせる。そして、触れる瞬間、手首を九十度外に折って剣の衝突を回避した。
「クソッ」
初めて敵の声を耳にした。
当然、敵の剣は地面の砂に切っ先を埋もれさせることになる。その瞬間、剣を踏み動作を封じ、寝かせ、上から叩きつけて真っ二つに割った。
視界端に映り込む素っとん狂な相手の顔。私は、
──やりすぎたか……?
と、伏目がちになりつつ剣を腰の鞘に納めた。
私は第一戦を終えてスタンドへ戻ろうとしたとき。
「ズッッドオォォオォン」
と轟音が鳴り響く。
──なに!?
咄嗟に振り替えればそこには、地面から噴き出すように砂煙が湧きたっている。徐々に増す場内のどよめきとともに吹いた風に乗って晴れる土煙の中から現れたのは、体格に見合わないほどの巨大な剣を振るって圧倒する小柄な少女だ。
その巨大な剣を額に突き立てられてたまらず降参した彼女の対戦相手。
小柄な少女に意識を向ければ、口の形だけで「やった!」と喜びをあらわにし、背中を向けたところで、胸元で小さく拳を握っていた。
他人に意識を向けながら私は計八回戦った。そして、その戦った中には、目を惹かれた体格と武器のギャップが激しい生徒や弓を使う生徒、二つの剣を操る双剣使い。様々な生徒と戦って、八回すべての戦いで勝利を収めてきた。
「次は最終戦……か」
そう、ふと口に出したとき。「始め」の合図同様に、再度マリア学府長の声がアリーナに響き渡る。
「では、今から名前を呼ぶ人は前に出てきてくださーい!」
その中には、私の名前もあった。
前へと呼び出された生徒が身に着ける制服の施されたラインの色が私だけ違うことは、私だけが学年が異なることを示している。
そしてそのまま経過した十分弱の時間。会場内では既にちらほらと席を立つものも現れた。となれば、隣に立つ学府長に聞きたくなること。
「これはなんの時間なんですか、学府長?」
「もうちょっと、もうちょっとだけ待ってください。かなり北の方から一人来る予定なのですが遅刻しているようなので、彼と対戦する人だけ集まってもらっているのです」
マリア学府長はそう告げてから、私の元へコソコソと近づき、手で口をおおってから耳元で囁く。
「その彼、相当強いらしいですよ。アリスさまと同程度か、それ以上に…………なのでこれほどまでの特別扱いを許しているのですから」
口元をおおった手を扇子の代わりにしてから、
「だから、気を付けてくださいね」
そう忠告した。そして、それから数秒後。
「ズズッ」
私は僅かな地鳴りがしたことに気づく。それはマリア学府長も気にかかったようで、お互いに顔を見合わせると、天の方から声が聞こえてきた。
「学府長、遅れてすみません! 今日入学する予定の、ラインハルト・アークです。間に合いましたかね……?」
私たちは皆、咄嗟に声のするほうをむく。
そこには、このアリーナの特徴でもあるむき出しの梁の上にポツリと立つ一人の男がいた。逆光で顔までははっきりと見えないが、この学府の黒の制服を羽織っていることくらいは分かる。そして、それ以外の要素は全てが白と赤に統一されていることも。シャツも、剣までもが純白の鞘を纏っているのだ。
学府長は目を細めつつ「フーっ」と鼻で息を抜くと、魔石のつけられたマイクを持って声をかけた。
「ええ、大丈夫ですよ! さあ、下に降りてきてください。あなたを今か今かと待っていたのですからね」
男の背後には、徐々に太陽を遮るような雲がかかり始める。そして、ようやく彼の顔がしっかりとこの目で見えた。
──こんな劇的な登場をするんだ、どうせ王子のような人間だろうなあ。
そのように私が想像した通り、その男は端正な顔立ちをしている。金髪で、色白。それでいて、髪はショートカットだが、跳ねないように後頭部で結んでいる。
そして何かを待つように右手を空中で遊ばせてから、左腰に下げた剣の柄に手を乗せた。
男はその場の人間一人残らずの視線を集めて、梁の上で前のめりになって倒れる始める。その瞬間アリーナの中に、
「「「きゃああぁあぁ!」」」
悲鳴がこだました。
それでも男は角度をさらに寝かせていき、ついに水平になって梁から足が完全に離れてしまうという瞬間。
「ッ……!」
この距離でもはっきりと見えた、ラインハルト・アークという名の男の口端が結ばれた瞬間。
刹那。
「うぐぁぁあぁあぁぁあッ!」
私の後背で、皆と同様にラインハルトの様子を見ていた一人が悲鳴をあげた。
私は「バッ」と服を風にはためかせて振り返る。
そこには、たしかに先程まで梁に張り付いていたはずのラインハルトが剣を抜いて立ち、その奥では悲鳴をあげた男子生徒が地面をゴロゴロと転がり、アリーナの壁面まで吹き飛ばされている光景があった。
「なにを──」
ラインハルトは、呟いた私の方を向き答えた。
「あれ? わざわざトーナメント戦で僕と戦う人を集めておいていただいたのは、『そういうこと』ではなかったのですか?」
「そんなわけないでしょう、ラインハルトくん? …………まあ、私もあなたの強さは分かっているつもりです。幸い……と言ったら吹き飛ばされた彼には申し訳ないですが、彼は一番手です。しっかりと規則通り戦ってくださいね」
「僕はそんな面倒なことしなくても、全員で掛かってきていただいて一向に構わないのですけどね。どうですか、皆さん?」
「手前ェ、それだけ煽るからには力に自信があるんだろうな」
二年生の当然の反応だ。しかし、ラインハルトは吹き飛ばした生徒を肩越しに指さして示す。言葉もなく。
──あれを見ても分からないの?
間違いなくそう言っている顔をして。
そして再びラインハルトは言葉もなく、手で何かを譲るようなジェスチャーをした。すると、私以外の七人全員が剣を抜き、臨戦態勢となる。
ラインハルトはトーナメント表をちらりと確認したかと思えば、剣を抜いた七人を凝視し、何か納得したように細かくうなずいた。
「全員まとめてかかってきてください」
ラインハルトは軽く首を傾げ、肩を軽く竦めた。そして、
「それともこちらから倒しても?」
その言葉と共に剣を空へ放り投げ、くるくると正確に二回転させて手へ納める。
それらによって、七人のうちの一人は怒りの沸点に達したようで、剣を振りかぶる。
「ッらあぁぁあぁ!」
足を巻いて加速した力と、私が最初に戦ったような身長大の大剣の自重で、強力なインパクトをもたらす。それは残念ながら地面に対して。
「ッ──!?」
──避けた?
紙一重で剣の太刀筋を交わしたラインハルトは、柄で大剣の側面を「トンッ」と軽く触れて、体勢を崩させた。
そして、続けて剣を振るうのかと思えば、ラインハルトはその二年生のすぐ横を加速して通り過ぎていき、ついに五人の剣の閃きを抜き去ったところで、七人目の二年生に一筋、地平と平行な一線を描いた。
その七人目は剣で防ごうとする。
しかし、ラインハルトの直剣が繰り出した一撃はそれを意図も容易く弾き飛ばし、ついでに人間もアリーナの壁面まで吹き飛ばす。
そして、無駄に距離を移動しつつ、繰り返すこと七度。最後の一人は、一番初めにラインハルトに斬りかかった二年生の男だった。ラインハルトは大剣を真っ向から受け、剣を正中線で真っ二つに砕き、剣を喉元に突き立てて降参させる。
そして、再びくるりと剣を回すと、
「順番どおりですよ、学府長」
そう発した。
私も学府長も、その言葉にトーナメント表を見直した。
「わざわざ名札を確認したうえで……」
──七人を凝視してたのはそういうことだったのか。
当の学府長は腑に落ちない表情を浮かべ、しかし、鼻から息を抜いて大きく一つ頷いて渋々認めた。
「ありがとうございます、学府長」
ラインハルトはマリア学府長に微笑みかけた。だが、そのとってつけたような笑みも瞬間で曇る。
そして男はそのまま刹那だけ視線をこちらへ遣ると、つま先をこちらに向けて急転換。速度も急激に上昇させて下から上へ一閃に斬り上げてきた。
「っ──!」
私は音もなく始まる一対一の戦闘に、喉を鳴らされた。
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