始まりの再会
この話から本格的にはじまります。魔法などファンタジー要素が色濃くでてくるのはメインの仲間4人が出てきた後になります。
さっそく、一人目の前世の仲間、登場です!
どうしてこうなったのか――時間を巻き戻してみようと思う。
私はとある国の女刺客として、そのとある国に雇われていた。ある日は敵国の重要人物に対してハニートラップを仕掛けて情報を抜き取ったり、又ある日は国にとって邪魔な人物を暗殺したり、所謂国の裏社会に身を潜めていた。刺客は国にとって捨て駒であり、ほかにも替えが存在しているため、常に死と隣り合わせの生活を送っていた。生まれも育ちもスラム街、その上両親すら分からず国に拾われて刺客養成施設に入れられた私に与えられる任務といえば、期間が難しいであろう難易度が高いものばかりだった。
今回は敵対しているこの国の内情調査と反乱を企てようとしている大臣とのつながりを作ることだった。しかし、途中で衛兵に見つかってしまい、まんまと牢へ放り込まれてしまった。
それでは黒川くんの話に戻そう。
牢に入れられて事情聴取という名の拷問にやってきたのが彼と数人の男たちだった。彼は真っ黒な軍服を身にまとい、ステッキをカツカツとつきながら。
痛いことをされるのはいやだな、と思いながら近づいてくるのを待っていると、牢の錠が音を立てて外された。入ってきた人物を見れば、端整な顔立ちの綺麗な青年がけだるそうに立っていて、この人に殺されるならいいかもしれない、と思ってしまった。だって、綺麗な人に嬲られて死ぬんだよ、そういう性癖があるわけではないけれど、変なひげを生やしてにやついているおじさんより断然いいと思う。それに、けだるそうにしているからさっさと終わらせてくれるだろう。
「お前、どこの手のものだ。」
一見か弱そうな美青年の口から紡がれる声は冷たい氷のようだった。
「……。」
「やはり、か。答えないか。」
無言を突き通す。さっきはあんな風に思ったけれど、一応一介の刺客としてのプライドはあるからギリギリまで粘るつもりである。
「そうか…ではあれを持ってこい。」
案の定、部下が持ってきたのは黒光りした鞭だった。国によっては、捕虜に正座をさせてその上に石を乗せていったり、性的な拷問を強いる所もあるらしいけれど、ここは苦痛を強いるよく耳にする方法のようである。
鞭を受け取った彼は部下に退室を促し、私と二人きりになる。よほど人様にはお見せできないようなマニアックな拷問なのか、性癖をお持ちなのか、変に勘ぐってしまう。
彼は私にその音を聞かせるように、鞭を軽く振った。
「貴様はどうせあの国の刺客だろう?昨今、あの国の手のものがよく城に入り込んできている。それほどに余裕がないのか、あそこは。ははは、馬鹿らしい。」
かつリとヒールの音を鳴らしながら、手足がつながれている私のもとへ近づいてくる。
「女とて容赦はしないぞ、さっさと情報をはけばこんなことをせずにすんだものを。覚悟するんだな。」
ふん、と鼻で笑った様子を見て、今まで培ってきた技術の中から奥義『猫かぶり』を発動させる。
「わ、私、何もしてないですぅ。ただ迷子になって気づいたらここに連れてこられたんですぅ。ここから助けてくださいっ!」
眼をうるうるさせてアヒル口をする――超絶ぶりっこの完成さ!!!絶対に友達になりたくない女の要素を最大限に詰め込んだ対男性用の術、要するにハニートラップの一種。個人的なポイントとして、ここから出してください、じゃなくて、ここから助けてください、っていうところが重要。絶対そっちの方がいい気がする。知らないけれど。
「そんな顔をしても無駄だ。」
知ってた。私だったら思いきり殴ってた。でも、女性性を意識させて少しでも加減を弱めてもらおうっていう作戦はいいと思う。女の子には優しく、紳士的に。
「少々痛めつけないと分からないようだな。」
鞭を振り上げる動きが見える。今の私には何も防ぐ手立てがない。だから、諦めて顔をうつむかせて痛みに備える――はずだった。
けれど、いつまでたっても来るはずの衝撃はやってこなかった。恐る恐る目を開けてみると、鞭を振り上げたまま動きを止めている彼の姿があった。
ぱちりと彼と私は目が合う。
同時に、まるでパズルが組み合わさったかのように驚きの表情を浮かべていった。
「あぁ、あぁ……俺は、俺は――僕はなんてことを!」
目の前の拷問官は顔を手で覆いながら崩れ落ち、そのまま床にうずくまった。
「えっと…大丈夫ですか?」
恐る恐る声をかけてみるが、返事はない。大丈夫かな。持病の何か、再発しちゃったのかもしれない。
♢♢♢
どれくらいたっただろうか、彼は落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。ブツブツと何かを自分に言い聞かせながら。
「貴様――じゃなくて貴方は僕の先輩でも恩人でもない、ただの他人の空似ですよね!そうだ、あの方がこんな所にいるはずがない。あれは前世の話、生まれ変わってまた出会えるなんて幸運なことがあるはずない。そうだ、そうだ。ですよね、貴方!」
美青年の顔がぐいっと近づき、目と目が再びパチリと合う。
あれ?
この瞳を私は知っている。
でも、どこでこの綺麗な瞳を知った?
その瞬間、膨大な誰かの記憶が流れ込んでくる。それは女性のもので、銃を片手に諍いの中央に突っ込んでいった姿や何人かと仲よさげに酒を飲み交わす姿、警察と対峙する姿が脳裏をよぎる。そして、この記憶の中には常に、綺麗な瞳を持つ目の前の青年によく似た人物がいた。いつもこの女性の後についてきて、またこの女性も彼をないがしろにせず、とてもかわいがっていた。
まちがいない、これは私の記憶だ。
そして、この瞳は私の可愛い後輩のものだ。
「黒川くん。」
目の前の青年の、かつての名を零す。
「!?」
その言葉に反応した彼の瞳は明らかに動揺していて、どうしようもなく可愛らしかった。
「やはり結さんですか?」
「やっぱり黒川くんだよね……?」
前世の記憶が正しいこと、目の前にいる人がかつての仲間だったことを確信したところで冒頭に戻る。
♢♢♢
「もう大丈夫だから!ね!?顔を上げて!!」
「ですが!!僕は!!」
「誰か来てこの現場を見たら、黒川くんの沽券にかかわるから!絶対大変なことになるから!ぶっちゃけると今所属している国と黒川くんを比べたらとんでもなくクズでどうでもいいところだから!私が知っていることは全部話してあげるから、顔を上げて!!!」
ある意味拷問である。全部言うから、みたいな台詞は散々痛めつけられてからもう降参です状態で言うのが正しいのだろう。けれど、前世でとてつもなく可愛がっていた後輩がこんな汚ったない床に頭も顔も手も擦り付けていることの方が心臓を抉られたような気分になる。
「いいえ!僕はとんでもないことを……!」
「顔を上げなさい。そして立ち上がりなさい。これは命令ですよ、逆らったら分かっていますね。」
私は前世でも今と変わらず、裏社会の人間だった。
まっとうなホワイトな職場ではなく闇に染まって、手も血で汚れているブラックな職場。だからこそ、上司命令は絶対なのだ。もし命令に逆らったらその上司に殺されるかもしれない、敵に隙を見せることになるかもしれない。それぐらい、人の命が軽いものだった。まあ、今の私の職場も同じようなものだけれど。
「はい……。」
黒川くんはゆっくりと顔を上げ、膝を立て、上体を起こした。
「うん、よくできました。」
いつもは頭をなでてあげるけれど、あいにく手はつながれているために微笑んであげることしかできなかった。そんな私の顔を見てパァッ、っと花が咲くように笑みが広げるところが可愛い。
「ここで貴方が私に対して行った行為のすべてを私は許します。」
「ありがとうございます。」
「ですが、今の私は敵国の刺客。けれど貴方はこの国の人間であり、もし私たちの関係が露呈してしまえば、迷惑がかかってしまう。そんなことは絶対にいや。だから私の知っている情報をすべて教えてあげるから、少しでも役立ててほしい。まぁ、だからといってはなんだけど、私を殺してほしいの。ちょっとだけわがままを聞いてくれるなら、苦しむのはいやだからスパっとやってほしいかな、なんて。一応拷問のあととかないと怪しまれるから、そのあとに適当に痛めつけてくれればいいから。それが無理そうなら、情報だけ上に伝えて他の人に代わってもらってもいいけど。ね、お願いできる?」
「僕は―――僕は貴方を手にかけるなんて絶対にできません!ですが、ほかのものに貴方をとられることの方がずっといやです。絶対に殺させません!僕に任せていただけませんか?絶対に自由にします!もしこの国に捕虜としてずっと留まることになっても僕が養います、幸せにします!!!」
プロポーズかな……?
これは結婚式案件ではレベル。
プロポーズまがいの告白をされたうえ、決意の固い真剣な瞳に見つめられてしまった私は何も答えられないままでいた。
だって、婚約者に言うような台詞じゃないか。
仮にも前世で上司だったものとして、後輩に養ってもらうっていうのはなんていうか、恥ずかしい。
「養うなんて大げさな……。死なないでいられるのはとてもうれしいことだけど。」
「絶対に守りきりますのでご安心を!ですが、しばらくはこの牢から出られないと思いますので、何か必要なものがあれば何なりとお申し付けください。なるべくこちらに来ますので!」
身を乗り出して大げさな身振り手振りで説明する黒川くんに圧倒されてしまった。
黒川くんが去ったあと、ふわふわの布団と暇つぶし用と思われる本が数冊、さらにおやつが差し入れされた。
好待遇すぎる!!!