三話 瞳の持ち主-2
村の外れで、母を埋葬した真新しい墓に花を供えていた女は、ふと背後に何者かの気配を感じた。
村人は女を厄病神と呼んでいるので、ここまで近寄る筈は無く、かといって旅人がこんな鄙びた村の、それも墓地に立ち寄るとは思えない。
大方肝試しに寄って来た子供だろうと当たりをつけた女は、気付いていないフリを決め込む事にする。そうすればその内、いなくなるだろうと思って。
しかし、待てども待てども背後の人物は立ち去らず、女は苛立ちを募らせる。気分がささくれ立ち、気が大きくなっていたのか、女は普段ならば絶対にしない事ーーつまり文句を言いかけた。
「さっきから人の後ろで何を……っ!?」
背後にいた者を視界に収め、思わずぐっ、と声を詰まらせる女。
そこにいたのは、女にとっては紛れもなく、未知だった。
身長は女性としてはやや高めの女より頭二つ分は高いだろうか。本当に同じ人間なのかと疑うような長身の男だ。身体の線が分からぬゆったりとした白い衣を纏い、肌は殆ど見えないが抜けるような白さ。
そして何より女を戸惑わせたのは、作り物めいていて、見ていて恐怖すら感じさせるような美貌。
今まで生きてきて、ここまで美しいものに出会った事は無い、と断言出来る。
……最も、辺境の村では、人自体滅多に来ないのだが。
「暫し、宜しいか」
声を掛けられ、我に返る。見惚れていたという事実を誤魔化すように咳払いし、女は努めていつもの調子で言葉を返した。
「何だい?」
「金色の瞳を持つ者を知らぬか」
どくり、と心臓が嫌な音を立てる。
何だーーこの男は、何故この瞳の事を……敵か、味方か?
「知らないよ」
幸いにも声は震えなかったが、吐き捨てるような言い方になってしまった。
男は僅かに首を傾げ、納得していなさそうな顔で頷いた。
「そうか。……この辺りの筈なのだが」
そして男は踵を返し、村へと消えて行く。
その姿を見送り、完全に視界から消えたのを確認して、女はへたり込んで深く深く、溜息をついた。
村人で目元を隠しているのは女だけ。あの男が何らかの理由で村に金色の瞳の持ち主がいる事を確信しているとしたら、いくらも経たずにばれてしまう。
女は空を仰いで呟いた。
「夜逃げ、すべきか……?」