第71話 師匠の評価
「それでお父さん。どうして私はここへ連れてこられたのでしょうか?」
あ、エレノアさんのこと忘れていた。そう、師匠。なんで彼女も拉致する必要があったんですの?
「ああ、そうじゃった。エレノア、お前誰か好いているやつはいるのか?」
「え? ええええええ、きゅ、急になにを!?」
突然の急展開に仰天するエレノアさん。いや、本当に突拍子の無い質問をするな。
「いやな、ノブサダのやつがあの宴会の時の嬢ちゃんたちを正妻に迎えるために爵位かS級冒険者を目指すというのでな。いまのうちにお前も売り込んでおこうと思ったんじゃよ」
「え!? 本気なのですか?」
ちょっとだけ期待したような、それでもやはり信じられないものを見るような顔でこちらを窺っている。それはそうだろう。冗談にしても大法螺になりそうな部類だ。
「はい、妾でもいいとも言われましたが男としてのケジメというかしっかりしたいんですよ。いつになるかは分かりませんが必ず到達するつもりです」
「エレノアはどうじゃ? 今まで男につれない態度だったお前がここ最近随分と入れ込んでいた気がしてな。できるなら儂も孫の顔を見たいんじゃが」
「お、お父さん!」
顔を赤らめもじもじとするエレノアさん。なんかチラチラとこちらを見ているし。これは脈ありと思ってよろしいですか?
「それにお前もそろそろ嫁ぎ先を決めんと行き遅れにな、ぐほぁ」
瞬時に身構えたエレノアさんの右ストレートが師匠の頬を抉る。腰の入ったキレのいいパンチだ。師匠が反応できずに見事に決まるとはすごいな。にこりとしてはいるもののあれはかなりキている。エレノアさんの後ろに阿修羅が見えるよ。口を出すべきか否か。
干渉すべきか迷っていると彼女はくるりと向き直り真剣な眼差しをこちらへと向ける。
「ノブサダさん」
「は、はいっ!」
思わず声が上ずってしまった。
「皆さんと婚姻を結ぶというのは本当ですか?」
「本当です。皆には了承を貰っていました。俺、思っていた以上に欲張りだったようで皆で一緒に暮らそうと思っています」
ふうと一呼吸置いてからぐっと下腹に力を入れて気合を入れなおす。
「エレノアさんのことも好きです。ここに流れ着いてから色々お世話になりましたしその恩を返せたとも思っていません。その分上乗せして幸せにしますから一緒に来てくれませんか?」
エレノアさんの目をしっかりと見つめて思っていたことを伝える。彼女は俺の言葉を受けて色々と思案しているようだ。ほんの数十秒のことなんだけれども何十分にも感じる沈黙の後、おもむろに口を開いた。
「そ、その……お気持ちは大変嬉しいです」
あうち、これはお断りでしょうか。無念。
「その父のこともありますので……一緒に住む形でなくて通い妻的な感じでも、いいですか?」
上目遣いでそう言うエレノアさんは上気した顔もあってすごく可愛い。了承の意味も込めてぐっと抱きしめる。びくっとしていたがすぐに力を抜いてなすがままになった。
「はい、それでいいです。受け入れてくれてありがとう、エレノアさん」
どれくらい抱き合っていただろうか。コホンと隣から咳き込む音が聞こえて慌てて我に返る。
「あー、すまん、若いのの邪魔をするのも悪いんだがそろそろいいかね?」
アミラルさんがなんともいえない生暖かい目を向けながらそう言った。ですよね、俺自身、我に返るとなにやらかしてるんだろうと思います。本当にすいません。
「「も、申し訳ありません」」
「ふはは、息もぴったりじゃのう。いやいや、これが若さかの。ノブサダよ、娘を頼むぞ。そして孫を早くみせのじゃぞ」
師匠はぶれない。
「ど、努力します?」
「なんで疑問系なんじゃ。しかし、高みを目指すという意気込みはいいがこれからどうするのか考えているのか?」
「はい、差し当たってはここのダンジョンを今のメンバーで踏破するのが目標です。エレノアさんはギルドのお仕事もあるでしょうから4人と従魔一匹での挑戦になりますね」
ヒゲを一頻りいじくった後、ふむんと鼻を鳴らす。ああ、これは師匠がなにやら思案するときのクセだな。なにか思うところがあるんだろうか。
「よし、ノブサダよ。基礎基本は教えた。あとはそれを自分なりに昇華することじゃ。今よりお前を一人前の弟子と認める。あとはS級だろうがなんだろうが駆け上がってみせい」
「は、はい!!」
「うむ、それじゃ儂はちとアミラルと話があるからお前たちは戻っていいぞ」
「「それでは失礼します」」
俺たちは二人連れ立ってギルドマスターの執務室を後にする。
◆◆◆
ノブサダたちが出て行った後、部屋に残った二人はチンとグラスを打ち鳴らし口にしていた。現在、午前10時くらい。これ以上ないほど真昼間である。
「あの小さかった嬢ちゃんが巣立ったか。感慨もひとしおってところか?」
「まぁ巣立ったとはいえ家に残るつもりじゃからそんなに代わり映えせんがのう」
「ははは、どう考えてもお前が心配だからだろうさ。しかし、あれだけ大事にしていた娘を嫁に出すほどあの若者を買っているのには驚いたな」
アミラルはエレノアを幼い頃から知っている。無二の親友たるマトゥダがどれだけ彼女へ愛情を注いできたかも。それ故に解せなかった。確かに通常の冒険者よりも早めの成長、昇進だとは思う。だが、そこまで早いというわけでもない。ぽっと出の新人に彼女を託す親友の選択が。
「あやつはな恐らく儂の最後の弟子じゃ。それにな信じられるか? この街に来てほんの数ヶ月。相手をして分かったがまともな戦闘訓練なぞここに来てから始めたんじゃぞ? それが今では協力者がいたとはいえ盗賊団を壊滅させるまでに成長した。あやつの行く末がどうなるか楽しみなものじゃよ」
「お前にしてはべた褒めだな」
「それとな口外するなよ。お主に今から話すのはそういった事が起きてから対処してもらうにも知っておいてもらったほうがいいからじゃからな。あやつの才はな武よりも魔法よりじゃ。その魔力量たるや恐らくこの街で最も高いじゃろう。儂が知っておる限りでも四属性全てと神聖魔法に適正がある。その才だけでも娘を託すのに十分じゃろう」
「なっ!?」
驚き顔色が変わるアミラル。そのままマトゥダの語りは続いた。
「現段階でそれじゃ。このまま成長を続ければさらに伸びるじゃろう。想像できたか? 下手に敵に回せば……グラマダとてあっさり落とされるぞ? それも手も足も出ずにな。お主とて魔術師相手の遠距離戦の怖さは痛いほど分かっておるじゃろう。娘の幸せも考えてはおるがあやつにはある程度暴走を抑える支えがいると思っておる。戦術級の魔法ですら一人で使いこなしそうじゃからな」
魔術師一個師団で魔法陣を描き発動させる戦術級魔法。かつて北の戦場にて砦一つを吹き飛ばすほどの威力を見せ付けられたのを思い出す。
マトゥダは決してつまらん妄言を吐く男ではない。実際にそう成り得ると判断したのか。そう考えればエレノア君を送り出す気持ちも分からんでもない。まぁこいつのことだから打算2割、娘の為が8割というところだろうがな。やれやれ、下手をすれば先ほどの約束は随分と高いものになりそうな気がしてきたぞ。
◇◇◇
エレノアさんと二人でギルドマスターの部屋を出てからちょっとだけ話をした。後日、渡したいものがあるから『ひきこもりのラミア』裏の屋敷へ来て欲しいと。はいと頷くエレノアさんに「これからよろしくお願いしますね」とはにかんで見せればなんとも言えぬ笑顔を返してくれた。いよっし! これからのダンジョン攻略に気合が入ったよ! 折角だからとエレノアさんに『イズミノカミ』のパーティ申請をお願いしておいた。最終的な登録は全員揃ってからになるけれどもね。
いよっし! それじゃ早速注文に行ってこよう。さり気無くだが全員のサイズは識別先生にて計測済みなのだ。喜んでくれるといいんだけどもな。




