4日目(2)
敵が群がる方へと歩き出す。
そして、脳内で浮かべたいくつかの選択肢の中に、
◎小規模結界術
というそれを追加した。既存の選択肢を確認などする前に、無理矢理に捩じ込ませたそれはたしかに選択肢として出現した。
私はすれ違いざまに騎士隊長の肩をぽんと一度叩くと端的に、
「小規模結界を」
と伝えてから足を巻く。この絶対的不利の現況をひっくり返す方法を、私はたったひとつしか思いつかなかった。選択肢を見るまでもなくそれを選択したのだ。
騎士隊と言えど、圧倒的な力の前には無力。その場に座り込んで根が張る者や、敵に背を向けて逃げ出すもの、怯えつつも剣を構えるもの、彼らの反応は様々だ。最後者の心がけは褒めるに値するが、そのほかの騎士隊員を責めることは出来ない。なにせ、中途半端な攻撃を与えれば敵が増えてより犠牲が増える。かと言って魔力を全解放するような一撃では個人のダメージが計り知れないからだ。
なら私たちがその役を買って出よう。残念ながら魔剣はまだ持たないが。
私は人の流れに逆らって進む。
そしてようやく正対した橙の飛行種。
飛行種は地面を埋めつくしていたリザードマンの大半を自重で潰して屠り、私の方を巨大な瞳で向いた。
メートル単位であるその切れ長な眼差しに睨まれる。そして、
「ガォオ…………」
敵にとってその声は、猫が喉を鳴らす程度の感覚なのだろう。私たちにとっては最高の威圧でしかない。
飛行種の股下から見える、尾側の景色に溶ける三人の姿を確認。そして数秒後、空は霧がかかったように白くなる。
結界の中には四人と一体。
──戦術は決まった、あとはそれを実行に移すだけ……。
狭い街。そう感じてしまうほど巨大な敵。
ここはリューズベルクのなかでも王城に通じる一本道であり、様々な店が軒を連ね、最も活気がある。その分人通りも多くなり、その中でも騎士隊列や他国の要人が乗る馬車が数台通れるような地点だ。
だが窮屈加減でいえばそうはいかない。街中で戦うことは考慮されていても、街中で結界を張り、さらにその中で戦いをするなどとは考えてもいなかった。
結界の本来の使い方は、その結界の中に敵を封じ込め、一時的に時間を稼ぐという使用法がほとんだ。だからこそ狭い。さらに加えて、家々が結界内に存在するとなればより行動範囲は狭苦しいものとなる。
その中で組み上げた、一閃の攻防。
巨大な飛行種の身体の下を通して交錯する私とリルやイリーナ、ラインハルトの視線は、それだけで私の意思を彼女らに伝えて言葉と化す。
私は一度小さく頷いた。
──お前は許さない。
そう思ってキッと強く睨み、相対する私たちの間に刹那の空白を生み出した。それが私たちの攻撃の合図でもある。
二歩の踏み込み。
「っ──」
硬い地面を足先で蹴って、重い身体を浮き上がらせた。瞬間感じた軸のふらつきを空中で手を仰いで補正し、正中線を垂線と重ね合わせる。
周囲の変化は敵からしても異様であり、自らの身に何かが起こると予測したのは必然、
「ガアアァアァッ!」
と、けたたましく憤慨した模様を見せて尾を振り首を振り、接近を拒む。
「アリスさまっ!」
──わかってる、イリーナ。
飛行種の行動の一切が意味なさない。それは、飛行種がいかなる行動をして私たちに対して攻撃をしようとも、また、私たちの連携を分断しようとも、既に飛行種の死角で事は進んでいるから。
どうして思考力が低下している中では、私は口端を上げて笑いかける。
その代わりか、滲み出てきた単純なる言葉を分割して動作の合間合間に口にしつつ、攻撃を相手に与えるべく身体を操る。
「うる──」
空中で掲げる二本の腕。僅かに右に寄って上げたそれは、飛行種の目には入らない腹部スレスレを高速に飛翔してきた、私の身長よりも巨大で、床に置くだけで沈下させる程の重量を持つイリーナの大剣へ向く。
私が重力に逆らって刻々と上昇する瞬間と、剣が飛翔するルートを一致させた。
そして私は大剣の側面に指先を触れる。剣の側面に掘られたフラーと呼ばれる溝をなぞろうなどと思考せずとも、高速で空を舞うそれを指先の摩擦程度では止めることなど叶わず、図らずとも柔らかく撫でるような格好になる。それによって地面を向いていた刃は向きを百八十度転換し、天上を仰ぐ。
鍔が迫った時、手のひらをくるりと返してその衝撃を逃がすと、
「さい──」
と、単語の続きを発して剣をこの手にした。
目指す方向とは逆ベクトルに、猛烈な力で引かれていく。
しかし目的は一つだ、飛行種に対してこの閃を与えること。
意地で身体を前に倒し、縮こまり、前方に回転させる。
──投げ……る!
「なっ!」
肩に峰を当て、それを支点として剣先で半円を描く。
「――ガアアァアァ…………!」
大剣の柄をこの手にしてから、剣の腹が飛行種の頭部を捉えるまで一秒もいらなかった。
一回転して見た目の前の光景は、思わず、
「きれい」
と表現したくなるほど、予想をはるかに超えた結末に敵を導いていた。
イリーナが放った際のエネルギーに、私のフルパワーを掛け合わせた一撃は飛行種の頭部へ直撃した。その衝撃で折れて潰れた関節と飛行種のその身は、中に埋まって生きながらえているはずのリザードマンにも影響を与えるほどで、鱗を纏った体表面に無数の亀裂が走り、その亀裂からは街を燃やす火を反射させるほど光沢をもった液体が流れだしている。まるで巨大なガラスのランプシェードでも見ているような。
私は飛行種を見て、いささか感覚を失った。
しかし、足裏で地面を掴みなおすと、飛行種を避けて通まわりにこちらへ駆け寄るイリーナとラインハルトと、早速飛行種の魔石を求めて斬り進めるリルの姿を視界に収めた。
そして近づいてきた二人に話しかける。
「次、いこう。ここで悠長な真似はしてられない」
「次!? いくらアリスさまでも少しくらいは──」
現状ではとにかく人手がいる。街を壊滅させられる前に。
だが何を思ったのかイリーナは感情をあらわにした。しかし、そんなイリーナを片手で制したラインハルトは、つかつかとスローに歩みを進めると、
「アリス……」
「なに……ラインハルト?」
次の瞬間、答えよりも先にラインハルトが私の肩にトンッと触れた。
それは何やらスイッチを押されたように私の感覚のいかんにエラーを吐かせる。
──…………え?
光が渦を巻く。
星も火も、ランプシェードも何もかもが一つに混ざりあって中心に収束していくような。
そのまま私は後ろへ倒れ行く。地面に倒れきる前に私を支えたのは、まさに私を倒そうとしたラインハルトその人だ。
十センチほどの距離で顔を突き合わせて、私は声に耳を傾ける。
「やはり休みを取りましょう。もう身体が持たないですよ」
だがその言葉を是認することは到底できない。
ラインハルトは私が反論の言葉を発することを察して、人差し指で口を塞ぐと自らの意見を述べる。
「あなたは今日──いえ、昨日から何体敵を倒してきたか数えていましたか? 早朝からキャンプを襲撃したループスという魔獣を倒して仲間を救い、魔石を集めにさまざまな種の魔獣を倒し、不審な飛行種を墜落させて出現した手に余るほどのリザードマンを相手にしてきました。その上、キャンプ地からここまで十時間もの間早足で進み続けてきたんです」
ラインハルトはよりずいと身体を寄せて、圧力をかけるように言葉を発する。
「今のあなたが、この世界を救えるとでも思っているのか?」
「っ」
ラインハルトは時々、別人が乗り移ったように眼差しが変わる。
「この街はもともと耐久力が高いんですよね? 確かに炎が上がっているので被害は尋常といえる範囲は超えるでしょうが、一度身体を元に戻さなければ話は始まりません」
彼は私の口元に当てていた指を離し、そのままの形で「1」を示した。
「決めてください、一日限りの籠城作戦を」
私は倒れかけたことを理由にラインハルトの言葉に押され、承諾した。
私たちは四人分の魔剣と魔矢を依頼する。そして、四人で城の最高地点にある見張り台を持つ塔、ベルクフリートに籠った。
そこから見る撤退風景は、やけに感情を高ぶらせる。どうしても私にはその光景が敗北した瞬間と重なるのだ。
その光景が脳裏で巡りを持ったまま、横になり眠りにつこうとすれば、それがいかに難しいかが身にしみてわかる。一秒にも満たない時間で目が覚めてしまうにもかかわらず、眠りにつくにはその何倍もの時間をかけ、無理やりに眠りを奪った。
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