第63話 フツノ救出戦 その四
時間は少し巻き戻る。
リビングアーマーと切り結ぶノブサダは僅かながら笑みを浮かべていた。
師匠のような圧倒的な力の差はない。エレノアさんのように翻弄される技の差も無い。確かにAランクと言える剣技ではあるがそこまでの力の差を感じはしなかった。そしてそれになんとかだが付いていけている。最初に感じていた月猫を振る際の違和感ももはや感じなくなっていた。ただただ、無心に避け受け流し斬り込む。
リビングアーマーはまとわり付くそれを煩わしそうに盾で払い長剣で切り伏せようとする。鈍重に見えるリビングアーマーだが剣と盾と持つ両手の動きは素早く鋭い。だが足運びはそこまで速くなくこれがAランク冒険者だったものの実力を阻害し拮抗させているのだろう。そして術者であるバカボンボンが自らの傍を離れないようにしているのかもしれない。ある一定の距離からこちら側には来ていないのだ。
そこで距離をとった後に魔法を一当てしてみる。火球や氷弾などのように物理的にどうにかできるものではない雷を。いや、火球なんて普通なら物理的にどうこうできるもんじゃないけれども。
「サンダー!」
ノブサダの掌から放たれる雷撃は吸い込まれるようにリビングアーマーに向かって……構えた盾へと本当に吸い込まれていった。そして一呼吸間を置いて盾を突き出すリビングアーマー。中央に付けられた装飾だと思われていた宝石を中心に雷撃がノブサダへと放たれた。
「おわっ、っとっとととと、アースウォール!!」
慌てて土壁を展開するノブサダ。雷撃は土へと飲まれるように消えていく。
うーむ、魔法を切り裂く以外に反射されますか。まいったね、こりゃ。
切り結んでなんとかって言っても弾かれるときつい。手がしびれて危うく取り落としそうになったしね。魔法で小細工しつつなんとか関節部を切り落としたい。そして部分ごとに破壊、もしくは蹴り飛ばす。どこぞの鋼鉄の人みたいに磁力の力でくっつくことはなかろう、たぶん。
再び間合いに入るとリビングアーマーは動き出す。
「やれ! やってしまえ! 一気に攻め立てろ!!!」
バカボンボンはエキサイトしているようだ。だが相手の出方が分かるのはこっちにしてありがたいんだけどね。分かっているのだろうか?
先ほどまでよりも鋭い剣筋で俺を襲ってくる。が、あいつの制御が入ったせいだろうか? 攻め方が若干単調になり相手取りやすくなったきがする。
当たればただではすまないだろう。魔力を拡散させるであろう剣だけに魔力纏やプロテクションすら散らされそうな気がする。
識別の魔眼を駆使しその動きを記憶、分析を繰り返し一振り二振り、タイミングを見計らう。
そしてリビングアーマーが大きく振りかぶり俺へと振り下ろそうとしたその時を狙って動き出す。
「『空気推進』!」
俺は魔法で更に勢いをつけ一気に懐へ飛び込んだ。そのままの勢いで右腕の付け根、その接合部へと月猫を振り下ろす。
空洞の鎧だったが何かで接合されていた関節部は月猫により両断され右腕がボトリと床に落ちる。間髪入れずにその腕を蹴り飛ばした。ガシャリと音を立てながら壁へと激突しそのまま転がる。
てってれ~♪ 刀術Lv1を習得しました。
てってれ~♪ 武技を習得しました。
習得したであろう武技の使い方、内容が脳裏に閃くように浮かぶ。
こいつは……。
これならいける!
後ろへ飛びのき間合いを確保したあと月猫を構え直しリビングアーマーを見据える。片腕になってもその動きは変わるところは無い。
先に動いたのは俺だった。
「尊厳崩壊石拳!」
冒険者連中の股間を打ちのめす為に使った魔法だが今回は使い方が違う。ドドンとリビングアーマーの左腕の真下から三本の石柱が勢いよくせり上がる。
ゴキン
石柱がリビングアーマーの左腕を弾き上げた。無防備になったところに『空気推進』で飛び上がり加速しながら真っ向から斬り降ろした。
「武技『震刀・滅却』!」
覚えたばかりの武技を発動すると月猫がリビングアーマーに触れる瞬間、刀身がぶれヒィィィィンと甲高い音を上げた。ただ振り下ろしただけなら弾かれるはずの刀身はまるでケーキに入刀するかのようにサクリと切り裂きながら甲冑を寸断していく。真っ二つに両断されたリビングアーマーは立つ事ができずガラリと床に沈んだ。
バカボンボンはその光景に我を忘れているようだ。それはそうだろうあれだけ自信満々に繰り出したリビングアーマーが低級と罵った俺の一撃で両断されたのだから。
というか凄いなこの技。所謂、高周波ブレードみたいなもの? 原理もよく分からないができるって感じたからやれた。うん、詳細を知りたいが説明のしようが無い。ステータス欄の表記はこんな感じだ。識別先生仕事が速いですね。
武技『震刀・滅却』
ヒノト皇国皇家武術師範だったシンスケ・トクダが今わの際に開眼した奥義。死の間際弟子たちの見守る中不意に刀を持ち庭へと降り立ったシンスケ。ふるふると震える手で持った刀を庭の桜の木へとそっと当てただけ、それだけで真っ二つに切り裂いて見せたという。その現場を目撃した弟子であるジュウゾウ・トウゴウが武技として確立させ流派の秘伝としたと伝わっている。
流派の秘伝をあっさり覚えてしまっていいのだろうか。そしてどうやって学んだ。繰り返して言おう、俺にもまったく分からん! だが、ありがたく使わせていただこう。すっごい疲れるけどもね。初めて武技を使ったけれども体力をごっそり持っていくようですよ。
隣をちらりと見ればカグラさんがデイブを倒した模様。なんかちっこくなっているけれども問題なし?
クレイさんをどうにかすれば後はなんとかなるかな。が、そうは問屋が卸さないようで……。
「クレイ、フツノ。そいつらを拘束しろ! 手加減は無用だぁ」
ダっとクレイさんがカグラさんへ向けて走り出す。後方からはぐうっとミタマの苦しそうな声がした。ああ、もう。往生際の悪い!
「エアバインド×3!!」
リビングアーマーだとあっさり力技で拘束解かれそうだったから使わなかったがこの3人なら問題なく使える。
バカボンボンはそのまま、クレイさんはカグラさんへと到達する前に、フツノさんは両手を上げたような状態で空気の枷に拘束された。
「ひっ、これだけ魔法を使っていてまだ使えるのか!? お、お前は一体なんなんだ。ぼ、僕に何かする気か。フツノがどうなってもいいならやってみるがいいさ!」
ああ、もうお前がフツノさんの名を呼ぶだけでなんか虫唾が走る。エアバインドを口にも発動して喋れないようにする。モガモガとなにやら苦しそうだが気にしない。
フツノさんの傍へと歩み寄ると彼女の耳元でそっと囁く。なるだけ他の人には聞こえない声量で。
「フツノさん、意識があるなら聞こえているよね。今からそのコルセットの呪縛が解けないか試してみる。これからあるスキルの使用を試みるけれどもこれはフツノさん次第で発動するか分からない。俺の話を聞いて納得してくれたら了承してほしい」
そこに彼女の意識があるか分からないけれども真剣に話す。ずっと思ってたことを。
「俺はフツノさんが好きだ。でもミタマもカグラさんも好きなんだ。節操がないと呆れられるかもしれない。だけどみんなで幸せになるのが夢なんだ。だからフツノさんにも傍にいてほしい。出来るならば死が互いを分かつまで共に歩んでくれないか?」
話しながらあのスキルが発動するよう祈る。使ったことがあるのは一回だけ。それも無意識でだが。
沈黙がしばし支配する。やはり受け入れられなかったかと諦め他の方法を探そうと考えたときそのアナウンスが脳内へ響く。
てってれ~♪ フツノは親愛の意を示しました。 異魂伝心Lv2を発動します。
びー、びー♪ エラーがでました、いやマジで。発動の阻害をするものがあります。目標の体内へ直接魔力を注いでください。
緊張感がないな、駄女神アナウンス。
体内へ魔力を注げって……ええい、四の五の言ってる暇は無い思いついたら即実行。ノブサダ、男の見せ所だ!
口内へ魔力を溜めフツノさんへと口付ける。経口摂取型の呪いもあるとセフィさんが対抗策を教えてくれたんだがまさか逆の使い方をするとは思わなんだ。
そのまま俺の魔力が注がれるが胴回りのコルセットが抗うかのように明滅していた。どれくらいそうしていただろうか。唇を離す頃には俺の魔力が浸透して魔力纏のようにフツノさんの体を包み込んでいた。
ピシッピシシシッ
パシーン
抗いきれず弾け飛ぶコルセット。それはフツノさんが着ていたウエディングドレスも同時に弾けとび色々と露わになってしまう。慌ててフツノさんの拘束を解きリュックからシーツを取り出しかぶせた。
識別先生で確認すれば状態は健康へと戻っている。どうやら成功したようだ。
魔力を無理矢理送ったせいか気絶したようにへたっているが大丈夫だよね? ちょっとだけにやけているし。
「……ノブ。あとで説明求む」
はい、ミタマさんがジト目で俺を見上げています。ちゃんと説明するんで許してください。
それはそうとバカボンボンへの仕置きタイムですよ。
シンスケ・トクダ→徳田新助:どっかの領主の三男坊らしい。
ジュウゾウ・トウゴウ→東郷十三:後ろに立つとチョップをくらいます。




