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御都合主義選択論  作者: すくあ
5日目
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5日目(1)

 五日目

「…………スさま、……リスさま」

 私は深い眠りから引き戻される。頭の中に充満していた眠気という正体不明の靄が、ひとつの黒い塊となって、私がそれを嚥下したように消えてなくなる。

 そしてゆっくりと目を開けたわたしの視界には名前も知らない騎士隊員一人と、いつ寝ていたのか定かではないラインハルト、加えて未だに眠りこける二人のパーティーメンバーがいる。

 眠る地に選んだのは、街の粗方を望むことが出来る城の最上部、ベルクフリートともよばれる所謂塔だ。見張り台というだけあって簡素で堅牢であり寝心地は良くなどないが、ここで仮眠をとっているという事実があるから些か安心感を得、深く眠りについていた。

「アリスさま」

 私は三度目の呼び掛けでハッキリと目を覚ました。

「明るい……」

 ガラスの嵌められていない、石造りの壁に石板を乗せただけの荒い作りの窓から差し込む光に目を細めた。

 つい先刻までこの街を襲っていた──今も襲い続けている事態を頭の中に鮮明に思い出す。

「今っ、何時!?」

「まだ日は昇ったばかりですから、もう少しお眠りになられてても良いのですが──」

 ──寝すぎた。

 久々に倒れそうになるほど動いたとはいえ、こんなに身体が限界値に迫っていたとは思いもしなかった。

 私は耳を澄ませ、とりあえず現状は騎士隊に大きな動きがないと察すると、騎士隊員がここへ訪れた理由を尋ねる。

「……どうかしましたか? 新手でも出現しましたか?」

「あ、いえ……相変わらずリザードマンの数に圧されたままで特にそういう訳では無いのですが、なかでもなにやら不審な動きをしているリザードマンがいるということで報告が上がって来たので、報告をばと思いまして……」

「不審な動き?」

 私たちは今、篭城作戦真っ只中。とはいえラインハルトも言った通り一日限りの作戦だ、何度も襲われている前戦地以上の設備を持ってしても、街を壊さずこの数を始末するのは甚だ困難である。

 いざという時が今であるかといえば疑問なのだ。

「そうです。どうやら穴を掘っているようで」

「穴?」

 ──なんで穴なんか……?

 私は疑問に思って俯き気味に理由を考えていると、足音もなく近づいてきたラインハルトは私に手を伸ばし、

「アリス」

と名前を呼ぶ。

 不意に呼ばれたことで「え、ええ」と挙動不審になりつつも彼の手を握って引き上げられると、窓際に進んで、ラインハルトの指さす先を見る。

「あの街の端、通りの中頃に集まっているリザードマンがいるのです」

「…………! ホントね、穴を掘って、土をどこかへ運んでいる……」

 ──それなら、あの塔が目的? 確かに塔には魔獣はいるけれど……。

 私が悩み考える間、ラインハルトは騎士隊員に質問を投げる。

「あの塔は相当なレベルの魔獣を拘束しているはずですよね?」

「そうです。一大隊ではクリアは到底不可能と言われているほどですからね、私たちも挑んだことはあっても踏破したことはありません」

「それならどうやって拘束してるかは分かりませんか?」

「そこまでは……相当の結界が張られていることは間違いありませんが」

「結界……」

「塔を倒すことが目的……でもどうやって? そんな簡単に倒せるようなものでは無いのに」

 塔を倒す方法を考える。しかし、選択肢を発しようとすれば、



と、空白ばかりが表示され、選択肢が無いことを示している。

 ならばと、魔剣や天災とも言える魔獣の一撃という攻撃法を追加しようと試みる。だが、それらも全て弾かれてしまう。結末が表示される訳ではない、そもそも実行が不可能であると言いたいのだろう。

 ──そうか……。あの塔は結界があるから、魔獣だろうがなんだろうが壊せないのよね。

「ん……」

 分からない、リザードマンたちはどうやって塔を破壊するつもりなのか。

 ──私の考えでは思い付かないような何かに、リザードマンたちは気づいてるっていうの……?

 事態は想像以上に深刻かもしれない。お父さまがいない現状、この街の仕組みについて詳しい人間が誰かを私は知らない。王になれば、そのあらゆる仔細についてをお父さまに教わりながら任をこなしていくことになる。だが、それでは厳しい状況に置かれている今を未来に繋げられない。

 私は手櫛で髪を何度か梳く。そして落ち着いて、豆粒以下のリザードマンの流動するかの如くチームプレーを眺めながら、騎士隊員を軽い言葉で賞する。

「それにしてもよく気づいたわね」

「街には表層、中層、深層と何重にも魔石による検知装置が張り巡らされていますからね。地下からの襲撃を察知するために」

「そんなものがあったの?」

「かなり昔の話です。アリスさまや、私すら生を受けてこの世界に産み落とされる前の時代のことですからね、記憶にないのは当然のことと思います。ですが、その襲撃が存在していたことは事実のようで、今の検知機構が組上がったと聞きました」

「それなら、地下から新たな敵が来ることをリザードマンが分かっているとか…………」

 私は指を唇に当てて考えた。トントンと二度叩いてから、あくまでひとつの可能性、として前置いてから、

「むしろ、そっちが本隊とか」

そう発した。

「んな……………ッ………いえ、その可能性はたしかに捨てきれませんが、そんなものが今のこの国を襲えば応戦できる保証は──」

「一溜りも無いわ」

 過剰な騎士隊員の反応に、

 ──言うべきじゃなかったかあ。

と反省しつつ、そのひとつの未来のルートを弾くように言葉を打つ。

「まあでも、その可能性は低いわ」

「っ……え?」

「魔獣は基本夜戦が得意だもの」

 私は一度言い切ってから、騎士隊員に考えさせるように続ける。

「よくよく考えてみて。私たちが飛行種を見つけたのは夕方だったわ。ねぇ、敵がこの街を襲ったのは何時頃?」

「……ッ、た、確かに完全に日は暮れてました! 十時くらいにはなっていたかも知れません……!」

「つまり、魔獣は夜に襲うのよ」

「なるほど! リザードマンの襲撃は成功している──それなのに今日の朝、暗いうちに敵は攻め込んできていないし、ましてや増えてもいないと!」

「う、うん……そういうことよ」

 熱に気圧された。

「だから、必ず別の狙いがあるはず。下であの塔について、特に結界について何か知っていることはないか窺って来てくれる? もし答えを渋るようなら、その人をここに直接連れて来て欲しい。頼まれてくれる?」

「しょ、承知しましたッ! 出来るだけ早くお連れします!」

 脱兎のごとくベルクフリートの螺旋階段を降りていった騎士隊員。

 すると後ろから肩を叩いて、

「圧迫だぁ、圧力だぁ」

と、にししと笑いながら声をかけるのはリル。

「圧迫って……まあ言ったことは最後しか覚えていない雰囲気出してはいたけど、私優しかったわよ?」

「にししっ。冗談だよ、アリス。でも、こんな私だって三日前にパーティーに入ってって学府長に言われた時は腰抜かしたんだよ? それだけ王家の人間は崇められてる存在なんだから、もっと神のように堂々としてないとね!」

 私はイリーナの手を引いて開けた窓まで誘導すると、肘を立てる。

「ねえ、イリーナ。何でリザードマンはあんなことしてるんだろう?」

「え? ええと──」

「無視ですかァ!? 王女さまに無視されたよ!?」

 そう聞こえたと思った瞬間、リルは勢いよく私の背中に飛び乗った。しかし、それが思いのほか肩に近く、思いのほか強かった。

「ぅ…………」

 思わず呻く。

 その勢いは私の肘をズッと擦っただけでは止まることなく、胸を打ち、腹部への圧力と変換される。

 そして抵抗叶わず、ぐるんとシーソーのごとく肩に乗るようなリルを窓から投げ出し、落としそうになる。

「助けて助けて!」

 リルは手を伸ばす。しかし、全方向を視界に収めることの出来るよう幅広の窓枠には、彼女の手では届かない。かと言って、私も咄嗟のことでこの勢いが止められるとは思えない。

 ──このままだと、私まで窓の外に……。

 恐らく近々の屋根まででも十メートルは優に超えているだろう、ともなれば身体を打ち付ける衝撃は生半可なものでは無いし、当の屋根も四十五度を超える角度であり、摩擦程度で到底停止しない。

 考えても考えても答えの出ない問に頭を悩ませているうちにリルの身体は、私の背中からの距離を開き始めていた。

「助けて助けて助けて助けっ──」

 言葉が切れる。

 収束するわけでも、

「っあうぅ!」

「ここにも結界が張ってある……」

「うう……あ、たまがあ」

「だ、大丈夫ですか、リル!? もう、すぐ調子に乗るんだから!」

 顔面から結界に衝突したリルは壁をズルズルと伝って地面まで落ち、丸くなって顔を覆っている。そんなリルの背中を撫でるのはイリーナだ。

「この結界もどこかに魔石があるはずですよね?」

 ラインハルトは言う。

 ──城全体を包む魔石がなんて相当量のはず……。

 私は仰向けに窓枠に背中を乗せ、結界に頬を擦り付けるほどギリギリまで身体を出して城の上空を確かめる。

「アリス!」

「これだけの建物に対して結界を張るなら、遠隔の結界は無理! なら、この城の近くに大量に魔石があるはずよ」

 見上げた空には、日が昇ったばかりで幾分か赤みを帯びた空と、そんな空に浮かぶ白いふわふわの雲が存在するばかり。様々な色に輝く魔石などそこには存在しない。

 ──なら……。

 思いついた結果に、思わずラインハルトを見つめた。

「繋がった……」

「繋がっ……た?」

 ──しまった!

 私は走る。結界を維持する方法を調査しに出た騎士隊員のように、脱兎のごとく。

 ──リザードマンが穴を掘り始めてからどれくらい時間が経ったの!?

 もし結界維持装置が地下に埋もれているとすれば、もしリザードマンたちは昨晩の夜から穿孔し続けているのなら、もう時間は残されてないかもしれない。

 螺旋階段は一段が広く、それでいて蹴り上げは大きい。そのために何度もバランスを崩しかけながらも、私は下の騎士隊へ伝えなくてはいけない。

 ──結界が破られる前に決着をつけないと、それこそ勝ち目が薄く……。

 足を巻く速度は加速する。

 しかしその中で、ある者の声が聞こえてきた時、その足がじわりと速度を落とした。

「──ルイン」

「あぁ、アリスさま! 何でも結界について知りたいとか。いずれ国王からお話になられるとは思いますが、まずは私からお話を──」

 血相を変えて螺旋階段を降る私を見ても、顔色の一つすらも変えない騎士隊長の胸ぐらを飛びかかるようにして掴んだ。

「今すぐに隊を出して!」

「隊……まさかどこかで新手が──」

「あの穴を掘ってるリザードマン!」

 私は後ろでオドオドと慌てふためいている騎士隊員に聞こえないよう、ルインの耳元に口を近づけ答えを言う。

「どうせあの塔の結界もこの城の結界も、建物の地下深くに魔石を置いてるんでしょ? どうしてかリザードマンはそれを知っているの! 今、それを制圧するために人員を割かないと大変なことに──」

「アリス!」

 言葉を遮ったのはラインハルトの声。その声に私は当然振り返る。

 そのままラインハルトは、螺旋階段の最内側を滑るように高速に近づき、私と並び立った瞬間、

「行きますよ」

と手を取って引く。

「っ……な、何かあったっていうの!?」

「パンデモニウムが襲われています」


Twitter : @square_la

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