第60話 フツノ救出戦 その壱
食事を終えて果実水で一息ついて寛いでいるミタマたちへ今後どうするか作戦会議を持ちかける。
ミタマも詳しい間取りなど分かるはずも無く唯一の目印は出るときに使った穴だという。だったら空間迷彩で潜入任務のほうがいいか。タマちゃんも迷彩使えるし偵察をこなしてくれるだろう。
「今日の日暮れ前には目的地近くへ着くはずだ。明日の日が明ける頃に潜入するのはどうだろう?」
「それは構わぬが妾は悪目立ちするゆえひっそりと行動するには向かないのじゃが」
「ああ、それに関してはこういった魔法があってね……」
二人に俺の手札を明かして潜入の計画を練る。
手順的にはこうだ。
・タマちゃんを派遣し周囲の探索。
・空間迷彩で覆いできれば窓などから入り込む(無理そうなら堂々と正面)。
・潜入後は速やかにフツノさんを捜索。
・合流後、バカボンボンへ天誅。
・同時に鬼人族の捕獲、もしくは成敗。
・手を貸した冒険者(?)連中にも惜しみない制裁を加える。
・迷惑料はしっかりと頂きましょう。
かなりアバウトだが内情を知らないからこんなもんだろう。
ミタマの話どおりなら
・バカボンボン+鬼人族+冒険者(?)×9+クレイさん
で少なくとも12人は相手にしないといけないことになる。まぁ、今回は確実に犯罪者ですから容赦なんて微塵もないんだけれどもね。
「それじゃ残りを一気に進もうか。二人とも準備はいい?」
「「はい」」
高機動輸送魔法一式を発動して荷台車を押し進んでいく。ちなみに『空気推進』で噴出される空気は荷台車の車高が高いのでうまいこと真下を通り抜けてくれている。改造車のような車高の低さじゃこうはいかなかったぜ。しかし、何時間か飛ばしていればこの間抜けな格好にも慣れて来た。麻痺してきたとも言う。そうすると辺りを見回したり耳を澄ませてみたりと随分余裕が出来るようになった。そんな折、後ろの荷台車から漏れ聞こえる二人の会話が気になりだす。
「……それでカグラはノブのことどう思っているの?」
「やけにそこに拘るのぉ。妾は好ましいと思っておるよ。寧ろミタマはどうなのじゃ?」
「……好き、なんだと思う、多分。自分の気持ちの整理がついていないけど……」
あかん、これは男が聞いたらあかんやつや。なんで今そげなことを話しておるとですか。ミタマさんリラックスしすぎです。ええい、集中集中。俺この天誅が終わったら……いや、フラグは立てまい。全ては終わってからだ。
その後、予定を遥かに巻いて目的地まで到着した。早く着きすぎて困ったくらいだ。
近すぎてバレるのは拙いので荷台車は以前訪れたことのある月猫があった洞窟へと保管する。無論、出入り口はストーンウォールで塞いでおいた。
このまま近場の森まで近づき夜を明かすつもりだ。あちら方の斥候がいないとも限らないので空間迷彩はかけておくのを忘れない。この魔法、使用した際に意識的に巻き込んだ皆をドーム状に囲んで見えなくするらしい。当然だがドームの中心は俺となる。見えないボウルを被せて移動していると思ってもらえればいいだろうか。
そして明け方、俺たちは屋敷へと潜入する為に坂道を進んでいる。先ほどからミタマ達がちょこちょこ止まりつつ屈んでなにかブツブツ言っている俺にちょっと怪訝な顔を向けているが気にしない。もしもに備えてちょっとした仕込みは忘れないのだ。
門の見張りは2人。徹夜なのか酷く眠そうな顔をしている。ま、この際だからゆっくり眠ってくれ。
「汝、眠りの中に囚われん。果て無き夢へと沈み込め。悪夢襲来」
二人は直立不動だがその実しっかりと寝こけている。きっと夢見は悪いけどな。スリープミストを改変した嫌がらせ魔法である。せいぜいマッシヴなおっさん達に○○○される夢でも見ててくれ。
ギィっと身体が通れるほど門をこじ開け順々にもぐりこんで行く。見張りがこれだけなのかと拍子抜けするが警戒は緩めない。念には念を入れて防御魔法一式は全員にかけてきてあるのでいざとなっても多少は無理がきくとは思うんだ。ここへ突入する前にタマちゃん斥候隊長が見てきた限りではすでにフツノさんは例の部屋にはいないらしい。手ごろな人をとっ捕まえて聞き出すのが一番か。
というわけで手近な使用人のお一人様を部屋の中へ引っ張り込みました。もう、どっちが悪役か分からないが仕方の無いことだと割り切ろう。
「えーと申し訳ないんだが大人しく情報を教えてくれれば手荒なことはしないと誓うので教えてくれませんかね?」
ちょっとふくよかな年上の使用人に出来るだけ温厚そうに話しかけてみる。めっさ怯えられているが……。
「ごめんなさい、ごめんなさい。無理なんです。助けて」
俺そんなに酷い顔をしているのだろうかとちょっと傷つく。だが、そんな俺の袖をくいくいと引っ張る人がいた。ミタマである。
「……ノブ。この人は喋りたくてもきっと無理。首筋を見て奴隷紋が出てる。主人に不利なことはきっと喋れないよ」
ふむ、そうなのか。そう言えば奴隷紋見たのって初めてだな。奴隷商人のレベル上げれば解除できたりするんだろうか? 今度レベル上げしないといけないな。しかしどうするか。
それじゃあと羊皮紙を取り出し質問を書き出す。喋れないなら指差しはどうか、どこまでが主人に不利になることかも分からないので数多く書き出してみる。
結果、バカボンボンに関することは全滅。しかし、フツノさんの所在についてはそれらしい情報を得ることが出来た。『一階』『奥の広間』『狐の獣人を見たことがある』での指差し確認に成功したのだ。お礼を言いつつも騒がないようにスリープミストでお休み頂く。すまんね、事が済んだら解放するからさ。
通路の突き当たりに奥の広間があった。みんなに目配せしてそっと扉を開け入り込む。
そして広間の奥にはフツノさんが檻に囚われていた。問題はその格好。なんでウェディングドレス着せられてるのよ。
「……姉さん!」
ダッっとフツノさんへと駆け出すミタマ。ちょっとお待ちになってよミタマさん!
慌てて声をかけようとしたその時、駆け寄るミタマの足へサクっと矢が突き刺さ……ろうとしたところストーンスキンによって弾かれた。あぶなっ、ここからじゃ見えないがどこから飛んできた!?
俺も慌ててミタマに駆け寄る。一発は防げたけど次は分からない。
次いで放たれたであろう複数の矢からミタマを抱えるように守るとパキンと俺のストーンスキンの効果が消え去る。
近づいてみて分かった。この部屋吹き抜けで二階から丸見えなんだ。両脇の階段なんて見逃していたものさ。後ろを振り返り上を見ればニヤニヤしたクズっぽい優男がこちらを見下ろしている。おまわりさん、こいつです。
バカボンボンの周りには鬼人族の女性を筆頭に男たちが10人ほど控えている。そのうち弓を構えているのが4人か。
どうやらバレバレか。使用人の感覚とリンクとかしてたのかね。
「ふふふ、デイブ、君の言った通りになったねぇ。まさかここまで上手くいくとは思わなかったよ」
「くくく、だろう? あの子鬼は甘ちゃんだからな。こんなエサをぶら下げりゃ着いてくると思っていたぜ」
二人がさも予定通りと言わんばかりな会話をしている。
しかし、鬼人族の女性は見かけからは想像できない下卑た話し方をしているな。後を追ってきたカグラさんがその顔を見て歯軋りをしている。
「母上!? 何故にこのような無体に力を貸しているのじゃ!!」
どうやら俺の予想はある程度は合ってたようだ。しかし解せぬ。カグラさんの母親がこんなことをするのか? それに死んだはずだというし。
識別先生、あの二人をフル稼働で解析お願いしますよ。
名前:ブレイブ 性別:男 年齢:23 種族:普人族
クラス:呪術師Lv28 状態:健康
称号:なし
【スキル】
暗黒魔法Lv6 礼儀作法Lv2 生活魔法
名前:スセリ 性別:女 種族:鬼人族
クラス:鬼姫 状態:死亡
称号:【鬼姫】
【スキル】
棒術Lv6 身体強化Lv4 剛体Lv3 家事Lv3 耐呪Lv7
なんと!? 識別先生もっと隅から隅までですよ。ハリーハリー!
眼が熱を持ちそうなほどフル稼働する中、ぴこーんと反応するものがあった。胸の辺り、厳密に言えば心臓のあるあたりの奥に異質の存在を感知できる。
名前:デイブ 性別:男 年齢:47 種族:悪霊族
クラス:極道Lv33 状態:寄生中
称号:なし
【スキル】
なし
【固有スキル】
死屍全寄
【悪霊族】
悪魔族の亜種で死体を乗っ取り意のままに操ることから忌み嫌われる種族。ガス状の生命体で死体の中へ寄生する形で操る。本体が使えるスキルは固有スキルのみだが操る死体の保有するスキルを使うことが出来る。魔法以外の攻撃は無効化される。特に火属性と光属性に弱い。
【極道】
外道を極めたものが就く事のできるクラス。威圧系の能力に優れる。また他人の威を借るのも得意である。
……まさにド外道! もはやモンスターと言ってもいいくらいですわい。固有スキルは性能が読めないけれど字面と状況を考えれば内容は一目瞭然だろう。
「カグラさん、あれはあなたのお袋さんじゃない。厳密に言えばお袋さんの死体が操られているんだ」
「ほう、そこの小僧。よく分かったな。単なるおまけだと思っていたが面白いな。生かして奴隷として使ってやろうか」
ニタニタとこちらを眺めるデイブ。死体を操るのだから奴隷商人をお袋さんが殺したように見えてもその中身が生きていた。そのまま、お袋さんの死体に取り付き不要になった身体は処分したんだろう。本当に厄介かつ死者を冒涜する能力だよ。
「ふふん、貴族の子息たる僕に歯向かう事がどういうことか分かっているのかい? 大人しく捕まるなら命だけは助けてあげようじゃないか」
バカボンボンがさも得意げにこちらへ提案してくる。誰がそんなの受諾するかね。こっちはジャミトーの情報で色々と知っているんだ。
こいつは貴族の息子って言っているが今現在勘当されている。村一つ焼き尽くしたのだから流石に無罪放免とはいかなかったのだろう。だが、親も親でこんな息子を無下に放逐することもできずジャミトーを介してここグラマダに流れてきたのだという。ジャミトーの後ろ盾と親からの資金提供でこのバカはグラマダでヤクザの真似事をしているらしい。闇金まがいの金貸しや違法に集めた奴隷を影で斡旋するなど非合法なことに関する才能はあったようで今ではそれなりに顔の効く存在になっているとか。まぁ、ここで潰すけれどもさ。
「ぷっ、勘当されたバカ息子がなに言ってるんだか」
挑発するようにおどけてみせればそれは面白いほどはまった様子で先ほどまで余裕綽々だった顔が真っ赤に茹で上がっていた。沸点低いぞ、元貴族。
「貴様っ!! どこでその話をっ! お前達、痛めつけて捕らえろっ」
「「「「「ハッ」」」」」
両脇の階段から一斉に降りてくる男達。同時に矢がバラバラと俺たちのほうに射掛けられる。




