病巣
The New sCEne
自分のデスクで統は遺書を書いていた。然るべきことであろうが相手は災厄であるからだ。崩災寺時雨、この男は誰が何をしても勝てなかった。政府が精鋭を集め何度も討伐しようと軍を派遣したが、誰一人帰ってこなかった。それだけの相手であるのか会議終了後全員に遺書が渡された。
「書き終えた者はそこに置いておけ。作戦終了後に家族に届くようにしておく」
戦原が言った。ふと横を見ると一人の女性が眠っていた。その女性は何も遺書に書いていなかった。
「何も書かないのか?」
統は女性に尋ねた。女性は眠そうな様子を見せながらゆっくりと顔を上げて統を見た。そして言った。
「うるしゃいなぁ…何ですぅ…」
統はもう一度何か書かないのか尋ねた。女性は目を擦っていた。そして擦りながら言った。だが眠たそうな様子はなく真剣な表情になっていた。
「待ってる人なんて誰もいない。私の両親は時雨に奪われたただそれだけ」
統の中に何かが煮えたぎった。崩災寺時雨…お前はどれだけの罪を…。統は時雨のおかした罪をあらかじめ聞いていた、機密漏洩、殺人…などの大量の罪を犯していた。罪科は少ないが件数が圧倒的に多いのである。統には確固たる決意が生まれた。
「名前はなんというんだ?」
統は尋ねた。共に闘う仲間である。名前を知っておかなければ何かあったときに…彼はそう思った。
「有川冬にゃ、よろしく〜」
有川はふざけた様子で言った。表情は笑っていたが目は笑っていなかった。ふと前を見た、戦原は下を見ていた。統は戦原が見ていた気がした。
「避難完了しました」
一人の隊員が戦原に言った。戦原は端末を見ていた、そして言った。手には刀が握られていた。
「総員作戦を執行する。零番隊、一番隊は私と来い。時雨を捜索する。二番隊、三番隊は私の合図が入り次第迂回して時雨を背後から襲撃。他の隊は後ほど指示を出す」
全員が返事をし配置についた。すると上から何かが降ってきた、それは隕石のようなものであった。周りにざわめきが生まれた。だが戦原は臆する様子を見せず驚くべき高さまで跳躍しそれを二つに斬り伏せた。そして大きな声で言った。
「崩災寺時雨発見!総員追撃体制」
全員が前よりも大きな声で返事をし、走って行った。
「俺たちも行くぞ!」
統は指示を出し、走って行った。残りの隊員もその後ろから走ってくる。
「時雨さーん」
後ろから呑気な声が聞こえる。後ろを見ると一人の男の子が走ってきていた。
「有栖、早く行け」
時雨は前を見据えて言った。有栖は立ち止まって言った。
「本当にこれで良かったんですか」
有栖は尋ねた。時雨は振り返らずに言った。
「ああ、お前は早く行け」
時雨は依然振り返らずに言った。有栖は何かを察して時雨に言った。
「死なないでくださいよ」
有栖は少し笑って言って走り去って行った。時雨からは少し涙が流れた。
死なねぇよ糞ガキ、俺をなめるな。時雨は心の中でそう言った。そんな彼に斬撃が飛んだ。彼は避け、飛んできた方向に波動を放った。だがそれは弾かれた。
「ふむ…なかなかやるな…」
戦原が刀を見ながらしみじみと言う。後ろからは8人の人間が走ってくる。有川が前に出て時雨に掌を翳して言う。
「強制移動 上」
次の瞬間時雨は物凄い力に引っ張られ上空へ放り出された。身体は引っ張られ続けていて口からは血が出ている。時雨は力を入れた。その瞬間上昇が止まった。そして時雨は表情をまったく変えず緋く尖った針を肩に創り出しそれを地上に放った。戦原や有川は刀を振り回してそれをやり過ごしている。が、針は何人かの隊員の剣や防御魔法を貫通して突き刺さっていく。あっという間に隊員たちは肉塊へと変わっていった。
「くひゃくひゃやりおるのぉ〜犯罪者ぁ〜」
有川が防御壁の裏で狂気染みた表情を浮かべて言った。彼女が何か詠唱する。次の瞬間彼女の足下に銃座が創られた。
「死んどけや」
彼女がそう言うと銃座が容赦なく時雨に弾丸を放った。時雨は表情を変えずに防御魔法を詠唱し弾丸を防ぐ。そのせいか一瞬だけ針の放射の密度が低くなった、
その瞬間を見逃さず有川と戦原が斬りかかる、時雨は二人の斬撃を紙一重で避け、掌から二人に針を放つ、戦原は間一髪避けるが有川は腹に命中してしまう。有川は情け無い声を漏らし腹を抑える。腹からは大量の血が流れている。戦原は変わらず時雨に攻撃している。
「遅れました隊長!鏡魔法 鏡壊」
統がビルの上からそう叫び、時雨の上から硝子を降らせる。時雨はそれに向かって針を飛ばすが針は硝子に当たった瞬間まったく違う方向に飛んでいく。時雨は少し戸惑いを見せ、腕で硝子をはらう。しかし腕に硝子が次々に突き刺さっていく。その瞬間を見逃さず時雨が剣を時雨の腹部に突き刺した。時雨の口から血が流れる、有川もそれを見逃さず剣を突き立てよるが時雨はその剣を器用に腋に挟み、有川を思い切り蹴り飛ばした。有川は思い切り壁に衝突し動かなくなった。時雨は戦原を見て戦原に向かっていく、手には刀が握られている。戦原も時雨に斬りかかる。
二人の剣術戦が始まった。二人の実力は互角であったが、戦原の肩のあたりから腕が出てきた、それも時雨に斬りかかる。だが時雨はその腕を切断した、その隙に時雨は戦原に腹部を斬られた。時雨は詠唱する。戦原の刀は時雨の腹部のちょうど臍の辺りを斬っている。次の瞬間もの凄い速度で時雨のダメージが回復した。そして地面から触手を生やしそれで残った隊員を攻撃した。隊員たちは触手を斬ったり、触手に斬られたりしている。戦原は表情を変えずに斬りかかる、が時雨は戦原の頭に向かって手を伸ばす。手が戦原の防御魔法に当たり腕を押し戻す。戦原は時雨の狙いを察知し素早くしゃがみこんで高度を落とし斬撃を放つ、だが時雨は右手の指先を戦原に向けてそこから雷を発生させた。
「雷魔法 世直し裁き」
時雨はそう詠唱し、指先から雷撃を放った。
「防御魔法 神の加護」
戦原は詠唱して壁を創り、雷撃を防御する。だが一瞬で壁にヒビが入る。捨て置く、彼はそう思い壁の右側から斬撃を放つ。だがそこに時雨は居ない。戦原は素早く後ろを振り返る、後ろからは時雨の人差し指が迫っていた。それは無慈悲に戦原の右眼に突き刺さった。戦原は思わず目を抑える、眼から大量の血が噴き出る。
「重力魔法 ルシファーの棺」
時雨がそう言うと、戦原が恐ろしい速度で降ってくる。隊員たちは触手と闘っており、戦原に気づいていない。次の瞬間射撃隊による掃射が始まった。ある銃弾が時雨の頬を掠めた時雨の顔に怒りの表情が見える。次の瞬間時雨は撃ってきた方向に向かって隕石を飛ばした。銃弾は依然飛んでくるが、隕石が向こう側に当たった瞬間静かになった。戦原も地面に思い切りぶち当たり肉塊になっていた。他の隊員たちの体には触手が突き刺さっていた。
統は激昂し、時雨に向かって鏡を飛ばした、そして彼に向かって走った。周りの隊員は殆ど死んでいてもう自分と副隊長しか残っていなかった。それでも彼は時雨に向かっていった。時雨は何故かじっと彼を見ていた。副隊長が時雨に斬りかかる。が、時雨が詠唱した瞬間地面から触手が生え彼を貫いた。彼は口から血を吐きながら詠唱した。
「光魔法 霊光」
彼がそう唱えると彼の口から光線が出てきた。それは時雨の肩をかすめた。時雨は痒そうに肩を払った。その瞬間統が時雨を殴った。時雨は少し体制を崩す。
統は殴りながら言った。
「お前はこんなことをして何も感じないのか!何故こんなことができる!親は家族はいないのか!誰がお前をこんなふうにした!」
時雨は何故か抵抗しない。時雨の顔が赤く腫れ上がっていく、時雨は涙を流していた。そして言った。
「お前のような優しい奴も居るんだな」
時雨はそう言い統を気絶させた。そして涙を拭い前へ走って行った。
「師匠はこの後作戦本部を叩き、目的を達成しました。三権は入れ替わり、腐った政治は終わりました」
有栖がうとうとしながら言った。歩調もふらふらしていた。
「私の父を入れて十三隊の約半数しか生きていなかったの。時雨さん以外に誰かが暗躍していたはず」
春は言った。春の目は確信に満ちていた。
「てかなんでこんなこと知りたいんですか?」
有栖は春に聞いた。瞼はほとんど落ちているが目は鋭かった。百足と闘っていた時と同じくらい。
「百足と闘った時下から時雨の声が聞こえたんです。貴方の兄は”ウタカタ”にいるカモって」
春は言った。それで有栖や玻璃川ならウタカタを知っていると思い有栖に聞いたということも。
「そーかあのとき師匠は名乗ってましたね」
有栖は笑って言った。ウタカタ…有栖は少し呟いた。
「知ってることには知ってますがちょっと怠いですよ」
有栖は引きつった笑顔で言った。新沢はふらふらしながら歩いてきていた。
「これっすよ」
有栖はビラのようなものを手渡した。その表面には(東京都▲■区 メイドCafé オイディプース OPEN)
と書かれてあった。有栖は慌てて春からビラをひったくって、ビラを裏返して渡した。それにはこう書かれていた。(全魔術学校統一魔法大会開催 9月15日)
「有栖さんこれ終わってるじゃないですか」
春は有栖に言った。有栖は春に蹴られた足をさすっていた。足は少し腫れていた。
「春ちゃんよく見て、来年度の話だよこれに勝ったら”ウタカタ”に行けるよ」
有栖は欠伸をしながら言った。
「ウタカタって何なんですか」
新沢が珍しく敬語で尋ねた。
「ウタカタは全世界共通魔導士指導区画のことです。卒業するだけで国の凄いとこに行けるんすよ」
有栖が隣の女子高生の脚を見ながら言った。口元が少し緩んでいた。春はその邪な視線に気付き有栖を蹴った。
「ウタカタの名前の由来は」
有栖は不意に言葉を止めた。前には女子高生が居た、何故かこれまでの邪な目線ではなく、哀しげな目線であった。
「1つは毎年レベルに付いていけず生徒が泡のように落第していくのです...もう一つは...」
また有栖の言葉が止まった。途端に前の女子高生の顔が変わった。まるで電気のスイッチを切るかのように一瞬にして顔そのものが変わった。鼻、口、目、髪が全て変わった。髪は髪の先の色が紅くなっていて、髪の長さはとても長く、腰のあたりまで髪が伸びていた。そして変異を遂げた”それ”は言った。
「私の名前泡川 翡翠に由来するのよ。ね?落ちこぼれ君?あんな幼稚園で2位とって楽しい?楽しい?ねえ ねえ ねえ ねえ!」
翡翠は笑って言った。だが表情に煽りが見え隠れしている。有栖の肩が小刻みに震えていた。
「人殺しに答える義務は無いんだよ。マグロ女」
有栖は言い放った。
「うふふ...今日は顔見せただけだーって。大会で会おうね。」
それは言う。有栖の顔には怒りが浮かんでいた。そして言った。
「その顔をとれ、ゴミ女」
「区内トップの私に勝ったらね」
翡翠は言った。そして何処かへ翔び去って行った。
有栖は翡翠が翔び去った方向をただ見ていた。
「ぐぼっ…ぐぼっ…おろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ…うぇっ…うぇっ…げばっ…げばっ…げばっ…うっ…うぇっ…はぁ…はぁ…うっ…」
翡翠は自室でもどしていた。口からは吐瀉物に紛れて何かが出てきていた。それは骨であった。それを見るだけでも吐き気が止まらなくなる。
「あのビリ野郎…殺す…はぁ…はぁ…うっ…うええええええええええええええええええええええええええ」
翡翠は言いながらまだもどしていた。
二本針怜です。最初に言っときますがこの作品の誰かは僕がモデルになっています。是非探してみてね!