第1章―1「13部隊の日常」
2100年、日ノ本。人類史上最も進化したとされる21世紀がもうすぐ幕を閉じようとしていた。
車もバイクも電力で空を飛び、ナノマシンによって人々の健康は保証された。燃料不足も、難病・奇病も、未来への心配はほとんど断たれた。
それはもちろん、犯罪も含まれる。2050年に公安が設立されて以来、犯罪者の検挙率は飛躍的に上がった。2055年の国民一斉検挙により、テロの潜伏犯も、思想犯も、新興宗教の教祖さえも逮捕された。
大量の犯罪者が取り締まられ、日ノ本からは犯罪がほとんど消えた。だが0ではない。残る犯罪者を取り締まるべく、集められたのは捕まった犯罪者たちだ。
犯罪者を用い、犯罪者を取り締まる。もともと犯罪者だった彼らは使い捨てのように扱われ、その命を散らせていった。
2060年、政府は使える犯罪者が少なくなったため、犯罪者同士の子供を作ることを決定した。その時に生まれたのが、「クライムベイビー」だ。
やがて、クライムベイビーは第二世代が生まれ、彼らは政府の対犯罪組織「ハウンドドーベル」として活動することとなる。
トーキョーポリス、ニュー新宿区。そこに設立された一際大きなタワー「アポロンタワー」、そこが公安の居城だった。輝かしいネオンが街を煌々と照らし、人々に繁栄の光を与えている。
アポロンタワーの22階、そこの第3執務室に、クルス率いる「ハウンドドーベル」第13部隊の姿があった。
「はぁ……結局リーダーが捕まえてきた奴ら、何も吐かなかったっすね」
そう言いながら腕立て伏せをしている超筋肉質でアフロで浅黒い肌の少年、オメガ、16歳。クルスと同じ部隊の一員だ。自分の汗がカーペットにぼたぼたと垂れ、染み込んでいるが、決して腕立てをやめる気配はない。
「つまり、何も知らなかったってことよ」
窓際でコーヒーを飲みながら読書していた女性、ゼロは静かにそう言った。メンバーの誰よりも年上の20歳。美しい顔立ちにすらりとした高身長、黒髪のロングでスレンダー体系。モデルのような彼女はメガネをくいっと持ち上げてから、読書に戻った。
「ショ、ショコラも……そう、思います……拷問……痛いの……ダメ」
うつむき加減でもじもじとそう話したショコラ。茶髪でふわふわのショートヘア。柔らかそうなほっぺたと小さな体が愛らしい少女はメンバー最年少の13歳。けれど、メンバーの誰よりも巨乳。はちきれんばかりの巨乳は、身長を奪っているんじゃないかと思ってしまう。
「ボスを撃った相手もまだわかってないしね」
アリサはそう言うとイスの背にもたれるようにぐっと伸びをした。おまけにあくびも一つ。
「てかオメガ、筋トレなら自分の部屋でやってよ。汗臭いから」
「オレがどこで筋トレしようがオレの勝手っすよ! ねぇ、姐さん?」
汗まみれのまま人懐っこい笑みを浮かべてゼロを見るオメガ。けれど彼女は本から顔をあげないまま、あからさまにオメガとの距離を取った。
「ほら、ゼロさんは臭いって」
「うぅ……姐さん……何も言わないのが逆に傷つくっす……あ、じゃあショコラちゃんはどうっすか?」
「え……? え~と……え~と……」
突然話を振られてうろたえるショコラだが、やはり彼女もオメガと距離を取った。
「残念でした~。ショコラちゃんにも逃げられちゃったねぇ。オメガってば可哀そう、ぷぷっ」
「可愛げのない後輩っすねぇ! いいっす! 俺、籠って筋トレしてくるっすよ! 絶対シュワちゃんみたいになって帰ってくるっすからね!」
どたどたと騒がしく部屋から出ていくオメガをにやにやと笑いながら見つめるアリサ。仲が悪いように見えるがこれがいつもの光景だ。そんな彼らは公安では「デコボコ寄せ集めグループ」、なんて呼ばれているが。
「……シュワちゃんって、古すぎなのよ」
ポツリ、ゼロはそうつぶやいたが、彼女の読んでいる本は江戸川乱歩のものだ。
「そ、そういえば……リーダーさんとカフカちゃん……いないね……」
「おにいちゃんとカフカちゃんなら今会議室よ。上からの命令でね」
「やっぱり……この前の、任務の……事……?」
「かもね。なんで私じゃなくてカフカちゃんが呼ばれたのかは気になるけど。おにいちゃんの隣は私だけのはずなのに!」
ぷんすかと怒るアリサに、ショコラは小さく笑って見せた。これもいつもの光景。クルスを兄と慕うアリサにとっては、彼の隣は特別な意味を持つものなのだ。
「あ~あ……おにいちゃん、早く帰ってこないかなぁ……」