第1章―2「調査報告とアンドロイド」
一方そのころ、クルスとカフカは狭苦しい会議室に閉じ込められていた。今や企業同士の会議はオンライン上で行われるものとなり、場所も時間も選ばない。けれどいまだに会議室があるのは、情報漏洩を防ぐためだ。
ネットワークはファイアウォールや暗号化技術の発展、さらに過去の犯罪者一斉取り締まりによるハッカーの根絶により、なによりも安全かつ信用を置ける場所となった。会議の資料や打ち合わせはオンライン通話により共有され、契約書類のサインですらオンラインで済まされる。
ならばどうして情報漏洩か、というと、生身の人間によるせいだ。たまたまオンラインでの通話や重要書類の圧縮フォルダのパスなどがばれないように人が4,5人は入れるかどうかという程の狭い会議室で極秘にやり取りをしているわけだ。
「ねぇねぇクーたん?」
「なんだ、カフカ?」
「誰もいない密室でボクたち二人っきりって……なんだかちょっとドキドキしちゃうよね?」
「しねーよ」
クルスはカフカの脳天へと思い切りチョップをお見舞いした。いくら女の子のような見た目で可愛らしくても、カフカは男。カフカがいくら可愛らしい仕草をしたり女の子らしい声を出したところでクルスの顔色は変わらない。
あくまで、顔色だけだが。
「ボクはクーたんといるとムズムズしてきちゃうけどなぁ……」
もぞもぞと股をすり合わせるカフカに、あえてどこが、とはクルスは突っ込まない。
「ねぇクーたん……ボクってそんなに、魅力ない……?」
「あぁもう! 上目づかいもアヒル口も甘ったるい声もやめろ!」
もう一発、カフカの頭にチョップ。にへへ、としてやったり顔のカフカに、クルスは少しどきりとしたことを、頭を振って吹き飛ばす。
「カフカ、遊んでないで、ちょっとは真剣になれっての」
「クーたんはまじめすぎるんだよぉ。もうちょっと肩の力抜いてもいいと思うけどなぁ」
「せめてオンとオフは使い分けろよ」
と、彼らが話していると唐突に扉からインターホンのようなベルの音が響いた。どうぞ、とクルスの声に反応して会議室の扉は自動で横にスライドした。
そこから入ってきたのはスーツを着た女、の姿をしたアンドロイド。彼女は人間のような滑らかな動きを見せながら、備え付けのモニターの電源を入れる。
そしてモニターに手を触れると、ノイズとともに画面が一気に切り替わった。指先から電子信号を発信し、モニターがそれを受け取ったからだ。
「いつ見てもすごいよね、アンドロイドって」
「まぁ、そうだな」
現在、人のアンドロイドの開発は最終段階までやってきていた。人間のような動きと仕草、人工肌も生身のそれと大差ない。あとはどれだけ自ら試行して行動できるか、という部分だけ。現在はテストとして一部の企業で稼働している。
彼女はその中の一台、AR-396、通称ミクロ。
『すいませんが、私語を慎んでもらえますか』
ミクロは機械の声音だというのに話し方はとても流暢。にっこりと笑うミクロだがアンドロイドの課題の一つ、表情の乏しさは彼女の笑みに怪しい影を落とす。そのせいで二人はギュッと口をつぐんだ。
『先日の違法薬物の密売事件ですが、拘束した二人は何も話しませんでした』
「やはり喋らなかったか……何も知らないっていうのはあながちウソでもないようだな」
『はい。さらに彼らの拠点を制圧に向かった別働隊からの報告ですが、構成員全員が、何者かにより殺害されていたとのことです』
その言葉に二人は驚きを示すが、ミクロは構わず話し続ける。
『彼らは皆、銃器により殺されていました。現場と遺体から発見された銃弾は5種類。複数犯による可能性が高いです』
「すると内部分裂っていう可能性が出てくるな……」
「ううん、その可能性はほとんどないかもしれないよ。だってボスは部下には取引先のことは言わなかった。なら内部分裂を起こしたって、取引相手すら知らない状態じゃどうあがいても上には登れないよ」
「……確かに」
カフカはふんわりとしていてふざけているように見えるが、実は頭の回転がとても速い。クルスたちの頭脳といってもいいくらいだ。
『さらに調査を進める中、彼らの端末にステイツー5からメッセージが届きました』
ステイツー5、それはもともとアラブだった国を指す言葉だ。2030年、石油の希少性が高まると同時にオプレッシブステイツアメリカン(元アメリカ)が権利を独占しようと侵略。突然の襲撃に対処できなかったアラブはたちまちステイツの傘下へ。石油はステイツには安く、それ以外の国には高く売られることとなった。
だが、現在は石油はそこまで必要とされなくなった。ガソリンは電気へ、プラスチックもバイオマスへ。石油製品は工夫を凝らされ、石油を必要としなくなり、現在、その価値は急激に下がってきている。ステイツの侵略はこのような化学進歩をもたらしたため、決して悪とは言い難い。
現在のステイツー5では、独立を勝ち取るための紛争が行われており、兵器の資金源ともなる麻薬が大量に栽培されているのだ。
『第13部隊、あなた方はこのメッセージの出所をたどり、それを叩いてください』
「わかりました」
「次は国外任務かぁ。久しぶりで腕が鳴るね」
こうして、次の彼らの任務は唐突に訪れたのだ。
だが彼らはまだ知らない。これから待ち受ける、世界をも取り巻く陰謀を。