五話 瞳の持ち主-4
いざこざが収まり、女が村を出たのは夜明けだった。
女は、何故か隣を歩く長身の男を盗み見て首を傾げる。
……何故自分はこの男と一緒に歩いているのだろう。
女の瞳を神聖と言い切った男の言葉によって、目の色を変えた村人達に「出て行ってくれるな」と掌返しされ、一悶着あったのが太陽が昇る少し前の事。
男が何故だか、女を連れて行くと言い出し、その勢いにつられてしまい、今に至る。
思い返してみても、何故だかさっぱり分からない。
と、現実逃避はここまでにして……十中八九原因は瞳だろう。
どうやら男は金色の瞳を探していたようだし、折角見つけた瞳ーー使い道は分からないのが尚恐怖を煽るーーを手中に収めようとするのもおかしな話ではない。
金色の瞳が欲しいのなら、いっそその顔に見劣りする、ありふれた色の瞳と交換してくれればいいのに、と女が内心溜息を吐く。
すると、心の声が聴こえたかのように、男は口を開く。
「その瞳を寄越せ」
「……抉り出そうっていうわけ?」
女は顔を引き攣らせながら尋ね返す。
確かに瞳だけ欲しいのなら、抉り出せばいい話だが……いくらこの瞳が疎ましかろうが、物理的に取られるのは困る。
「言い方を間違えたか……抉り出すのではない。その瞳は本来私の物だった。あるべき姿に戻すだけだ」
「はぁ……?じゃああるべき姿に戻したとして、あたしの目はどうなる?」
「この色になる」
男は自らの目を指し示す。
そして、それから、と続けられた台詞に、女は仰天する事になる。
「それから、その不幸体質も失われる」
「な、何で知って……いや、それよりも!今まであたしとあたしの周辺にやたら不幸が降りかかってきてたのは、この目の所為だって!?」
男は何でもない事のように言った。
「その瞳は人間には過ぎた代物だ。強過ぎる力が不幸を呼び寄せていたのだろう」
『人間には』……?先程から何とも引っ掛かる物言いをする。
どうも嫌な予感がし始めた女だが、好奇心に負けて会話を続けた。続けてしまった。
「あんたは大丈夫なの?」
「元は私の物なのだから問題無い。それに、鬼たる私の力に瞳の力如きが勝つ事は無い」
「お、鬼……?」
男はこくりと頷く。
女は心底聞かなければ良かった、と思った。
鬼といえば、妖魔の中でも上位に当たる、角以外は人とほぼ変わらぬ見た目を持つ種族だ。
しかし、人とほぼ変わらないのは見た目だけで、その性質は獰猛であり、中には人喰い鬼も存在するという。というか殆どの鬼が人を喰う。
急に、隣の存在が恐ろしく見えだした。
戦々恐々としていた女だったが、女が余程美味しくなさそうだったのか、人を喰う種類の鬼ではなかったのかーー恐らく後者だろうがーー街への旅路で男、否、鬼が食べたのは旅人用の保存食か、狩ってきた獣を調理したものだけだった。
街に着くと宿を取り、直ぐに女は鬼に瞳を返した。
返す方法は簡単で、鬼が女の瞳に触れるだけ。
鬼にとってはごく簡単で、女にとってはとても痛い方法だったが。
眼球を触られた痛みで涙をぼたぼたと零しながら、女は金色の瞳が収まった鬼の顔を見る。
自分の瞳だった時は悍ましいもののように感じていたが、鬼の瞳である分には、成る程確かに違和感無くしっくりくる。
そして鏡で見た、茶色がかった緑色の瞳の自分も、呆れるほどに普通で、女は先程とは違う涙を一粒落とした。
「それにしても……自分の目を神聖だって言ってたんだねあんた……」
「悪いか?」
当たり前のようにそう返す鬼を見て、女は笑う他無かったのだった。