トーナメント(1)
一日目
一晩過ごすうちに、正直、第一王立学府へは行きたくなくなった。気乗りがしないとか、学府で学ぶことは何も無いとか、そういう思いではさらさらない。ただ、お父さまに突き放されたような思いがこみ上げてきたからだ。
──初めて、お父さまの気持ちが分からなかった……。
そう悩まされた。しかし、目指すところはただひとつ、王位継承。そのためには何としても一週間で学府を卒業しなくてはいけない。
私は朝五時に起きて支度を始めた。気付けば昨日の起床時刻よりも早かった。
昨日も磨いた剣を再度磨き直して、制服に着替える。コートとスカートさえ指定のものならばいいというゆるゆるな校則から、私は首にかけたペンダントを隠せるオレンジ色のタートルネックを着、その上から黒字に赤のラインが入った制服を纏った。スカートも同様に赤いラインが入り、大きなプリーツが特徴だ。
そんな制服を身につけてそそくさと学府へと向かった。
学府は王立の名を冠するだけあって王城からは近い。歩いて十分もすればついてしまうのだから立地は最高だろう。王城内の方が歩いている時間が長いことが玉に瑕だ。その上、全寮制だから立地も何も関係ない。
深刻な表情を浮かべて、俯き気味に歩いていたら、それは視界の端で自動的に認識された。
「大きい…………この学府、こんなに広かったっけ?」
そう言わされるほどの大きさを一目で感じた。
リューズベルク国家は立地としては大陸最悪だといわれている。それは、人間が住まう北大陸の最南端に位置し、半島のように突き出した形であるためだ。それだけならば問題は無いが、リューズベルクのさらに南、南大陸には人はひとりとして住んでいない。代わりに、様々な種族の魔物が住まっているのだ。その結果引き起こされる問題。
この国で戦争は日常茶飯事だ。
国を魔物の侵攻から守る。そのために北大陸では連合を作りもした。しかし、リューズベルクはその連合には属していない。つまり、最悪と言われながら単独で今の今までこの地を守り続けてきた。だから、守りきるためには今までもこれからも力がいる。その力をより強大なものとするために敵の落とす魔石を使って魔法を開発し続けてきたのがこの第一王立学府だ。
だからこそ建物が多く、この世界では最も近代的だ。爆発が三日に一回は起こるから建て替えざるを得ないとも言うらしい。
この学府をたった七日で去らなければいけないのはどこか勿体なくも感じるが、それも王位継承のためには仕方の無いことだと割り切った。
私は足を止めて眺めていた格好から、ようやく一歩を踏み出すと、すぐさま、
「アリスさま。お久しぶりですね」
と、前方から声がかかった。
──この声は……!
私は頭の中で声の主を想像してから、顔を上げてその人物を確認する。すると、それは記憶の引き出しから選んだ人物と合致した学府長だった。
「マリア学府長。お久しぶりです」
「以前、前線でお父さまに付いて回っていた時以来ですから、もう三年ぶりくらいですかね? 随分お変わりになりましたね」
「そうですか? 私も前線に行ったのは学府長にお会いした時が最後だったので」
「そうなの。でもなんで? あなたももう十五歳でしょう、隊を一つ率いていてもおかしくはない実力なのに」
「買い被りすぎですよ、学府長」
「それに、学府長だなんて素っ気ない! あの頃はマリア、マリアと慕ってくれていて可愛げに溢れていたのに──」
「あ、あの頃はまだ世界とか! お、王位とか! そういうものを知らなかったからできた、世間知らずなだけですから!」
「ふふふ。そんなに否定しなくてもいいじゃない。またマリアって呼んでくれる時を楽しみにしてるわよ、アリスさま」
口元に手を当てて「んふふふ」と笑いを浮かべるマリア学府長。まだ幼かったにもかかわらず、父のために前線へ連れ回された際、私の面倒を見てくれた人だ。学府長になったことも昨日知った。
そんな彼女をみて、私はふと彼女の視線を遮るように手を前に出した。私の昔を知っている人は多くいるが、こうも面と向かって話されると羞恥心から心が耐えきれない。
だから私は、話題を変えようとマリア学府長へ話しかける。
「そ、それにしても、なんで学府長がここに? いくら今日がこの学府の始業日だとはいえ学府長自ら生徒への挨拶とは──」
「それはもう、あなたが来ると言うからで迎えに来たんじゃないですか! それに学府のエクセプション、特例入学なんですからね。まあ今年も結構な特例入学者がいますけどね」
「な、なるほど」
私の手を握る力が強い。
「とはいえ、今日の日程は特に皆さんとは変わり無いのですけどね。この第一王立学府始業日は必ず行われる行事ですから。楽しみにしていてくださいね」
そう言い切るとマリア学府長は、「次はマリアって呼んでいいんですよ?」と念入りに顔をずいと付き合わせてから去っていった。その時手に乗った豊満な胸の感覚が、私にはないもので少し悲しみを覚えた。
***
マリア学府長のさっぱりとした話を含めた入学式を終え、早速行事へとことが進む。
総勢二百五十人弱の生徒全員が、学府に建てられた最も大きな建造物、アリーナへと誘導された。屋根の無い、梁だけのドーム型の建造物で、まさに闘技場と言った格好で砂が敷き詰められている。それを三百六十度囲むスタンドは、万人単位で収容できるほど大きい。
しかし驚いたことにこのスタンドは、新入生徒と指導員のみならず、二年生や、剣や盾を腰や背中に携えた現役の騎士隊員が多数席に腰をかけている。何かの祭りごとでもあるかのように盛り上がりを見せているのだ。
そんななか。唐突に「キィィィン」と甲高いハウリングの音が聞こえた。そして、
「それでは皆さん、トーナメント表をご覧下さい」
とのアリーナに響いた声とともに、闘技場の中心に魔法で空中に描かれたトーナメント表が浮かんだ。その様子に、魔法に触れたことの無い生徒達の「おぉぉお!」という歓声が上がる。
そこには「新入生オリエンテーション」との題とともに、トーナメント表がブロックに分けられて描かれている。一人ひとりの名前が細かい文字で書かれ、そのトーナメント表の真ん中周辺にはアリス・リューズベルクの名前がある。
目を細め、指さしながらトーナメントの段数を数えると。
「全部で九回……」
九回勝てばトーナメントの最上となる。どうやらこのトーナメント表には新入生だけでなく新二年生の名前もあるようで、このトーナメントを制すれば、二年制のこの学府の頂点に立てるというわけだ。
「おっほん!」
どこかで聞き覚えのある声だ。
「さあみなさん、改めまして学府長のマリアです。楽しみにしていた人もそうでない人もいるとは思いますが、この第一王立学府の学内ランクを決定するトーナメント戦を行います! 一、二年入り乱れていますが、入試成績を考慮したうえで対戦相手を決めているのでご安心くださいね? ではさっそく、第一グループの人はしたにおりてきてくださーい!」
──うっきうきだなあ、学府長。
その声でぞろぞろと降りていく生徒の数は百を超える。与えられた戦闘エリアもごく小さく、多人数入り乱れての個人戦ということか。
四グループ中、二グループ目に属する私は、スタンドの最前列に陣取って肘を立ててアリーナの様子を眺める。
それだけの人数がいても意外と武器種は少ない。ほとんどが片手剣や両手剣であり、槌や棍はおろか剣も直剣ばかりである。まあ、これだけ人であふれかえったアリーナの中で中・遠距離武器を持ち出すにはふさわしくはないとは思うが、使用する人間がたった一人の女子しかいないとは思わなかった。
「よいしょっ」
楕円のアリーナすべてを一望できる、一段高く備え付けられた台に上り、マイクを口元に近づけるマリア。
「さて、準備はいいですか?」
にやりと笑った。
「それでは、始めっ!」
一層興奮した様子のマリア学府長の声とともに、闘技場の至る所で第一グループの対戦が始まった。
剣戟の音。金属同士が衝突して発するそれは、百人分のそれが一斉に重なれば尋常ではない音となる。
その中で一人一人目立った人物に視線を向けていく。先ほどの弓使い然り、たった一撃で敵をねじ伏せた大男然り、高速な連撃を放つもの然り。
だから、猛烈な金属の音も一瞬のこと。長時間剣戟を浴びせ合う組み合わせは数えるほどだった。マリア学府長曰く「入試成績を考慮した」なんて言ってはいたが、二年生もいる以上ある程度の実力差はあれど、こうも早く決着がつき始めるとは思いもしなかった。
──いや、逆に強い人物を確実にトーナメントで上の方にするには仕方ないのか。総当たり戦じゃないわけだし。
自身の柔らかいほほ肉をふにふにとつまみながら、敵情視察する暇もなかったと残念な思いを募らせて自身の出番を待つ。そして、
「第一グループ、全ての対戦カードが終了しました! 皆さんは結果を確認しつつ、次にグループの人はどーぞアリーナへおりてきてくださいね!」
その言葉でスタンドの壁を乗り越えて直接アリーナへと立つ。
私は手刀を何度も斬りながら、苦労して対戦相手を見つけた。相手は、身長と同等の剣身を持つ大剣使いの男のようだ。地面に突き刺して目を瞑り、精神統一をしているのか、緊張を押さえているのか、地面に刺したその大剣を支えに立っている。
――これが私の初戦。王位継承権奪還への第一歩。
「ふう……」
私は長息を吐き、肺を空にする。そして、合図が掛かるのをずっと待ち続ける。
「ザザッ……」
そんなノイズが場内を支配した後。
「それでは第二グループはじめっ!」
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