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御都合主義選択論  作者: すくあ
5日目
17/24

5日目(3)

 私は無言でベヒーモスを望んだ。

 ――敵、敵、敵……。やっぱり多すぎる…………!

 どう戦うべきか迷うところである。リザードマンやウェアウルフ、ガルーダを倒さねば接近することすら許されない。

 私は無意識に唇を噛んでいた。緊張か、いや、この感情のほとんどは迷いか。山のように迷いが迫ってくるのだ。

 次に私は目を細めようとした。だが、

「やるよ!」

と発し、横に並んだリル。次いでイリーナとラインハルトも並んだ。

 私は新たな剣を手にし、それを振るって感触を確かめる。剣先にかかる遠心力の僅かな違い、新たな剣ならではの握る感覚。愛剣・カイルとの違いは仔細まで確認すれば浮き上がってくる。

 だが、今の想いと体調ならば、それは些細な違いだ。

 剣を振るった。閃きを何度も放つたび、魔力が存在することの威力を感じる。

 ――切った感覚が……!

 気は高ぶる。腹の底から湧き上がってくるのだ。

 しかし、それでも小型の敵を退けることは苦痛だ。一体倒せば二体が同時に襲ってくる。二体倒せば四体が。距離を取るだけでも力と魔力を奪われる。

 そして数十の敵を葬った時だ。

「避けろッ!」

 背後から響いた声。

 私は振り返らずにベヒーモスから距離を取る。リザードマン数体を薙ぎ払い、最も距離の近かったイリーナを掴んで跳躍する。

「っ――なんですか!?」

 イリーナの叫び。

空中で重力に抗う瞬間、それは瞬き程度の時間しかないにもかかわらず、身体でビリビリと震える感覚を覚える。

 私は顎を引いて、つい先刻まで私たちがいた位置を確認する。そこには既にベヒーモスの巨大な拳が占拠していた。

 ――危なかった……。

 安堵した。ラインハルトの声が無ければ潰されていた。しかし彼の声はそれだけでは止まらない。

「アリス、今です!」

 ――今?

「伝っていってください! 腕を!」

 ――そうか……それなら…………!

「わかった」

 バランスを崩す。しかし意地になって、この機会を失うものかと地面に手をついてそれを取り戻し、加速する。

 だが、ベヒーモスの腕に足を掛けたときから足場はより悪くなる。剣を刺し、腕を突き立て、ベヒーモスの顔へと近づいていく。

 そして。

「っ──ぁぁああぁ!」

 ようやくたどり着いたベヒーモス。私は一閃、敵に対して剣を振るう。

 ──この位置なら、首を捻って咆哮は当たらない!

 ベヒーモスが持つ、潤わせる目に切っ先を合わせて一つの突きを放つ。

 もし仮に、ベヒーモスの体の色が赤熱さえしなければ勝機は存在していただろう。

 ──それは聞いてない!

「っぐ……」

 身体をどう動かそうとも結末は変えられそうにない。

 ベヒーモス体表面でまとうように吹き出した蒸気。加えて赤熱した体は刻々と光を増し続け、それらは、私に剣をふるわなければいけないという思考が失われるほどの焦燥感をもたらす。

「アリス……!」

「──避けてっ!」

「シュゥゥゥゥ……」

 蒸気が吹き出す瞬間を肌で感じられる。空気が揺れるのだ。そして、高圧なそれで白くガスがかかったベヒーモスの体躯がうねりを持ち始める。

「っ──!」

 細身の剣と腕を前にし、身体を縮こまらせて、出来るだけ被攻撃範囲を小さくすることしか出来ない。

 最後に、目まで持っていかせるかと瞑った。

 だから私は、私の手に何かが触れた時、これはベヒーモスの魔法なのだと察した。

「何やってる」

 そう声が発せられるまでは。

 瞼を開ける。しかし視界は白、むしろ、近々で発された閃光に目が眩む。そのまま、誰かの手によって突き飛ばされた私は、

「うぐ──あが──っぅうぅ……」

と、リザードマンの緩衝材として何度かバウンドしてから、地面を転がった。左腕の痛み、膝の軋みを感じるほどの衝撃だ。だが、逆に言えば身体は痛みを感じられる程度の損傷で済んだとも言え、そう考えれば無くなるよりはマシだと考えを直してベヒーモスを向く。

 目の前のベヒーモスが襲われる光景が目に入った瞬間、それらの感覚は水に溶けたように消えてなくなった。

「お父さま……」

「うおおぉおぉ!」

 歓喜の声。まるで英雄でも凱旋したかのような。

 しかしその歓声は二つの轟音で瞬間だけ掻き消され、そして再び火がついたようにより一層大きな喝采となる。

 それは、その二つの轟音を発した主はベヒーモスではなくお父さまであったから。

 目を潰すという攻撃は、目を持たない魔獣以外にとっては効率的で最高とも言える攻撃箇所のひとつだ。視界を奪え、上手く行けば頭を割れる。

 お父さまはスタッと地面に着地する。大柄な身体で一切のブレなく。

「俺はあと一撃だけ手を出してやる。それ以降はお前らで何とかしろ」

 そしてお父さまは数秒の間だけ私を見た。その目は、

 ――覚悟しろ。

そう強い思いで目の前のベヒーモスを討伐しろといっているようだ。

お父さまは金色の剣を掲げる。

 間も無く。

「アアァアァ……」「ハアアァアァッ!」

 二つの声は重なり。

「ハアッ!」

 煌めく剣から放たれた火球。それは禍々しく赤と橙と黒が流動してまじりあう。しかしその火球の中でも互いが互いを嫌い合うように弾けている。

 対してベヒーモスは、その火球に素手で殴りかかり、打ち返そうとしている。

 どちらが力で勝ったか、それは私の心配が掛かるところではなかった。

 だからこそ、攻撃と攻撃が触れた瞬間、ルイン騎士隊長の声が飛ぶ。

「今だ、結界陣で敵の動きを封じろ! 手の空いてるやつは一箇所に魔法を撃てッ!」

「ッ――!」

 ラインハルトは、ベヒーモスに対する多方面からの攻撃に乗じて、新たに手にした魔剣を握り直して、敵に突っ込んでいく。

「ラインハルト! 近接戦はまだリザードマンが──」

「大丈夫。また私が倒すから。その隙に頼んだよ、アリス! イリーナもっ!」

「わかった」

 リルは、任せてと拳を握った右腕をこちらへ突き出した。それに対して私はリルと目線を刹那だけ合わせたのち、ラインハルトあとを追いかけていく。

「……斬ってくる」

 そしてそれを見たイリーナも決心したように芯を持った返答をし、リルが突き出した拳に拳で触れた。それはどうも弱々しいものであったが、震えてなどいない。

 私は、リルが魔矢を放つ瞬間を、足を巻きつつ見届ける。瞬きの間で抜き去っていった矢がリザードマンの脳天を捉えると、私は地面を蹴ってふわりと浮き上がり、意識も消し飛んだであろうリザードマンを足蹴にして前へ進む。

 先を行くラインハルトは道を空けるべく、命を捨てるように跳躍して斬り掛かるリザードマンを剣であしらい、もしくは首を落としてベヒーモスの足元まで到着する。

私はベヒーモスを間合いに捉えると、

「ハァァァアァ!」

とベヒーモスの両足に斬りかかる。脛に魔力のこもった一撃を振るう。

《ホリゾンタル・クレーブ》

 水平の一撃は炎を伴い、ベヒーモスを越えた先のリザードマンごと焼き尽くす。

 ――でも……っ!

 それでもやはり効き目は薄い。リザードマンが黒く燃えるほどの威力を誇っているにもかかわらず、それでも碌な傷もつけることが叶わない。

「アリスさま、下がってください」

 イリーナの声。

 振り向くまでもない、青色の光が辺りを包み込む。

 そして、リザードマンの目に映る小さな彼女は、大剣を後背に引き込んでいた。

 次の瞬間。

「っ――!」

 耳は再び役目を拒否した。

 イリーナは私を抜き去り、ベヒーモスの右足に一撃を与える。

「うあああっ!」

「アアァアァアアァアァ!」

 重量と魔力量を刃に込めた一撃は、私の炎よりも効き目があったようだ。

 ベヒーモスの叫びは誰しもの時間を静止させる。

 攻撃が止んだ刹那。その静寂はまるで、この世界の万物が私にベヒーモスを倒せと言っているように聞こえた。

 十を超える大隊で幾重にも重なる結界陣によって動きを封じられた中、数百以上の魔力攻撃を受けて傷を受け、穴を穿たれ、ふらふらと地団駄のように地面を揺らめくことしか出来ないベヒーモスに私は止めを刺す。

「──っ」

 魔剣に対して、巨大な炎をまとうイメージを伝えた。魔剣が私の腕を通して精神を蝕みたがる感覚を強制的に押し返し、

 ──私が使役しているのよ。

と強く念じ、その結果炎は徐々に具現化する。

 剣は重い。

 ベヒーモスの体躯と引けを取らない巨なる炎を出現させた剣。あとはそれを振るうだけ。

「行け、アリス!」

 ラインハルトの言葉はやけに軽く聞こえた。それは私がベヒーモスを倒す未来を知っているように頼もしく。

 瞬間だけズッと身体を沈めて振るう剣。ただ一閃、大振りで荒く、そしてそれはベヒーモスの正中線を捉えた。

「っぁぁあ!」

「グァアアァアァ──」

 喉を斬られて声を失う敵。だが、それだけで済まされていたら私はベヒーモスに背中を向けたことだろう。

 命の灯火はここで潰える。

 真っ二つに割れた巨躯と、私の目の前に落ちてきた、二メートルを超える魔石。それらベヒーモスが残した全ては、付近にいたリザードマンの命もを消していく。

 そして、お父さまが現れた時よりも大きな歓声が沸いた。それはベヒーモスの方向とも引けを取らないほどに地響きを生む。

 だから私は喜べる。

 ──勝っ……!

 しかし、「た」とたった一文字を心の中で思うことすら躊躇した。

 ──私が倒せたのは…………騎士隊がいたから。

 明後日には卒業試験が迫る。そこでは、このパーティーで強大な敵を倒さなければいけない。それがどれほど強く、どれほど痛みを伴うかなど到底想像もつかない。だが倒さねば計画は頓挫する。

 ──それだけは避けないと……!

「うぐっ」

 私は頭の中でぐちゃぐちゃと整理の付かない悩みを混沌とさせていると、リルに跳びつかれる。今回は完全に受け止めた。

「アーリスっ! おめでとおおぉ」

「リル──」

「最後の魔法! すっごかったですよ! もう鳥肌が立っちゃうくらいに」

「ありがと」

 私は微笑んで二人に返す。

 だがその奥で細い眼差しこちらに向けるラインハルトには、それと重なるような心情を含む眼差しを向け、交錯させ、地に落とす。

 ──私たちは勝てるの?


Twitter : @square_la

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