第75話 ソロモンの守護者
そういえばソロモン亭に行くのも随分と久しぶりな気がするな。手ぶらで行くのもなんだからフルーツの盛り合わせでも買っていくとしますか。
時間的にはお昼の喧騒を過ぎゆっくりしている頃だから丁度おやつがわりにいいだろう。
「お久しぶりです、ドヌールさんいますか?」
厨房へと声をかけるとのっそりと巨体が表へとお出でになる。
「久しいな。お前の仕事ぶりはランバーからちょくちょく聞いていた。今日はどうしたんだ?」
言葉少なめで仏頂面。それでもここを出た俺の動向を気にしてくれている。ドヌールさんはやはり人情派である。
「俺が居候している『ひきこもりのラミア』で新しく従業員を雇ったんですよ。それでその女性の娘さん、ティノちゃんっていうんですがミネルバちゃんたちと歳が近いので引き合わせて縁を結べればなと思いまして」
「ふむ、娘も宿で大人相手ばかりだからな。そういった友人が増えるのはこちらとしても大歓迎だ。おーい、ラコッグ。娘とフォウはどこへいったかな?」
厨房の奥へと声をかける。ラコッグさんは夜用の仕込みをまだやっているようだ。
「ミネルバちゃんとフォウなら今は冒険者ギルドへ弁当箱の回収にいってますよ。ノブサダ君、久しぶりだ。作業をしながらですまないね」
フォウちゃんの父親であるラコッグさんはニコリと良い笑顔を浮かべて軽く会釈をしてくる。格好良くは無いのだが愛嬌のある顔立ちで人当たりのよさと相まって親しみやすい。口調も丁寧で強面で恐れられがちなドヌールさんの補佐をうまいことやっているお方だ。
「それならもうすぐ帰ってくるか。なにか飲み物でも出すから少し待つといい」
「お言葉に甘えます。あ、これ良ければ皆さんで食べてください」
「おお、すまんな」
それからティノちゃんと一緒にドヌールさんと話をしつつミネルバちゃんたちを待った。彼女は最初こそその強面にビクついていたもののすぐに打ち解け談笑している。適応力の高さは俺の比ではない。これは末が楽しみな子だね。
しばらくして外からきゃいきゃいと女の子の声がする。ああ、帰ってきたっぽいね。
入り口から3人の人影が扉を開けて入ってきた。ん? 3人??
「お父さんただいま~。あれ、ノブさんお久しぶりですね~。今日はどうされたんですか~?」
「お、お久しぶりでしゅ……あうあうあうあ」
うん、フォウちゃん噛んだね。安定のドジっぷりです。そして最後の一人は……えーっと、確かに見たというか記憶にあるのだが名前がでてこない。仕方ないので識別の魔眼でステータスを確認してしまおう。
名前:ゲルックン 性別:男 年齢:89 種族:エルフ
クラス:精霊術師Lv26 状態:健康
称号:【炉道の探求者】 パーティ名:『ソロモンの守護者』
【スキル】
片手剣Lv3 弓術Lv3 風魔法Lv3 精霊魔法Lv4 生活魔法 動植物知識 軽業Lv2
ロリコンきたー!? いたよ、そういえばこんなやつ。
たしかカグラさんと初めて会った時だったか。俺に絡んできたやつのパーティリーダーだ。
軽く会釈をするとあちらも同様に返してくれる。そもそも、俺この人に名乗ってもらってないから名前呼ぶのもおかしいしな。距離感に困るわ。ま、この人はどうでもいいや。今日訊ねてきたのは二人がメインだしな。
「ミネルバちゃん、フォウちゃん。今日は二人にお願いがあってきたんだよ。この子なんだけどもうちの店で雇うことになった人の娘さんでね。出来れば二人に仲良くしてほしいんだ」
「初めまして、私はティノっていうんだ。ノブお兄ちゃんのところで働かせてもらってます」
ぺこりと頭を下げて挨拶するティノちゃん。そのしぐさを見て二人とも目をきらきらさせている。
「私はミネルバ。ここの看板娘ですよ~。よろしくね、ティノちゃん」
「わわわ、わたひはフォウでしゅ。あうう、よろしゅくお願いしますね」
どうやら仲良くなれそうだな。それからひょっこり顔を出したタマちゃんも交え幼女組はきゃいきゃいと盛り上がっている。うん、やっぱり引き合わせて正解だったと思う。大人びていたティノちゃんが歳相応にはしゃいでいる。結構、無理していたと思うんだよね。周りは随分と歳が離れているし。
「すまない、たしかノブサダ君だったかな。少し話があるんだが今時間はいいかね?」
テーブルからその様子をほほえましく見ていると不意に声をかけられた。あれ? 帰ってなかったのね。
「ええ、構いませんよ。えーっと、すいません。お名前を伺っていなかったですね」
「ああ、すまない。以前話したことはあったが自己紹介をしていなかったね。私は『ソロモンの守護者』のリーダーでゲルックン。幼女を崇め幼女を愛で幼女を護るものだ」
いいのか、その自己紹介で!? やっぱりこの街は濃い面子が多いな。若干引きつりながらも挨拶を返す。
「『イズミノカミ』のリーダーのノブサダです。それでご用件とは?」
顔を近づけ小声でこちらに話しかけてくる。くそう、近づくとさらに思い知らされるがイケメンだなエルフめ!
実害はいまのところないけれど羨ましいぞ。ロリコンだが。
「君は彼女が何者か全て知った上で行動を共にしているのかい?」
ティノちゃんを目で追いながらそう問いかけてくる。ふむ、てっきりまた絡まれるのかと思っていたがどうやら真面目な話のようだ。
「種族的なことですか? 全て承知の上でうちで保護していますよ。母親も了承済みですし一緒に暮らしています」
そう話すと少なからず驚いたようである。エルフだけに同種族だと分かったのかな。聞いた話ではあるが人間と違って彼らは同胞を売ることは滅多にない。少しは信用してもいいのかもしれないね。
「そうなのか? 不躾ながらどういった経緯でそうなったのか教えてもらえないだろうか。いや、他意はない。あのように同胞の幼子が多種族へと懐くのは私が知りうる限りでは初めてでね」
詳しい話はできないが概要だけを掻い摘んで説明していく。ディリットさんたちが奴隷予備軍として捕らえられていたあたりで憤慨したのか空気が張り詰めたりしたが概ね俺の動きは好意的に取られた様だ。
「疑ってすまない。同胞を助け出してくれたことに感謝する」
そう言うと深々と礼をするゲルックン氏。そこまで礼を言われるとは思わなかった。当事者でもないのにな。
「同胞だけでも許しがたいのに未だ幼い可憐な蕾を貶めようとした輩を葬り去ってくれたことに感謝を禁じえないよ。奴隷として幼子たちを欲しがるのは大概性的な目的を持つ許しがたい存在だ。幼女は大切に愛でていくものだ、そうは思わないかね?」
あ、そこら辺は譲らないんですね。いや、俺ロリコンじゃないんで。
ま、ペドよりはロリのがマシなんだろうか。彼らは彼らなりに譲れないものがあるらしい。
「よくは分かりませんがああいう風に子供が笑ってすごすことのできない状況を作り出す輩は排除されて然るべきだとは思いますよ」
「うん、うん、やはり私の目に狂いはないようだ」
なぜか大いに感じ入っているゲルックン氏。盛大な勘違いをしているんじゃないかと思うのだがどうにもならない気がする。
「同胞のことで困ったことがあれば相談して欲しい。私でよければ出来うる限りの力となろう」
がっしりと両手をつかまれ力強く握手してくる。精霊術師のはずなのになんだろうこの脳筋臭。
でも、エルフに関して聞くにはいまのところこれ以上ない情報源か。ディリットさんは未だ隠し事がありそうだしな。言葉通り困ったら相談してみよう。
それからきゃっきゃと騒ぐ三人がタマちゃんのぷにぷにに満足するまでほほえましく眺めていた。




