四話 瞳の持ち主-3
村の者は珍しく訪れた見目の良い旅人を歓迎する為に、村唯一の宿に集まり、夜も更けた今になってもどんちゃん騒ぎの声が微かに聴こえる。外では喧騒も薄れ、夜鳥の声が静かに響いていた。
村の外れでは、月が柔らかく、古びた家とーー決して多くはない荷物を担いだ女を照らす。
「曇ってくれれば良かったんだけどね」
女は小さく呟き、母との思い出が残る小さな家を施錠した。
……急ぐ必要は無いだろう。
この手の騒ぎに女が参加した事は無かったし、よしんば村の爪弾き者がいなくなった事に気付いたところで、探す者もいない。
「……最後に墓参りでも……」
未だ母を喪った痛みはズクズクと存在感を主張していて、正直母の死の象徴たる墓を訪れるのは苦痛だった。
しかし、だからといって行かないという選択肢はあり得ない。
女は重い足取りで、ここ数日ですっかり通い慣れた墓への道を歩き出した。
「ねえ母さん、この村から、貴女の死から逃げ出すあたしを許してね。幸せに……なってみせるからさ」
女は呟いて簡素な墓石を撫で、立ち上がる。
「逃げるのか」
女はびくりと肩を揺らす。
初めての対面をなぞるかのように、二歩分離れた場所に美貌の男が立っている。
「な……」
「この村から、逃げ出すのか」
再度繰り返される静かな声の問い掛けに、女の心が落ち着きを取り戻す。
「そうだよ。あたしは逃げる。逃げてやり直すんだ」
「人の身では持て余す金の瞳を持って、どうやり直すと?」
その言葉を聞いた瞬間、弾かれたように女は駆け出した。
しかし村の半ばで、悠々と追い掛けて来ていた男に肩を掴まれる。
余りにも強い力を籠められ、女は呻き声を上げた。
「い……っ、離せ!あたしの目の色は金色なんかじゃない!」
「……」
男の瞳ーーごくありふれた、茶色がかった緑の瞳がとても恐ろしく映る。
いつの間にか、宿に集っていた村人が騒ぎを聞きつけたのか集まってきて、距離を置いてはいるものの、囲まれていた。
当然誰も女に救いの手は差し伸べず、旅人にどんな粗相をしたのかと囁き合っている。
……どう足掻いても逃げられない。
女は絶望的な気持ちで男を見遣った。
「私が探し求めた金の瞳が、漸く……」
男の白く長い指が、いとも容易く、女の分厚い赤茶の髪のカーテンを掻き分ける。
女の視界が一気に広がると同時に、村人達がざわめく。
「何だあの目は……」
「黒いんじゃなかったの……?」
その中でぽつりと誰かが漏らした呟き。
「金の目……化け物……」
男には誰がそう言ったのか分かっているようで、今まであまり動かさなかった表情が崩れ、目を爛々と輝かせて発言者を睨み付けた。
「この神聖なる瞳を見て化け物と言うか!」
「う……あ……」
男の怒気に当てられ、化け物と言った青年は顔を青褪めさせる。
村の長老が慌てて、神に愛されし瞳だ、と宣言するのを女は白けた目で見ていた。
今まで散々貶めてくれた癖に今更持ち上げようなどと、片腹痛い。しかしまあ、一つだけ思うのが。
「美形が怒ると怖いねぇ……」