第57話 嵌められたキツネコ
その日、私たち姉妹はグラマダに来てから知り合った友人の冒険者と会っていた。クレイという普人族の冒険者である彼女は姉さんと馬が合い朝まで飲み交わす仲だ。冒険者になりたての頃に知り合い私も年上の彼女には色々なことを教わった。
今回彼女から持ちかけられた依頼が南方にあるペズン村への輸送任務である。貴重で高価な品物を運ぶらしく信用の置ける手練れを探していたらしい。報酬も輸送だけにしては破格で友人である彼女に頼まれたこともあり受けることとなった。
グラマダで準備の段階から荷物の警護となると言う。警護の人数は私たち3人を含めて12人。ペズン村まで普通に行けば2日ほどなのにこの物々しさ。どれほど価値がある物を運ぶんだろうとちょっとだけ不安になる。
リーダーらしい男とクレイが話し合った結果、私たち3人は右側面の警戒を受け持つことになった。クレイが前衛なので私が中衛、姉さんが後衛と3人にしてバランスがとれて丁度いいんだ。少しだけ気になるのは私たち以外の護衛は随分とガラの悪い男達だということ。案の定、姉さんはちょっと引き気味だ。普段は私が男につれない態度をとることで出来るだけ距離をとるようにしていたけれども今回はそうもいかないかもしれない。夜は交代で警戒しないといけないだろう。主に貞操面で。
そう考えるとノブとの旅は気楽だったなぁ。彼が命の恩人っていうのもあったけれど姉さんですら最初から馴染んでいた。出会って早々ノブの股間披露っていうハプニングがあったからかもしれない。お父さん以外の男の人のを初めて見たけれどもちょっと可愛い? 成り行きでそのまま一緒にグラマダへいくことになったけれど道中作ってくれた料理も美味しかった。この間の宴会の料理も美味しかったしノブとパーティ組んだらいつもあんなの食べられるのかな? ほんのりエッチな視線もあったけれどもそんな不快なものでもなかったからノブなら組んでも問題なさそうだよね。
おっといけない。考え事をしていたら警戒が疎かになってる。この3人だと私が警戒の要になるから気をつけなくちゃ。
幸いにして魔物や賊の襲撃も無くペズン村へと到着した。
今晩はここで一泊してここから少し離れた場所にある別荘へと運ぶらしい。大きな荷は馬車ごと宿の脇に併設された建物へと格納しておく。荷の中で最も重要だと言われる50cm四方の箱に納められたものはなぜか私たちの部屋で厳重に保管することになってしまった。クレイが雇い主から直接仰せつかったみたいだ。宿だけれども交代で寝ずの番をするはめになりちょっとだけ不満気味だ。でも仕事だから仕方ないと割り切り張り込む。
翌朝、クレイに起こされ慌てて準備をする。箱の方もちゃんとあるね。ふう、あんまりこういったことはしたことないから緊張するよ。でも、姉さんにそういったらいつも通りすやすや寝ていたと笑われてしまった。思わず赤面してしまう。
荷を馬車へと戻し封を開けていないことをリーダー格の男に確認してもらう。
問題ないということで一路目的地である別荘へと進み始めた。
別荘はペズン村から北東の小高い丘の上にありここからでもよく見える。あんな大きなお屋敷に住むのはどんな人なんだろう。まぁ、私には関係ないからいいか。それよりも届ければ私たちの仕事は終わりだ。私たち3人はそのまま現地解散ということらしい。早く帰って美味しいものを食べたいな。干し肉や黒パンはしばらく御免である。そうだ、ノブになにか作って貰っちゃおうかな。そう思いついたら口説き落とすのが楽しみだよ。
緩やかな上り坂を登りお屋敷前に着いた。リーダーの男が門の守衛へと確認を取る。
屋敷へ確認に行っていた守衛が戻ると門が内側に開かれ玄関口まで馬車は進む。
玄関には屋敷の主人と思われるフードを被った人が荷を迎えに出ていた。脇には大柄の女性が控えている。その頭には大きな角がありその威圧感を露わにさせていた。初めて鬼人族を見たけれどちょっと怖いな。
「よく来てくれた。荷が無事に届いたことを嬉しく思う」
フードを被った人は若い男みたいな声だ。でもなんでだろう。すごく嫌な感じがする。どこかであったことあったかな?
そう思った瞬間、後ろに控えていた姉さんが一緒に護衛として参加していた男に押し倒され押さえ込まれていた。一瞬の内に気絶までさせられたらしい。慌てて応戦しようと私が後ろを振り向いたとき横にいたクレイが私を押さえつける。一体何故!?
訳も分からない状況でフードの男が私たちに近づいてくる。そしてゆっくりとフードをとったその顔には見覚えがあった。私たちが村を出る羽目になった原因。あの貴族の息子がそこにいた。
「大事な荷である君達を届けてもらえて嬉しいよ。くくく、ようやく会えた。やっと僕のものにできる。はははははは、はーっはっははっは」
歪んだ顔で高らかに笑う男。横に立つ鬼人族の女は生気のない顔で付き従っている。
それにしてもなんでクレイまでこんなことを……。
「ごめん、ごめんね、ミタマ……」
私を押さえつける彼女は弱々しく呟きながら涙を流している。
よく見れば彼女の襟元が肌蹴てなにかの印が見えた。あれは……奴隷紋!? 確かにキリシュナ姐さんのところで見ていたものに似ている。恐らくこの男になにかされたのだろう。重ね重ね嫌な男だ。
そしてなにかしらにガツンと殴られ私の意識はそこで途絶える。
◇◇◇
気付いたらうちらは屋敷の一室に囚われていた。足には枷が嵌められとって身動きがとれへん。うちの力ではよう動かせへん重さの鉄球や。
ミタマも同様のようや。あかん、なんでここにあのアホがおんねん。ミタマを起こして状況を確認せな。
ぺちぺちと頬を叩くとむすっとした顔で目覚めた。
「ミタマ、何か変わったことはあるん? 少しか状況は覚えてる?」
はっとして体を確認している。どうやら枷以外は変わりないようや。
「……クレイが奴隷にされてた。首筋に奴隷紋があったから」
「なんやて!? 全部あのアホの仕込みかいな。せやったらこのまま何もせんでおったらうちらも奴隷にされかねんっちゅう事やね」
この枷があるせいで逃げようにも逃げれへんしどうする?
そう思っていたら部屋の外から声がした。バタンと乱暴に扉が開けられるとクレイと鬼人族の大女を引き連れたあのアホが入ってきよった。嫌やな、顔も見たくないっちゅうねん。
「気分はどうかな僕の花嫁さんたち?」
満面の笑みでうちらを舐めるように見つめてくるアホ。気持ち悪いったらないわぁ。
「最悪や。それに誰が花嫁や。冗談も大概にしとって!」
うちが毒づくも一切気にしてないかのように受け流す。むぐぐ、いけ好かないわぁ。
「くくく、反抗的なその眼がイイね。だがもう数日でそれも出来なくなる。あれが届けば僕のなすがままになるさ。それまで楽しみに待っているといい。あはははは」
勝ち誇ったような笑みを浮かべにやつくアホ。ほんまむかつく。
「そうそう、君たちの世話役にお友達を置いていくよ。ふふふ、精々仲良くしておくれよ」
そういい残して部屋をでていくアホ。ほんまにむかつくわぁ! 爆ぜて禿げてもげろと念じておく。狐の呪い舐めたらあかんよ!?
そうして残ったのはうちら3人。まずはクレイからどうしてこうなったか確認せなあかんね。
「クレイ、なんでこんなことになったん? なんであんたが奴隷になんてなってるんよ」
その言葉にびくっとするクレイ。どうやら知られているとは思ってなかったみたいや。
「ごめんね。私だってこんなことしたくなかった。でも奴隷の身じゃあの人に逆らうことができなかったんだ……」
その言葉を皮切りにクレイはぽつぽつと語り始めた。




