気づいてはいけないこと
二人目、本格的に登場します。
黒川くんはどちらかというと現代社会の人間でしたが、ここからはがっつりファンタジーの登場人物が続きます。そして、ここからこの話の根幹に関わるものが出てきます。今のところ、生きがいがないガーベラちゃんなので、しっかり主人公らしく目標を持つようになります。
「君、何を読んでいるんだい?」
まるで友人に挨拶をするときのように、親しみを込めて話しかけてきた。黒髪で赤目の、ヨハンよりも少し年上に見えるその男は白い軍服をうまく着こなしている。
「本、ですが」
格子の外でも表紙が見えるように掲げると、男はまじまじとそれを見た。
「見ればわかるさ。表紙から察するに、この国の歴史かい?」
感心したように腕を組んで、頷く。
「貴方は誰ですか。私に何か用があるのですか?」
某国の刺客とはいえ、特段何かを持っているわけではないし、ヨハンに知っている情報をすべて話してしまったため、ただの一介の囚人に過ぎない。それは私自身が一番分かっていることであり、なんとか打破したいことの1つでもある。さすがにいつまでもヨハン―――牢獄のお節介になる気はない。できるならば、ヨハンの力になってあげたいのが今の正直な気持ちだ。
「君は俺のことを忘れてしまったのかい?あんなにも君は俺を求めていたのに」
男の赤い瞳がギロリと格子越しにこちらを覗き、さも愉快そうに口角を持ち上げて怪しい笑みを浮かべた。
♢♢♢
怪しい笑みを浮かべる男は私の口から答えが出るのをずっと待っていた。
正直に言う。
私はこの人を知らない。見たことも話したことも―――もちろん求めたことだって一度もない。男の勘違い、もしくは誘い文句の類いのように思える。小さいころはともかく、仕事をしてから出会った人は覚えているため、ヨハンとは違ったタイプの整った顔つきの青年であれば覚えているはずだった。けれど、覚えていないのだ。だったら完全に相手の勘違い、他人の空似だと思う。
「すみませんが、私は貴方のことを存じ上げません。誰かと間違えていませんか」
「まさか、君は覚えていないのかい!?てっきり思い出しているものだと思っていたんだが」
意外だというような顔をして、考えるような表情をする。それから、このことを聞くことは諦めたのか、懐から一冊の手帳を取り出してパラパラとめくった。
「近頃、牢獄担当の役人がとある囚人の肩を持っているという情報を耳にしてね。それで気になってここへ来たわけだ。そもそも、囚人に本が与えられることはないし、ほかの部屋と違って備品が目に見えて多くあった。これだけあれば、その囚人が君だと判断できる。そうだろう?」
眼を細めて、同意を求めてきた。
このままではヨハンが危ない。脳が警鐘を鳴らす。私とヨハンの関係に勘づかれると危険なのは私だけではない。せっかく今世では幸せに暮らしているのだから、再びこちら側の世界に踏み込ませるわけにはいかない。
「本当の目的はこっちなんだよ。さっきの質問はもしかしたら、と思っただけだ。きっとあとになったら君も気づくだろう」
「貴方は私に何をさせたいんですか」
「君と彼の結末は簡単に言えば、ご想像の通りだ。このままでは彼もここの住人になるか、遠方に飛ばされることになってしまう。君にたぶらかされたかわいそうな貴族としてね。だから君、俺に手を出されてみないか?」
「何を言っているんですか」
「こう見えても、俺は君と懇意にしている貴族くんよりも偉い立場なものでね。ほかのやつは簡単に手を出せない。そして、俺としても君がいなくなってしまうのは楽しくない。だから、乗り換えないかという提案さ」
この男の考えが全く読めない。何が狙いなのか、私に何を求めているのか、全く分からない。まるで―――悪魔と話しているような感覚だった。
悪魔?
眼を細める意地の悪い男をもう一度見る。
黒い髪の、赤い瞳の、真意が全く読めない、悪魔のような男。
悪魔のような男じゃない。この人は本物の悪魔だ。
確信した瞬間、頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。そう、黒川くんを思い出したときのように。
魔界と呼ばれていた場所で3勢力が『グリモワール』と呼ばれる書物を狙いつつ、互いの領地を我が物としようとしていた。それぞれの勢力はほとんど互角であり、戦争を仕掛けようにもうまくいくことはなかった。その中で、この悪魔―――メフィストフェレスは敵勢力であったが、私が所属していた勢力に協力を持ちかけた。しかし、それは罠であり、ほかの勢力と既につながりがあり、結局滅ぼされてしまった。そのあとのことは分からない。
敵の敵は味方ともいうが、この男は紛れものなく敵だった。
そして、私は死ぬ間際のこの男に言ったのだ。生まれ変わったとしても呪ってやる、と。まさかこんなところで再会するとは思わなかった。
「君、目つきがさっきと違わないかい」
意識をしなくても自然と殺気が出てきてしまう。それもそうだろう、かつての自分が死ぬ要因を作った男が目の前にあるのだから。こんなうさんくさい男を信用した自分にも非はあるけれど。
「メフィストフェレス、久しぶりね。思い出したよ、全部」
「ははは、ようやくお目覚めかい、プリンセス」
「プリンセスはやめて」
「では、リリス。ごきげんはよろしいでしょうか?」
「最悪ね」
私―――悪魔リリスは3勢力のひとつ、その王の娘だった。悪魔なのだから、いい人とは言えないだろう。実際に戦いの中で多くの魔物や悪魔を殺してもいる。つくづく私の前世も、今の人生も薄暗いものが漂っていることになんとも言えない気持ちになってしまう。
「ここで懇意にしている彼も悪魔の誰かなのかい?君と俺の仲なんだから、紹介してくれてもいいだろう」
「違う。黒川くんは悪魔じゃない」
でもどうして?しっかり私の前世だって分かるのに、二つも前世があるのだろう。
急に手足が震えた。何に対して恐怖を抱いているのか、私には全く分からない。けれど怖い。これ以上、真実に近づいてはいけないという警鐘がガンガンと頭に響く。
「どうしたんだ、リリス。また、俺に騙されるんじゃないかって心配しているのか?そんなことはしないさ、せっかく再会したんだ、そう易々とほかにやったりしないさ」
「違うの、メフィストフェレス。私、気づいてはいけないことに気づいたかもしれない」
それからヨハン―――もとい黒川くんについて話した。この世界でも魔界でもない世界のこと、前世の記憶を二つも持っていること。頭の回転が速い、狡猾なこのあくまでもこんなことは体験したことがないため、納得のいく答えは出なかった。
「当面の目標はその真実を探すことにしたらどうだい?きっと暇つぶしになるさ」
「人が悩んでいるのに。ひどいわね」
「俺のことではないしね」
確かにメフィストフェレスには関係ないことだろう。
「でも、ここにいたらヒントになりそうなものが手に入らないと思うんだけど」
この牢獄にいるとなると、ただ考察をすることしかできない。私の乏しい脳みそでは到底、真実にたどり着きそうにない。それこそ、図書館へ行って書物を見て考え方を広げたい。
「それは俺に共犯者になれってことかい?」
「そうよ」
「ははは、プリンセスには逆らえないな。では、君のナイトが帰ってくる前に一度、ここから出してやるよ。もちろん、俺も同伴するがな」
面白い玩具を見つけた子供のように目を光らせ、メフィストフェレスは口角を上げて薄く笑った。
「そういえば、どうして私だって分かったの」
ヨハンの場合、目が合って互いに確信するまで分かることはなかった。けれど、この悪魔はすぐに気づいた。これがかつて悪魔として生まれた存在によるものだとすると、恐ろしく感じる。
「雰囲気と魂さ。見た目が変わっても中身がそうそう簡単には変わらないからね。君を一目見てすぐに確信したさ、あのお姫様だってね」
急展開過ぎたかな、と自分では思ってしまうもののここで気づかせた方がいいかなと思い、こうなりました。三人目の時はほか二人と少し違う出会いとなるので。それと、早く魔法や剣を出したいと思っています…このままではタグ詐欺になってしまう気がする。魔法らしい魔法がヨハンのガーベラを出したときしかない上、剣にいたっては出ていないので。このままでは武器らしい武器が鞭だけになってしまう!
今回も読んでいただきありがとうございました。