5日目(2)
事態に気づいた騎士隊は私たちよりも早く現着し、広い敷地を持つ学府の中で盾と剣を現して戦いを繰り広げていた。
数分遅れて到着した私たちは、彼らの後方で足を止める。
「遅かった……」
リザードマンは武器も持たずに騎士隊と正面から戦いを挑む。しかし、彼らがすることといえば突撃し、死に絶え、その死体を踏み越えてさらに突撃し、そんなループをし続けている彼らだが、そんなものどうにか命の数が有り余っているからこその捨て身な作戦。
だが数が数だけに、それは立派な時間稼ぎと考えれば、その作戦のもつ意味が一筋だけ通る。
「ズズズズズッ──」
そんな地響きは、私たちの懇願を容赦なく跳ね返すのだ。
「と、塔が倒れるぞォッ!」
「陣形を崩すな! 一先ずはリザードマンの始末だ! どこかに穴が開けば一瞬で崩れるぞッ!」
叫びと叫びと叫び。
私は思わずその光景を遮るように、手のひらで顔を覆った。
そして一言、心の中で、
──最悪だ。
と、発した。
それでも指の隙間から見て取れる悪夢は、不可逆な時間とともに悪化の一途を辿っていく。
「ガラガラガラガラ」
そう音を立てて崩れる壁。煉瓦のそれが外れて落ちて、地面のリザードマンの頭をわりつつ地面に山積していく。
その瓦礫音の中で、
「ガアアァアァ」「オオォオオ……」
という、この世のものとは考えられない──いや、考えたくもない魔獣の猛りが無限に聞こえてくるのだ。
そしてそれは瓦礫の音と同時に刻々と強度を増していく。
「リザードマンは端からこれが目的だったのね……」
「でしょうね。しっかりと任務を達成したというわけです」
パンデモニウムの破壊。
だが現実はそんなものでは済まされず、アリーナのスタンドの四分の一破損や、騎士隊員の受傷がおまけとして付いてくる。酷いおまけだ。
「え? え? ねぇねぇ、何でリザードマンは、そんなに塔を壊したくて仕方無かったの? さっきのってウェアウルフとかガルーダみたいな小さな魔獣の声でしょ?」
「そうですよ! 一大隊では無理ということをさっき言っていましたが、昨日からの騒ぎのおかげで騎士隊の方々はほぼこの王城下に集まっているじゃないですか! それなら──」
「そうね。そうかもしれないわ」
「リザードマンさえ……いえ、その天災以外のモンスターがいなければ、という前提条件がありますが」
そもそも、クリアした人物がいないというこの現実から察するに、大体を組んでできるかというのも謎ではある。それほど簡単に倒せる相手ではないということだけはハッキリしている。
ラインハルトが言葉を放って数秒、私たち四人の間だけには、怒号も、指示も飛ばない、それにもかかわらず濁った間が生じた。
その間を埋めたもの。
「ォ──アアァアァアアァアァッ!」
「うあっ──!」
「なに!? この声……!」
リルとイリーナの苦痛の声。
私はその声すらも上書きするほど巨で、耳を焼き切るような音を元の格好のまま耐える。これからも敵は幾度となくこの咆哮を発するかもしれない、それなら今からの数分の間は耳が麻痺していた方がいい。
そんなその場都合の考えだ。
「っぐぅ……こんな咆哮、初めて聞いた……っ」
「ベヒー……モス」
──ベヒーモス?
初めて聞いた名だ。
目の前にいる、腰を前におって二本の足でたつ巨大な魔獣。
縦方向に二十メートルは優に超える巨大な体躯、それは今にも炎でも吹き出しそうな色を持つ。頭から生える二本の角は体に似合って大きく、人が刺されば間違いなく腹から裂ける。加えて特徴的な長い尾と隆起した筋肉質な体は、何年もの間パンデモニウム内に存在していた魔物にも関わらず見るものに恐怖を植え付ける、そのためにはあまりにも十分すぎる代物だ。
だが、この敵を前にして黙ってもいられない。
「各自、魔導砲を用意しろ! 結界も山ほど持ってこい!」
ルインの声が響く。
だから私も三人に対して、発した。
「私たちも行こう」
「無茶ですよ。流石に今回ばかりは行かせるわけには──」
「魔導砲、放てえぇえいッ!」
第一の攻撃は飛ぶ。各々が持つ魔剣から抽出した純魔力の塊を、敵に向かって打ち出すという単純なもので、魔剣の活用の一つとして生み出された。
これだけの数の騎士隊員がいれば、魔力が空を隠す。
「ァァアアァ…………」
その光り輝く光景は、無数の隕石でも落ちるよう。色は属性によりけりではあれど、高速に、放物線を描いて襲う。
だがそんなもの敵からすれば、所詮自らよりは軟弱で、自由の効かない一辺倒な攻撃でしかない。
「……ァァアア」
それを言わしめるように、再び低く太い咆哮が始まった。
しかし今までの咆哮と違う点が一つ。
「攻撃が来るぞッ! 盾隊耐えろよォッ!」
大きく開いた口の奥、咽喉内にキランと刹那の光が見えたのだ。数度の瞬きは強くフィルターを通さずとも十字に見えるような光が。
高鳴る心臓の一拍。
「アアァアァアアァアァッ!」
ベヒーモスの直下から騎士隊に向かって一線、敵も見方も関係なく、見えたもの全てが対象とばかりに攻撃を開始した。
「「「ぐああぁあぁ!」」」
「っ──」
──たった一撃なのに!?
壊滅とはまさにこの事だ。幾度となく魔獣との戦闘を経験してきた人間が、その魔力に耐えきれず吹き飛ぶ。
「……あれは、何人か死にましたね」
──こんな時まで冷静に……!
「やっぱり私がターゲットを取れば、その隙に──」
「無理だよアリス、今の見てたでしょ!? すごい広範囲だし、すごい強力な一撃なんだよ! 距離があればまだしも、あんなものゼロ距離で受けたら──」
リルの嘆き。その語尾を掻っ攫ってイリーナも続く。
「そうですよ! 私のこの大剣でも防げはしないかも知れないんです! そんな敵に、魔力もない剣で挑もうなんて無茶が過ぎてます!」
「だけど──」
私の言葉は、突如頭のてっぺんに加わった硬く、重量のある感触で遮られる。
「うっ」
「リルとイリーナの言う通りです。魔剣も持たずに敵に向かっていくのはナンセンスですよ」
──聞き覚えのある声ね。
そう思って、私は声の方向を見た。
「学府長! なんでこんな所に……?」
そこにはマリア学府長がいる。
「これを渡しに来ました」
学府長はそう言って、腕に抱えた三つの武器と背負った大剣を揺らして示す。
「魔剣!」
「そうです」
マリアはにっこりと微笑んで肯定する。
手にした剣は要望として望んだとおり、今の私が持つ剣・カイルと寸分違わぬ寸法をしている。その代わり僅かに重みは増したよう。
「それと、あなたたちが心配しているであろうことも、伝えに来たのですよ」
「心配?」
「この状況だと忘れてしまいましたか? 皆さんが卒業試験に挑むために必要な三つの要件についてです」
三日前に言われた三つの条件。
・学府全学年合同のトーナメント戦で上位に位置していること。
・魔法の扱いを習得すること。
・パンデモニウムを制覇すること。
「パンデモニウム……」
「ええ。もとよりいずれかの隊と共に挑んでいただくつもりでした、持ち帰った魔石で作った武器を使って。それによって魔法の使役とパンデモニウム制覇を同時に確認しようとしていました。ですので、それに代わるものを今言い渡します」
マリア学府長は一拍あけて続ける。
「その魔剣を使って、ベヒーモスを倒しなさい」
――……やっぱり。
この状況で言い渡されるとしたらその可能性が高いと踏んでいたが、思った通りである。
「アリスさま、あなたは運がいい」
私はマリアが発した言葉の意味を取れず、無意識に首をひねった。それに対してマリアは真剣な眼差しで話を始める。
「今まで特例入学者としてこの学府に入学したものの中で、特例入学者として卒業した者は誰一人いません。それは、パンデモニウム制覇が達せられなかったから、全てが途中で敗れています」
「! でも、そもそもここの生徒は皆パンデモニウムに行かなければいけないのでは?」
「条件は挑戦ですよ。そもそも、目的が違います」
「目的……」
「挑む理由、それは負けを知ることです。己の力を知る――しかし、特例者はそうではありません。ほとんどが国を守る立場にいるのです」
私はそこまで聞いてマリアの言わんとしていることが理解できた。
「――私たちが敗北してはいけない」
マリアは一度深くうなずいた。
「だからあなたは運がいい。ベヒーモスを倒そうとしている人間がこれほどもいるのです、だからあなたは目的を達成しなさい。――ベヒーモスを倒すという使命を」
私は怒号や悲鳴など様々な騒々が耳に入る世界で風を感じ、一言を反射的に発した。
「わかりました」
私は一つ頷いた。拒否をする理由はなかった。もし選択肢にそれが存在し、選び取ってしまった暁には、私の目的は未達成となる。
だから飲み込むしかない。
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