第61話 フツノ救出戦 その弐
この間と同じような状況。だが、此度のノブサダさんは一味違うのだよ。
「ストーンウォール!! ミタマ、カグラさん、俺の背から出るんじゃないぞ」
石の壁で矢を防ぎつつ弓を構えた連中や階段部分へ目掛けて魔法を配置する。
今回は発動速度重視。試していて地味だったが対人戦なら使い勝手は良いこの魔法だ。
「バブルボム!」
思いっきり魔力をこめ発動するバブルボム。発動と同時に二階付近や階段のいたるところへソフトボールほどの大きさの泡が大量に発生する。弓を構えていた連中もこれには面食らったのか構えを解き対処におわれている。
「なんだこりゃ? こんな泡如きでどうにかできると思ってんのか?」
階段を降りてくる男の一人が馬鹿にしたようにソレを見て言った。まとわり付いてくるその泡は体中を覆い始める。嫌気が差した男は手にした片手剣でソレを斬り払おうとした。
だが、片手剣が泡へと触れた瞬間、パーンと大きな炸裂音と共に弾ける。片手剣諸共に。細かく砕け散った刀身は破裂した衝撃で男の身体へと突き刺った。
「うがぁ……あぁぁ」
体中から血を流し幽鬼のようにふらふらする男。
後に続く者たちはその姿を見て斬り払おうとしていた手を止める。
が、それでは終わらなかった。連鎖するようにパーンッパーンと次々泡は弾け飛んでいく。
「ぎゃあああぁぁぁあぁ、痛い痛いイタヒィ」
「あああ、手が、俺の手がぁぁぁ」
「ぉあぉぉぉうあ」
泡がまとわり付いていた箇所は抉れ肉が血が骨までが弾け飛び散った。
ある者は顔に、ある者は手に、ある者は足に。武器で払おうにもその武器が弾けて使い物にならなくなる。
盾を持つものはそれで防ごうと必死になっていたが背後から飛来する泡に背中の肉が吹き飛ばされていた。しかも弾け飛ぶそばから泡はどんどんと増え続けている。
やがて弾ける音がしなくなる頃、男達の中でまともに立っている者はおらずうめき声を上げるか物言わぬ肉塊となり無残な姿を晒していた。
我ながらちょっと引くな、これ。バカボンボンとデイブは……いない!? ちぃ、逃げたか? 外にはタマちゃんを配置してある。外へ逃げたなら合図があるはずだ。まずはフツノさんをなんとかしよう。
「ミタマ、カグラさん。フツノさんを助けよう。檻のあたりまで下がるよ」
コクリと頷く二人。ちょっとだけ青ざめているが気にしちゃだめだ。
フツノさんが囚われている檻には当然のように鍵がかけられている。そういえばあれだけ暴れていたのにフツノさんが少しも反応がないのはおかしい。あれだけ表情豊かだったはずなのに。少し気になるのはこの間見たときよりも腰のくびれがきゅっとひきしまっている……いやそこはいいって。識別先生、再度のフル稼働でございますよ。
名前:フツノ 性別:女 年齢:19 種族:金狐族
クラス:巫女 Lv18 状態:隷属
称号:なし
【スキル】
火魔法Lv3 風魔法Lv4 生活魔法 結界術Lv3 短剣Lv2 杖術Lv3 交渉Lv4
【固有スキル】
金狐封術Lv2 アメトリスの加護
【アメトリスの加護】
生と豊穣の女神であるアメトリスに気に入られ加護を授かりし者の証。生命力と各種状態異常に対する耐性に上昇効果がある。
隷属!? でも首輪も奴隷紋もないぞ!? 他にも突っ込みどころはあるが後だ後。
とりあえず檻から出して後でミタマたちに衣装検めしてもらうしかないか。
鍵穴へと集中しピンポイントに絞って魔法を発動する。
「フレアボム!(ピンポイントバージョン)」
ボウンと爆発する鍵穴付近。爆風と火力により鍵穴はへしゃげ扉はギイコギイコと歪な音を立てて外れかけている。
ミタマが近づこうとしようとしたのを制して俺が先に入ると目配せする。鑑定できるのも伝えてありおかしな所があったら俺が先に対処すると織り込み済みだ。
不安そうな表情を浮かべフツノさんを見つめるミタマ。
そのフツノさんだが檻にもたれかかりへたり込んでいる。目は虚ろで焦点が定まっていないように見える。まるで人形のようでこの間までの笑顔の絶えない彼女と同一人物に思えない。
そっと抱え上げて檻から出そうと近づいたその時だった。緩慢な動作でゆらりと立ち上がるフツノさん。ふらふらと俺に向かってくる。
そしてそのまま手に持った小型のナイフで俺の腹部を突き刺した……。
……っぽく見える。
「はははは、見事にかかってくれたね。あの大規模な魔法には驚いたがそのナイフで刺されたからにはもはや助からないよ。そいつには僕が丹念に作った呪毒が塗られているんだ。刺されたら最後、回復手段なんてないのさ」
入り口付近からバカボンボンが勝ち誇ったかのように笑い転げている。態々別経路から降りてきたのか。傍らにはデイブと見慣れぬ冒険者風の女性が立っていた。恐らくだがあれがクレイさんであろうと思われる。
あそこから見ればうまいことナイフを突きたてたように見えるんだろう。だが残念だったな。刺さらなければどうということはないのだよ。
「で?」
ケロリとバカボンボンを見やる俺。手にはフツノさんが持っていたナイフが握られている。刃の部分を握り締めているけども。師匠が闘気で受け止めたように俺の魔力纏もプロテクションを重ね掛けすることでかなりの強度を持つに至ったのだ。いまのフツノさんくらいの腕前ならガキンとはじける位までにはね。師匠のハードモードの特訓で命の危機を何度も味わっているうちに強化されていったんだ。まだ死にたくないもの!
暴れようとするフツノさんを抱きしめて抑えつつバカボンボンへ侮蔑の視線を向ける。
「流石腐った元お貴族様はやることが違いますなぁ。大した事のない呪毒だかを無駄に作ってなにがしたいんだか。さて、他にはなにもできないのかね? だったらそろそろ命乞いの準備はいいかい? 部屋の隅でガタガタ震える用意はいいか? ま、フツノさんにこんなことさせたんだ、ただじゃ済まさないのはバカなお前さんでも分かるよな??」
殺気と嘲笑を込めてバカボンボンへ脅しかける。
ヒッっと多少しり込みするも上ずった声で言い返してきた。
「ふ、ふん。下賤な君如きがこの僕に声をかけようなんて10年早いんだよ。それにだ、僕に変なことをしようとしてみろ。こうなるからな」
そう言ったバカボンボンは手にしていた短剣で自分の指を突き刺す。なんだ、自傷癖でもあるのか?
だが、突き刺さった短剣へ血が滴ることは無くバカボンボンの指にも傷一つ無い。何がしたかったんだと思っていたらすぐ近くからなにかぽたりぽたりと音がした。ふと下を見ればフツノさんの右手から血が滴っている。なんだこれは? 慌ててヒールをかけてフツノさんの傷を塞ぐ。
「ふふん、これで分かったかい。僕に攻撃すればそれは全て彼女のものとなる。魔道具『支配のコルセット』の効能なんだよ。それはもはや僕ですら外すことはできない。故に君たちが僕を攻撃することなどできないということさ。そして彼女の意識だけはそのままになっているんだ。絶望が深まれば深まるほど支配は進んでいくのさ。こんなに楽しいことはないよねぇ」
ニタァっと気色の悪い笑みを浮かべさも楽しそうに語りだすバカボンボン。
コルセットって……だからくびれがきゅっとなっていたのか。というより付けた本人が外せないってもはや呪われた装備じゃないか。
そしてこのままフツノさんを抱えて手を塞いでいるわけにもいかないようである。
バカボンボンが詠唱を開始すると入り口付近に展示されていた甲冑がガタリと動き出す。
彷徨う甲冑
HP、MP:術者の魔力に依存
暗黒魔法によって霊魂を憑依させられた甲冑。強度や性能は元になった霊魂と甲冑自体の素材、術者の能力に左右される。倒すには完全に破壊するか術者とのリンクを解除しなければいけない。
暗黒魔法のレベルが上がればこんな芸当も可能なのか。
「これが僕の作った最高のしもべだ。借金のかたに流れてきたAランク冒険者の魂を使ってあるんだよ。低ランクの君たちじゃぁ勝ち目なんてないよねぇ。精々僕を馬鹿にした分苦しんでくれよ、あはははは」
やはり危ないやつである。どうしたもんか。それとクレイさんは動かすつもりが無いのか。結構な小心者っぽいから護衛を残さないのは不安らしい。こっちにとっちゃ助かるけどもね。
「やれやれ、随分とキちまってるな。俺から見てもかなりいっちまってる。小僧がどれだけ壊れていくか観察対象として傍にいたがお前らが来たお陰で随分と面白くなってきたもんだ。キヒヒ、お前ら楽に死ねるとは思わないほうがいいぜぇ。さぁて、そっちの子鬼は俺が相手をしようか。あの時と違ってこの身体は使い勝手がいいからな。クヒヒ、どれだけ持つか楽しみだ」
デイブもやる気をみせ呼応するようにカグラさんが対峙している。だったらフツノさんはミタマにまかせてあのデカブツは俺が相手しますかね。
「ミタマ、フツノさんを抑えていてくれ。今、この状態じゃどうにかできやしないからな」
「……ん。お願い、ノブ、負けないで」
「おう、さっさと倒してみんなで帰ろう」
月猫を抜き放ち守の型にて構える。あれから一週間、されど一週間。精神と○の部屋かってくらい濃密な特訓を施された。こんなんで蹴躓くわけにはいかんのだよ。




