少女と中年
時間はバラツキますが毎日投稿する所存です。
ここにいる魔物といい、さっきの常識では考えられないコボルの吹き飛び方といい、やっぱりここはゲームの世界。つまり「グランワールド」の世界へ来てしまっているんだ。おそらくゲーム内の俺が育てた主人公のステータスを俺自身が引き継いで。
「え、えーと。も、もう大丈夫、だよ?」
あまりにも現実離れした出来事の連続に頭はパンクしそうだったが、自分の目的を思い出し女の子を安心させるために話しかける。
「うっうわあああ”あ”!ごわがったよおおお!」
状況を理解して安心したのか女の子はすさまじい勢いで泣き出した。
ど、どうしよう...!なにか泣き止むようにやるべきかな、でも子どもと話すのなんて何年ぶりか...
あー、どうすれば...
草原のど真ん中で1人の号泣する少女、
そして傍らでただひたすらにオロオロする中年の様相はしばらく続いた。
◇
「あ、あの、助けていただいてありがとうございます」
落ち着いて泣き止んだ女の子は俺に感謝の言葉を言ってぺこりと頭を下げる。
良い教育がされているのだなぁ。微笑ましく思ってしまう。
「無事でよかったよ。君はどうしてこんなところに?」
「あ、助けていただいてまだ名乗ってすらいませんでしたね。私はハルといいます」
ん?聞いたことのない名だな。
「私、お母さんに留守番を頼まれていたんですけど待っても待ってもお母さん帰ってこなくて...
それでいてもたってもいられずになって家から飛び出してお母さんを探しにいったんです」
「そうなのか、もしかしてハルの家はこことは反対方向のカマクの村にある?」
ハルの話を聞いて俺はあるイベントを思い出した。
気が動転していて忘れていたが、この「小さい女の子がコボルに襲われてそれを助ける」というのはグランワールドで最初に入るカマクの村から隣村のネタスは行く道中に発生する最初の戦闘イベントなのだ。
イベントて出てきた女の子は名もないモブで草原にいる理由こそ同じだが、助けたらさっさとどこかへ行ってしまう。その女の子が当然ハルだなんて名乗ることはない。
ゲームの世界にいる以上、こういうこともあるのだろうか。
ハルの顔を見ると目をキラキラさせて返答した。
「はい!そうです!よくご存じで!」
ハルはカマクがあると思われる方向へ元気に指をさす。
その方角を見て俺は確信する。俺は目を覚ました時に進む方向を間違えていたんだ。
ゲーム画面では何度も見たフィールドでもドットと現実にあるものではまるで感覚が違う。
俺は知らず知らずのうちに目的地と正反対の方向へ進んでしまっていた。
ちなみにここからネタスまではゲームでも結構な時間がかかるので、現実となった世界で歩くとなるととてもじゃないが明るいうちにたどり着ける距離ではない。
どちらにしろハルをこのままにはしておけないし、俺はハルをカマクまで送っていくことにした。
「じゃあ、そこまで送っていくよ。もう夜も遅いし、魔物も多くて危ないからね」
ハルはお母さんのことが気にかかるのか迷っていた。
「そ、そうですね...はい!よろしくおねがいします!えーと...」
やがて決めてくれたのか帰ることを承諾してくれた。そして俺はまだ名乗っていないことに気づいた。
うーん、なんと名乗ればいいのかな。
「ジル、さんでいいんでしょうか?」
その名前を呼ばれて俺は体全体が硬直する。その名前は俺が小学生の時に初めてグランワールドをプレイしてつけた名前だ。当時の俺はカッコいい名前をつけたくて必死に考えた。
その結果、た「じ」まて「る」ひさ でジルだ。
今となっては恥ずかしすぎるこの名前をなぜ、ハルが...
「ここのベルトのバックルに書いてますよね。ジルって」
あー。主人公は自分の名前をベルトのバックルに彫っているって設定をインタビュー記事で読んだことあったわー。そういうことかー。
このゲームを今になってまたやる時に童心に帰ってやろうと思い、当時のお気に入りの名前だったジルに設定していたなー。俺は全て理解して激しく後悔した。
まあ、この世界で照久とか呼ばれてもな...せっかくだし思いっきり浸ろう。
「ああ。ジルっていうんだ俺。短い道中だけどよろしくね。ハルちゃん」
「はい。とても助かります。あ、ちゃんはやめてください。子どもっぽいので!」
「そうかな?じゃあハル、これでいいかな」
「はい!」
ハルは満面の笑みを浮かべた。
子どもっぽいのを気にするのはまだまだ子どもの証だ。俺はニヤニヤしそうになりながらもハルと一緒に
カマクの村へ向かった。