八話 髪の持ち主-3
青年が街を歩けば、あちらでひそひそ、こちらでこそこそと陰口を叩かれる。
終いには、懐かれていた筈の子供達に面白半分に石を投げつけられ、しかし誰もそれを止める事はない。
額から流れる血に手を触れ、青年は次第に、心に澱みが溜まってゆくのを感じていた。
青年はどこも見つめていない瞳で虚空を睨み、足早に路地裏を歩きながらぶつぶつと呟いていた。
「私のこれまでは何だったというのでしょう。街人達は、良き隣人ではなかった。彼等は、滑稽にも神の寵愛を受けたと勘違いして教えを説く私を、影で笑っていたのでしょうか……いや、きっとそうに違いない」
「待ちなよ、あんた……神官さん!」
肩を掴まれ、青年はハッと我に返った。
「貴女は……鬼の連れの……」
「そうだよ。ちょっと話さないかい?」
どこかほっとする笑顔を浮かべる中年女性を暫し眺め、青年は緩くかぶりを振った。
「話す事など、何も……それとも、貴女も私を嘲笑いに来たのですか?」
「そんな訳ないだろうに。あのね……」
中年女性は、静かに語り始めた。
村人達に忌み嫌われていた過去、そして急な掌返しを受け、村を出た事。
「正直ね、あんたはよっぽど恵まれた環境で生きてきたんだと思うよ。たった数日のこの扱いで何も信じられなくなっちまうくらいにはさ。
羨ましくないって言ったら嘘になる。でも、あんたの辛さも本当なんだよね。掌返しされたって意味では、あんたの気持ちも分からなくもない。分からなくもないけど、鬼の身体の一部なんて人には過ぎたるものだ、長い目で見たら、鬼に髪を返したのは決して悪い決断じゃなかったと思うよ。
……ああ、ごちゃごちゃしちまったけど、言いたい事はこれくらいかね。悪かったね、引き留めて。
じゃあね」
言いたい事だけ言って、中年女性は立ち去ろうとする。
青年は、自分の心がよく分からないまま、ただ必死に中年女性の腕を掴んだ。
「……なんだい?」
「あの、その……私には、髪を返したのが良い事だったとは思えません。どうしても、思えないのです。分からない……何をどうすれば良かったのか、分からない。でも!貴女方に着いて行かないと、後悔する事だけは分かるのです」
しどろもどろの青年の叫びを聞いた中年女性は、優しく微笑む。
「じゃあ、あの鬼に頼み込まなくちゃね」
小さな教会から1人の聖人が消え。
鬼は望まず増えた同行人に、何故こうなったと嘆息するのである。