七話 髪の持ち主-2
金の瞳の男の手が青年の髪に伸ばされる。
青年はどこか他人事で、節くれ立ってごつごつとした、男の顔に似合わない手を眺めていた。
恐らくこの手も、金の瞳の男本来のものでは無いのだろう。
青年の髪に手が触れると同時に、栗色だった金の瞳の男の髪がみるみる色を失う。
視界の端に捉えた自らの髪の色が、栗色に変わるのを見ながら、青年は言いようのない喪失感に襲われていた。
有るべき姿に収まったように、白い髪が違和感の無い、金の瞳の男は、用事が済むとさっさと教会を後にした。
連れの中年女性が去り際に、「暫くはこの街にいるから、あたし達と一緒に来たかったら宿にいつでもおいでね」と言い置いて行った意味は、すぐに分かる事となる。
「聖人様!その髪はどうしたんです!?」
いつものように教会に訪れた街人達は、栗色の髪の青年を見て、悲鳴のような声を上げた。
「返すべき方に返したのです」
少し気落ちしていた青年だったが、心配させてはいけないと思い、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「返すべき方……?で、でもあの髪は神様から授かったものじゃあ……」
「私の髪が白くなったのも、元に戻ったのも、神の思し召しでしょう」
街人達の表情が次第に険しくなってゆく。
それは、青年が見た事の無い表情だった。
「……つまり、聖人様、いや神官さんは神様に白い髪を取り上げられたって事だろう!」
「きっと神様を怒らせる事をしたに違いない!」
「善人ぶって、わたし達を騙してたのね!」
街人達は、幸運のおこぼれに預かれなくなった怒りで、自分達の考えが飛躍し過ぎている事に気付かない。
今までの人生の中で、関わった人間の殆どが優しかった青年も、剥き出しの怒りに触れ、どうしたら良いのか分からず、おろおろと立ち尽くすのみ。
街人達は肩を怒らせて教会を後にし、青年が神を怒らせて加護を失ったと声高に言いふらした。
青年の髪が栗色になっている事を確認した街人達は、あっという間に青年を爪弾きにした。小さな街で除け者にされた青年が、この先生き辛いであろう事は、火を見るよりも明らかだった。
こうして小さな教会から一人の聖人が消え、かつては賑わっていた教会に人が来る事は無くなった。