戦え! ビクトリーマン
『ご覧ください! 建物は片っ端から破壊され、怪獣の炎が町を焼き尽くしています!』
リポーターがまくし立て、ヘリは街の燦々たる有様を全国に放映していた。
首都圏に居並ぶ高層ビル群は根本からへし折られ、突如として地中から現れた怪獣は、巨大な足跡を残しながら飽くなき殺戮を続けていた。
現場から十キロ離れた避難所では、八百人を超える老若男女がその映像に見入っていた。
「俺んちが……」
誰かが立ち上がりかけるが、またすぐ床に崩れ落ちる。
怪獣が街で暴れ回っている振動は、この場所にも伝わってきていた。十キロでは心許ない。被災者護送用のトラックが早くこの避難所にも到着することをその場の誰もが願っていた。
『ああ! 怪獣がこちらに近づいています! あの真っ黒な目! 長い尻尾! 見えますでしょうか!? パイロットさん、距離を……』
近すぎる。と全員が戦慄した。
ビルを薙ぎ倒す巨体が震え、こちらを向く。リポーターの絶叫、パイロットの怒声そして画面越しの観衆の心拍が重なり、怪獣の口から青紫色の炎が吐き出された。
「「ああ……!」」
直後画面が暗くなり、すぐにスタジオに切り替わった。
「……わしらはもう、……ダメなのかのう……」
ぽつり、と。避難所の中の誰かがまた呟いた。
こんなときこそ気を強く保たねばならない。理屈では皆分かっていても、老人の嘆きを咎めることは出来なかった。
帽子を被った子供が泣きはじめる。連られて中高生の中にも嗚咽を漏らす者が現れ、大人達が正気を失うのも時間の問題だった。
「……皆! しっかりしろ!」
広間の中央で一人の男が立ち上がった。座る民衆、立つ男。全員の目が彼に釘付けとなり、男は一言一言力を込めて言い聞かせる。
「忘れたのか? 僕らの街には“ビクトリーマン”がいるじゃないか! ビクトリーマンが来てくれたらあんな怪獣、イチコロさ!」
「……でも、来てないじゃん」
テレビ画面に近い何人かが、絶望して視線を戻した。よせばいいのに、テレビ局はまた現場中継を繋ぎだして、今度は女性のリポーターがヘリでマイクを握っていた。
「皆聞いてくれ。僕に考えがある」
さっきの男はまだ立っていた。そしてその場の大勢はまだ彼を見上げ続けている。
「ビクトリーマンは僕らの声援でパワーアップする。僕らの心のこもった声援で、だ。そこで僕は考えたんだ。ビクトリーマンを動かすのは僕らの“心”なんじゃないかって」
「……それで?」
「だったら簡単なことさ。ビクトリーマンを呼ぶには僕らが力を、いや心を合わせて祈ればいい! 『助けて! ビクトリーマン』と!」
「……フン」
画面の近くに座る青年は冷めたものだった。
「ばっかじゃないの。いつもならそんなことしなくても来てくれるじゃん」
「……ヒロト」
青年の傍の少女が肩に手を添える。
「お願い。祈って。私も一緒に祈るから……」
「…………」
ヒロトと呼ばれた青年は頬を赤らめ、頷いた。
それが暗黙の合図となった。皆が視線を交わし、一斉に起立する。掛け声など無しに、全員の声が唱和した。
「「助けて! ビクトリーマン!」」
祈りは空気を震わし、地を揺さぶった。怪獣の足音なんかにも負けない、強い気持ちが天を翔け、光となって怪獣の元へと飛んでいった。
フハハハハハハハ…………
『あっ! あれは……!』
「……ビクトリーマンだ!!」
崩れかけたビルの屋上。空飛ぶカメラはそこに立つマントの男をしっかりと捉えていた。
「おまえの進行はここまでだ! 怪獣ミラゴン!」
銀色に光るマント。ビクトリーマンが腕を払うと、胸にあしらわれた「V」の紋章が太陽の光を反射して昴のように瞬いた。
「感じる……感じるぞ! おまえに家族を奪われた罪なき人々の悲しみを! 私を強くするこの声援を!!」
「「うおおおおおおおお!!」」
皆の憤怒は彼の雄叫び。皆の歓喜は彼の鼓動。
ビクトリーマンはビルを飛び降り、怪獣ミラゴンに対峙した。ほんの少し前までは人間の大きさだったビクトリーマンは、人々の声援を糧にして怪獣に負けない大きな体に変身していた。
「いけっ、そこだっ! ビクトリーマン!」
ビクトリーマンが来てくれればもう怖いもの無しだった。怪獣ミラゴンも尻尾を切られ、左目から顎にかけて「ビクトリースラッシュ」の痕が残っている。
壊された街が皆の手に戻るのももうすぐだ。あと少し怪獣を弱らせたら必殺技の「ビクトリー光線」で決着をつける。画面越しに歓喜の叫びをあげる民衆はその瞬間を今か今かと待っていた。
「み、みんな!」
ミラゴンが必死にコンクリート片を投げつけたとき、避難所の扉が大きな音を立てて開かれた。
「なんだ? どうした?」
「護送車ならもういらないぞ」
「ち、ちがうんだ。みんな、ちょっと来てくれ」
その「みんな」というのが誰を指すのか分からない。とりあえず、ヒトロ青年、その同級生のナミ、演説によって皆の心を一つに合わせたタクヤが代表して男についていった。
「俺、ついさっきよ、怪獣のいるほうを生で見ようとこっちに来てみたんだよ。そしたらよ、ほら……」
彼ら四人が着いたのは避難所の裏手だった。山の麓の高台に設置された避難所の裏は芝草が繁り、麓まで斜面が続いている。遙か遠く、彼らが逃げてきた北の方角では、怪獣によって荒らされた街の煙が雲のように立ち上っていた。
連れてこられた三人は怪獣とビクトリーマンとの戦場を遠目で眺めていたが、男が斜面を指さす先を見て一斉に目を丸くした。
「あ、あれは……!?」
彼らが見下ろしている先には人が転がっていた。
そう遠くはない。生きているのか死んでいるのか、銀のマントに隠れた体はぴくりとも動かなかった。
「ビクトリーマン……!?」
「なんでこんなとこに? ビクトリーマンは今怪獣と戦ってるんじゃ……」
誰もヒロトの疑問に答えられるはずもない。彼らは何がなんだか分からぬまま、俯せに倒れた英雄の元に駆け下りた。
「間違いない。ビクトリーマンだ」
もしや熱狂的なファンがコスプレ姿で倒れているのではと探ったが、体のどこにも服のつなぎ目は見つからない。
逞しい肩幅、決して外せぬ凛々しい仮面。数々の悪を葬ってきた正義のヒーロー、ビクトリーマンだった。
「じゃ、じゃあ……あそこで戦ってるのは誰なんだ……」
ヒロトは北を、街から上る黒い煙を眺め、言った。
「お、オラぁ、みんなに知らせてくる」
第一発見者のタケゾウは気が動転した様子だった。
「待った。皆には知らせないほうがいい」
タクヤは慌てて腕を掴んだ。今避難所の皆はビクトリーマンの──戦っている方のビクトリーマンを応援している。この戦いに勝つためには、彼らの声援が必要なのだ。
「ここじゃ目立つから……あそこに運びましょう」
タクヤが指したのは自分の車の陰だった。ここにビクトリーマンを野放しにしていてはまた他の人に発見されるかも分からない。
タクヤ、ヒロト、タケゾウの三人は力を合わせてビクトリーマンを持ち上げた。ナミはタクヤの指示で、避難所から人がこちらに来ないよう見張っている。建物の中からは依然として喝采が鳴り続けていた。
「いつもより時間かかってますね」
ヒロトの言葉にタクヤは俯く。
確かにそうだ。いつもならもうとっくに決着がついている頃なのに。応援する者が四人いなくなっただけでだいぶパワーは変わってくるのだろうか。
それとも──ここにいるもう一人の「ビクトリーマン」が関係しているのか?
「……ここにいるのは“ビクトリーマン”だ。それは間違いない」
状況の整理はどんなときでも欠かせない。建物の入り口からナミが戻ってから、タクヤは口を開いた。
「そして、テレビ画面に映ってる、あそこで戦っているのも、確かにビクトリーマンだ。他の人にあんなことはできない」
「ビクトリーマンが二人いるってことですか?」
「状況を鑑みれば否定はできないな」
「どっちが、本物……」
それも謎だし、この怪奇現象の原因も不明だ。それに、これからタクヤ達が取るべき行動も見当がつかない。
いや、すべきことはある。何が起こったにせよ、一方のビクトリーマンが怪獣と戦っているのは事実。
応援は欠かしてはならない。
「しばらくは様子を見ましょう。僕がここに残りますから、皆さんは応援を」
「それはイカンだろうよ、アンタ」
異議を唱えたのはタケゾウだった。
「アンタがずっと席外してたんじゃみんなに疑われっちまう」
「それもそうですね……」
「交代にしようや。俺とアンタで」
タケゾウの言うことは正しい。ヒロトとナミは自分もビクトリーマンを見守っていたいと不満げだったが、ミラゴンを倒すには若い人らの声援が大事なんだとタケゾウが言い、二人は納得した。
先にタケゾウが見張り番になった。タクヤは避難所に戻り、三分後、彼と交代する手筈になっている。
とはいえ三分もあればさすがにミラゴンも倒されるだろう。そうなれば交代の手間などいらない。危機が去って皆が落ち着いた後で、改めてビクトリーマンの“謎”に取り組めばいい。
広間の中は満杯で、その中だけでも四百人近い人がテレビに向かって拳を振り上げている。小さな赤子を抱える母親は、紅葉にそっくりな幼い手のひらを万歳させてビクトリーマンの勝利を願っていた。
「頑張れ! ビクトリーマン!」
「怪獣なんかやっつけて!」
それは何度も見てきた光景だった。突如として訪れた街のピンチ。人々の絶望を吹き飛ばすべく現れた正義の味方に、無力な人々は声の限りに思いを託す。
だが今回に限っては違うところがいくつかある。
息をしていないもう一人のビクトリーマンの出現。そしてやたらと長引く怪獣との戦い。登場が遅れたのもそうだった。
「本当に、ビクトリーマンなのかな」
タクヤの隣で、青年がぼつりとこぼした。
ヒロトだ。彼は画面の中で戦うヒーローを少し疎ましげに見ていた。
「戦ってる方がかい?」
「本物はもっと強かったような気がする……」
ヒートアップした周囲に聞かれないよう小さな声で話す。彼の言うことを否定するのには抵抗があり、かといって頷くのは怖かった。
これがもし偽物なら。
僕らの頼れるヒーロー、ビクトリーマンはすぐそこで死んでいることになるじゃないか。
「ヒロトッ。そんなこと言っちゃダメ!」
ナミは眉根を寄せて彼を叱責した。
「本物でも偽物でも、あんなに頑張ってるんだから。応援しなきゃかわいそうでしょ?」
それでもヒロトは腑に落ちないようだった。彼の気持ちは、タクヤには分かる。本物に比べて力に劣り、その分頑張っているとはいえ偽物は偽物。彼を応援することは今まで僕らを守ってくれた本物のビクトリーマンに対して失礼になりかねない。
戦闘開始からおよそ五分が経過した。
「そろそろ来るぞぉっ!」
観衆がグワッと活気づいた。それとほぼ同時にビクトリーマンの全身から光が溢れ、エネルギー波がヘリコプターを揺らしている。
いつもより二分遅いが、ついに出るのだ。人々の祈りが最高潮に達したときに放たれるヒーローの必殺技──
『くらえ! “ビクトリー光線”!!』
十字に組んだ腕が虹色の光を発射した。テレビのリポーターは歓喜の絶叫を挙げ、観衆は互いに涙を流して抱き合った。
ビクトリー光線が如何に大きな技かは、空中に浮かぶヘリコプターの動揺が物語っていた。衝撃波だけで画面が激しく揺れている。あの光線をまともに食らって生きた怪獣はいない。
「あ」
安定しないカメラの映像でも、その瞬間ははっきりと見えた。
ビクトリー光線はあまりにも強すぎた。ミラゴンによって踏みつぶされたビルの基盤構造に、その衝撃波を受け止めるだけの頑丈さは残っていなかったのだろう。骨の抜けたように建造物が瓦解し、瓦礫が、タイミング悪くビクトリーマンの方へと崩れ落ちた。
「「ああ……!」」
瓦礫によって狙いが狂ったビクトリー光線は照準を逸れ、何もない虚空へ。遙か遠くの海で爆発が起こる。
巨大ヒーローの必殺技は街に小さな津波を起こしただけで、終わった。
怪獣出現とは比較にならない絶望が広間を襲った。
ビクトリー光線が発射されればもう戦いは終わり。ビクトリーマンは空へと去っていき、後にはバラバラになった怪獣の死骸が転がっているのがいつもの、決まり事のようなものだった。
もし光線が外れたらビクトリーマンはどう戦うのだろう?
「タクヤさん……!」
「…………」
瞳の光を失ったタクヤは夢遊病を患ったかのように歩きだした。目はどこも見ておらず、足は扉の先、避難所の外へと向かっている。そこにもう一人のビクトリーマンが死体として眠っているのは、タクヤ達四人の他は誰も知らないことだった。
「お……もう戦いは終わったかい」
唯一人事態を知らないタケゾウはタクヤに笑顔を見せてきた。彼の足下では銀のマントを羽織った仮面の男が依然として横たわっている。
「にしちゃあ、みんな静かすぎやしねえか?」
「……終わったよ。……ビクトリーマンの、負けだ……」
上がっていたタケゾウの口角が、見る見る内に力なく緩んでいった。
「な、なんだって? よく聞こえなかっ……」
「負けだ!」
何度も言わせるな。
苛立ちがタクヤの喉を震わせた。なぜだ?
なぜ必殺技を決められなかった、ビクトリーマン。お前は大勢の人が殺されてからやってきて、挙げ句あんなトカゲみたいな怪獣すら倒せずに撤退する気か?
ビクトリーマン。お前に負けは許されないんだ。
「そうだ……ビクトリーマンは負けちゃならない……」
コンクリートの地面に膝を突き、タクヤは仮面の男を揺さぶった。
「起きろ……起きろよ! ビクトリーマン! 怪獣が暴れてるんだ! 助けてくれよ!」
男の肩は冷たかった。何度確かめても息はなく、心拍すら感じられない。
──だからどうした?
空気を吸ってなくたって、血が通ってなくたって、ビクトリーマンは僕らのヒーローじゃないか。彼は人間とは違う。まだ、死んでいるとは限らない。
「お前が本物なんだろ!? あんな弱いヤツが本当のビクトリーマンなわけないよなあ!? そうだろ! 目を覚ませよ! 本物なら目を覚まして、ミラゴンをやっつけろよ!」
ぞろぞろと、避難所から人が出ているのに少し遅れて気付いた。彼らの先頭にはヒロトとナミが立っている。
もう隠しようがなかった。ビクトリーマンが二人いた、その事実は、この場の全員に知れ渡ってしまった。
ヒロト達を叱りかけたが、止めた。もう、画面越しに声援を送る理由はない。今なすべきことは、皆の心を一つにして“本物のビクトリーマン”を目覚めさせることなのだ。
「皆さん、聞いてください」
「ビクトリーマン……!? なんでここに……」
「どういうこと? ビクトリーマンって、二人いたの?」
「俺らが応援してたのは一体……」
「お願いです。まずは落ち着いてください。そして、僕らの前に横たわっている真実を見極めてください」
「し、……死んでるの……?」
「……いえ。生きています」
タケゾウは驚いた顔でタクヤを見下ろした。何か言おうと口を開きかけるが、ナミがそれを遮り、全員に向けて必死に叫んだ。
「皆さん! 祈りましょう! 本当のヒーローはここにいます! 怪獣と戦ってるのは偽物なんです!」
「でも……ビクトリーマン、弱ってる……」
「私たちが偽物を応援したからです」何人かが、そうだ、と声を上げた。「皆が一斉に祈れば、ビクトリーマンは目を覚ましてくれます! どうか! 力を貸してください!」
彼女の頼みに誰が異を唱えるだろうか。
一度は失いかけた希望が、再び人々の瞳に宿りはじめた。ビクトリーマンは弱くない。ビクトリーマンは負けてない。僕らが正しく祈りさえすれば、真の正義は立ち上がって偽物もろとも打ち倒してくれる。
「目を覚まして! ビクトリーマン!」
「頑張れ! ビクトリーマン!」
「怪獣なんかやっつけろ!」
「偽物もやっつけろ!」
「立て! 起きろ! ビクトリーマン!」
「ビクトリーマン!」
祈りは合唱となり、山全体が鳴動した。今や避難所の中は全くの無人。誰もが次なる希望に願いを託し、正義の目覚めを口々に叫んだ。
八百人もの群衆が涙をためて一つの意志を共にする様はこの上なく奇怪だった。誰一人として煙の立つ北の空を見ようとはしない。
いや、一人だけ。タケゾウはビクトリーマンの傍らに立ち、群衆と向かい合いながらこっそりと戦火の街を見やっていた。
ここにいるのが本物ならばあそこにいるのは偽物のヒーロー。
どうして偽物はあそこで戦っているのだろう?
広間は蛍光灯が点いたままだった。
外は曇り空。雲も割れんばかりの大斉唱が室内に響いているが、床に座ってそれを聞く者は誰もいない。
捲られた布団。放り去られた私物の数々。それらを俯瞰する位置のテレビ画面には、それまで同様怪獣とビクトリーマンとの戦闘の模様が映し出されていた。
『くっ……。私は正義の味方、ビクトリーマン……。人々には指一本触れさせぬ』
誰も見守る者はいないというのに、彼はたった一人で戦っていた。
もしも外で唱っている人の一人でもここにきて、テレビの画面を覗いたなら、あまりの敗勢に同情したかもしれない。
人々の“希望”を力とするビクトリーマン。彼の体は既にミラゴンとは比較にならないほど縮小していた。
『ああ……ビクトリーマン……なんてこと……』
女性リポーターの嘆き、そしてディレクターのどよめきが十キロ彼方から伝わってきた。
もしも。この避難所にもう一人のビクトリーマンがいて、民衆が祈りを捧げていることを知ったなら。彼女も同情こそすれ敗勢を嘆くことはなかったのか。
『! おまえは……アクニン博士!!』
ビクトリーマンが驚いて見上げる先。ヘリのカメラもそこを向く。
ミラゴンの右肩から数十メートルの上空に、人一人乗れる大きさの円盤が浮いていた。それの上に立ち、支えを掴んで地上を見下ろす老人。
それは、ああ、なんということだろう。数え切れない怪獣を世に生み出し、ビクトリーマンをさんざん苦しめたあのアクニン博士ではないか。
『ほっほっ。だいぶお疲れのようだねえ、ビクトリーマン』
『くっ……』
『偽ビクトリーマンは予想より早く倒されてしまったが……君を消耗させる役目はしっかり果たしたようだねえ』
『卑劣な! 私の偽物を避難所に差し向け、人々の希望を踏みにじるなど……!』
ビクトリーマンの怒声も、アクニン博士には全く堪えていないようだった。やつは自慢の髭を摘んで撫でつけ、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
『ほほほ……なにか違和感があると思ったら。巨大化はどうしたのかね?』
ビクトリーマンは正義の拳を握り締めた。あの悪い博士などに好き勝手はさせない。だが彼の見抜いたとおり、力をいくら集結させても一向に巨大化できないのも否定しようのない事実だった。
『せいぜい焦りたまえよ、ビクトリーマン。この“ミラゴン”は人々の恐怖を糧にしてどんどんパワーアップするし、君が倒したであろう偽ビクトリーマンも、希望と対極にあるものを取り込んですぐ元通りだ』
『希望の対極……?』
『失望さ』
お喋りはここまで、とばかりにアクニン博士は指を鳴らす。
彼の操り人形たるミラゴンは真っ黒な瞳をカッと見開き、ビクトリーマンの真上に足を掲げた。
『正義は勝つ! 絶対にだ!』
ビクトリーマンは再び十字を組んだ。どんな敵でも一撃で粉砕する必殺技“ビクトリー光線”の構えだ。
──巨大化もできない状況で何をしようというのか。
『みんな! 私に希望の力を! ビクトリ────』
大怪獣ミラゴンの図太い足は、現れたときの数倍は大きな足跡を押しつけた。
この辺り一帯でミラゴンより大きな物はない。歩みを進め、避難所に着く頃には山の一つや二つ蹴散らせるほど膨れ上がっていることだろう。