第62話 フツノ救出戦 その参
広間の中には俺とカグラさん、リビングアーマーとデイブが並ぶように対峙している。
カグラさんの手には槍が、リブングアーマーは長剣とカイトシールド、デイブは鉄杖を持ち構えていた。
「フレアボム!」
先手必勝とばかりに火力の高いフレアボムをリビングアーマーに撃ち放つ。直径1メートルはあろうかという火球が猛然とリビングアーマーへ向かっていった。
フオン
ゆらりと動いたリビングアーマーはその初期動作とは裏腹に瞬時にフレアボムを両断した。
なぬ!?
爆発する前に瞬断された火球はその威力を発揮することなく消滅する。斬られただけで魔法が消えるって一体なにを仕込んでいるんだ?
疑問符の浮かぶ俺を尻目に勢いを止めぬまま振りかぶり向かってくるリビングアーマー。そのまま振り下ろされる長剣。
だがそれは月猫の刀身を使い受け流す。返す刀で鎧の継ぎ目を狙い切り下ろした。
ギイイイイン
リビングアーマーはこちらの狙いを理解し腕を少し動かすことで鎧部分にこちらの刃を当てさせる。たったそれだけで少々擦り傷がついた程度の破損に止めた。中身がA級冒険者っていうのもあながち嘘ではなさそうだ。肉体が無い利点を活かしている。肉体がないのだから中への衝撃はどうでもいい。俺がやろうとしたように継ぎ目から切り落として部分破壊を試みられるほうがよっぽど危険だろう。なんともやりにくい相手かもしれんな、こりゃ。
「どうしたどうした? 俺を成敗するとか言ってなかったか?」
「くっ、母上の力がこれほどとは」
カグラと対峙するデイブはその鉄杖を自在に使いこなし徐々にだが押し出し始めている。
カグラの攻めはノブサダが手本にしたほど洗練され最小限の動きで的確に的を突き抜くことが出来る。一方、デイブのほうはというと荒々しい洗練とは程遠い動きをしている。が、それが鬼人族の凶悪な膂力で振り回されるものだから堪らない。突き出した槍は自らが及ばぬ速度と力技で弾かれ手がビリビリと痺れる。それ故に下手な攻め方が出来ずにいた。
「こないんだったらこっちからいくぜ。この身体は性能が良すぎて加減を間違えるとすぐに相手を壊しちまうからな。その点、同族のお前ならすこしは長持ちするか。精々、楽しませてくれよ」
振り下ろされる鉄杖を避けるべく後方へ飛びのくと先ほどまでカグラがいた場所の床石は抉れ石片が辺りに飛び散る。その有様から真正面にて受け止めるのは愚作と判断し鉄杖を受け流しつつ隙あらば突き通す方針へとシフトする。
幾度か槍と杖が交差しはじける音が広間に響き渡る。
カグラは肩で息をするほど消耗していた。当たれば致命的と普段とは違い避けと受け流しに集中し神経をすり減らす。
片やデイブはまったく攻撃が当たっていないことへの苛立ちが隠せないようだ。攻撃を外すことは大分体力を消耗する。ましてやデイブはカグラの母親であるスセリの身体を操るようになってからというもの大して苦戦することなく相手を粉砕してきた。故にこのような消耗戦での対応がうまくできないでいるのだ。
身体能力やスキルだけで見るならカグラの勝ち目は万に一つもない戦いであったろうが彼女は一挙一動を観察し攻撃の全てを凌いでいた。
ガンッ
幾度目かの攻撃の空振り。床はかなりの範囲で穴ぼこにされ抉られている。
避ける際に一旦距離をとったカグラは息を落ち着かせながらデイブを見つめていた。一方デイブは苛立ちを隠そうともせず憎憎しく双眸をカグラへと向けている。
「ちょこまかちょこまかといい加減鬱陶しくなってきたな。逃げ回るだけか、ああ」
挑発も軽く受け流し思案顔のカグラ。徐に腰につけたポシェットから石造りの小型試験管のようなものを取り出した。手早く蓋を開け一気に飲み干すと再び槍を構える。
「ふうう、大体のところは見極めさせて貰ったのじゃ。母上の身体、やはりお主なんぞには勿体無いのう。たとえその体を滅してでもここで終わりにするぞえ」
そう言い切ったカグラから濃密な魔力が溢れ出す。
人の姿を取っていたカグラの双眸が紅く染まり八重歯が牙と化す。何よりの変化は秘術により隠していた二本の角がその額に顕現していたことだろう。黒曜石の如く漆黒な角はカグラの美しさを損なうことなく荘厳かつ恐ろしげな雰囲気を纏わせる。
「はっ、今更子鬼の姿に戻ってどうだっていうんだか。もういい、これ以上はつまらんだけだ。さっさと逝くがいいさ!」
そう言ってデイブの体から黒い霧のようなものが溢れ出す。
あれは!? 族長から話に聞いたことがある。本来、鬼人族にはそれほどの魔力が使えない。生来の魔力は筋力や耐性などに変換されてしまうからだ。だが、稀にそれを上回る魔力持ちが現れることがある。そう言ったもののなかで魔力を暴走させ狂い意図せぬ力として顕現させることがある。それがあの黒い霧、『瘴気』と呼ばれていた。それをデイブが制御しているのかすらわからないがカグラは直感的にあれは危険なものだと判断する。
「これでお前の槍は効きもしない。ヒヒヒ、さぁ死んじまえよ」
そう言いながら繰り出す鉄杖は先ほどまでよりも重く速い。なんとか避けた鉄杖は壁へと当たればそこにはぽっかりと穴が開いている。土煙が外から入る風で舞い上がり辺りを包み込む。
カグラはただただ耐え凌いでいた。だがその紅い瞳に諦めの色など浮かんでいない。
瘴気はただ物理的な攻撃だけでは貫くことができない。が、カグラには魔法が使えず対抗する術はひとつだけしかなかった。そしてそれを放つ一瞬を見極めている。
「どうしたどうしたぁ、ただ縮こ……」
その瞬間を見逃さずカグラが動く。瘴気の防御膜に自信のあるデイブが無防備な体を晒し得意げに口上をする時を待っていたのだ。
「武技『灯誅火槍』!!」
ズドンと大きな音を立てて一気に踏み込む。その勢いは床にカグラの足型にへこんでいることからも窺い知れるだろう。
カグラの突き出す槍の穂先に真紅の炎が灯り揺らめく。陽炎が一閃を描き穂先はドシュンとデイブの心臓へと吸い込まれるように突き刺さる。防御するはずだった瘴気の膜は真紅の炎に瞬断され防御の役目を果たすことは無かった。
きっとデイブは強者との戦いを十中八九していないだろうと確信していた。弱者をいたぶり観察する性格と防御膜を過信し無防備に話し出すところなど自分より弱いもののみを相手にしてきたのだと思っている。それゆえ一撃で屠る機会を窺っていたのだ。なにせ万全の状態でもカグラが放てるのは一撃だけのこの技。今はノブサダから貰った濃魔力水でドーピングしているからこそ放てたのである。
「……あぁあ?」
デイブは突き刺された状況に理解が追いつかず呆けたように自身の胸の辺りを見つめる。胸からカグラへと視線を移しなんでだと言わんばかりに疑問符を浮かべた表情をしている。そしてそのまま一言も吐き出すことなく力が抜け鉄杖がガラリと床へ落ちた。物言わぬ屍となった……いや、戻ったというべき母親の亡骸から槍を抜き横たえる。
「やっと母上の亡骸を黄泉路へとおくってやれるのじゃ。母上、これで安らかに眠ってほしい」
そう呟いた直後、体中から力が抜けるのを感じた。いかん、魔力を使いすぎてまた呪いが発動しおったか。
段々と体が縮んでいくのを感じる。
ギィヒイィィィィィン
不意に甲高い音が響き渡った。相対する主殿と大柄の甲冑が切り結んだ音かのう。どうやら主殿とあの動く甲冑の決着がついたようじゃ。




