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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第四章 狐猫騒乱
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閑話その4 ジルーイの北酒場

新章開始! と思いきや閑話からだ!!

 カランカラーン


 小気味のいい音を立てながらドアが閉まる。


 一日の業務を終えてやっと自由な時間が来た。折角だしたまには静かな酒場で盃を傾けるのもいいだろうと同僚から聞いたこの酒場へと足を運んでみたんだ。

 あ、俺はカイル。西門配属の中堅になりそうでならないしがない衛兵だ。

 夕刻の鐘がなりやっと仕事も終わりだと思ったら総隊長に捕まって居残り特訓ときたもんだ。

 まったく、総隊長と来たら週1回は居残りさせるよな。俺の体が悲鳴を上げているぜ。どうせ特訓するのならエレノアさんだったらそれはもう頑張っちゃうんだがね。そのあとは食事にでも誘って……むふふふ。

 おっといけない今日は静かに飲むんだっての。


 薄暗い店内だが落ち着いた雰囲気でありゆっくり飲むには最適だと思った。流石にまだ時間も夕刻、客は閑散としておりカウンターには一人しかいない。

 お、だったら俺もカウンターでいいか。マスターの話に耳を傾けながら一杯ってのも大人の飲み方だろう。


「いらっしゃいませ。何になさいますか?」


 ヒゲをたくわえ深緑の服に統一されたマスターは席に着いた俺に絶妙のタイミングで尋ねる。どこかでみたことあるけれども思い出せない。まぁ、いいか。

 メニューを見れば結構な種類の酒がある。なかには聞いたことも無い銘柄もあるな。1UP大関ってなんだこれ? なんで緑色のキノコが描かれているんだろう、謎だ。

 メニューの中に『冷』とマークの入ったものがいくつか見付かる。これはなにかと訊ねれば今日は知り合いからいい氷が手に入りましたので十分に冷えたものがお出しできますとのこと。汗ばむ体にそいつは嬉しいと冷えたエールを一杯頼んだ。


 それから少ししてトンと置かれた石造りのカップにキンキンに冷えたエールが注ぎ込まれた。

 盃に口付け飲み込めば火照った体を冷却していく。思わず一気に飲み干してしまった。いや、ただ冷やしただけだっていうのにまるっきり今まで飲んでいたものと別物に感じるな。そもそも、夏に差し掛かったこの時期にどこから氷を調達したんだろうと謎が残るが気にしたら負けだろう。少なくともこの恩恵に授かることができるんだから俺は運がいい。同じものをもう一杯頼んだあと店内を見渡してみる。


 照明器具は少なく薄暗い感じだが決して不愉快ではない、むしろ落ち着いた感じがしてゆっくりと酒を飲むには最適かもしれない。ちらほら見える客も皆ゆったりと酒を味わっている。

 俺の隣にいる客も……あれ? どっかで見たことあるぞ?


「ノブサダ……か?」


 くたびれたボロ雑巾のような雰囲気を醸し出していた客は以前会った事のある冒険者成り立てのノブサダだった。見たときは一瞬誰か分からなかったぞ。なんというか悲壮感すら漂っている。


「あれ、カイルさんですか……しばらくぶりです。どうしたんですか?」


「いや、寧ろお前がどうした? なんか退職間際の窓際隊員みたいな辛気臭い面しているけれどもどうしたよ?」


「そんな顔してます? いや、参ったなぁ。ここ数日師匠たちのシゴキが厳しくて……」


 話を聞けばこの間冒険者相手に不覚をとったらしくそれを聞いた総隊長が激しい特訓を課しているらしい。エレノアさんも一緒にヒートアップしており数時間の訓練時間は阿鼻叫喚だとか。


「でも、いいじゃねえか。エレノアさんが付きっ切りで相手してくれるんだろう? 贅沢言っちゃだめだと思うぜ?」


 そう言った後、言わなきゃ良かったと俺は後悔した。

 カタカタとカウンターが揺れ地震かと思っていたら揺れは震えるノブサダからだった。虚空を見つめて青ざめている。なにかしらを思い出しているのだろうか?


「だめだめもうだめです。エレノアさん、もう俺の顔血だらけですよ。薄皮一枚ずつ拳で切り裂かないで。ひいい、首筋もやめてください。痛い痛い痛痒い、拳閃だけでもう見えない速度になっています。え、見るんじゃない感じてくださいって? 無理無理無理ですって。右の頬を切り裂かれたら左の頬を差し出せ? いやいやいや、へーるぷみーーーーーー」


「お、落ち着け。俺が悪かった。聞いちゃいけないことだったんだな」


 ガタガタと震えながら涙目で錯乱するノブサダ。エレノアさんに対する印象が若干変わってしまった。一体あの人はこいつにどんな訓練を行ったのだろうか?

 こ、ここは話題を変えるべきか?


「でも、ほら。一緒に長いこと訓練してたりすればさ。エレノアさんの手料理なんか振舞われたりするんだろう? だったら男なら喜んじゃったりするんじゃねえ??」


 ガタガタ震えていた体がピタッ!っと止まりなんともいえぬ表情を浮かべるノブサダ。それは恐怖を通り越した無表情と言えばいいのだろうか。まるで悟りの境地に入ったかのようだった。





 ◆◆◆




 あれは戦慄の体験だった。

 エレノアさんから料理を教えて欲しいと頼まれたのはつい一昨日。

 どういった心境の変化があったのだろうか? セフィさんの屋敷で暮らし始めてからいやに積極的なエレノアさんがいる。

 だが、今まで訓練に付き合ってもらった恩返しもある。ニッコリ笑いながら教えるのに快諾した。

 エレノアさんの話では以前から練習はしているのだがどうしてもうまくいかず困っていたという。

 ならば始めは小難しいメニューではなく簡単なものでいこうとサンドイッチを選択した。素材を切って挟むだけ。ただそれだけなのだから失敗することはほぼないだろうと。


 俺の後に続いてハムを切りチーズを切りパンへと挟む。

 炒り卵を作る手つきも別段問題なくむしろ器用なほうだと思った。なんでこれでうまくいかないのだろうか?

 そんな疑問をよそに俺が持ってきたエビカツを千切りしたキャベツと一緒に挟み半分にカットする。


 そうして出来上がったのがこれ。


 エレノアのサンドイッチプレート

 品質:??? 封入魔力:???

 エレノアが真心込めて作り上げたサンドイッチの盛り合わせ。

 女神の加護により影響が及ぼされた逸品。


 てってれ~♪ 識別の魔眼のレベルが上がりました。


 ん? 識別先生がレベルアップしたのはいいんだが……。


 なんか付いているぞ??? 品質も見えないだと???


 クエスチョンマークが頭の中を飛び交う中、エレノアさんがまじまじとこちらを見つめてくる。試食しろってことなんだね。

 ちょっとした不安を感じつつハムチーズのサンドを摘みあげ頬張った。


 …………


 ドーーーーーーーーーーン!!


 というような衝撃が俺の味覚を刺激する。そしてあとを追うように舌へ一気に色々なものが押し寄せてきた。甘い苦い辛い酸っぱいしょっぱい臭い痛いだるいつらい!!!!!!!


 な、なんでだ!? あの材料と手順でどうしてこうなる。


 てってれ~♪ 耐性:毒が解放されました。


 ナ、ナンダッテーーーー!? 一体何事だ?

 エレノアさんは不安げにこっちを見つめている。だめだ、これは残りも平らげなければ泣きそうだぞ。

 意を決した俺は次々とサンドイッチを食べ進める。味? もはや味覚が麻痺してなにがなにやら分かりませんよ。


 てってれ~♪ 耐性:麻痺が解放されました。

 てってれ~♪ 耐性:混乱が解放されました。

 てってれ~♪ 耐性:即死が解放されま……。


 そして全てを食べ終えた俺はエレノアさんににっこりと微笑み……そのままパタリと昏倒した。


 その後は丁度良く帰宅した師匠がテーブルに突っ伏してひくひくと痙攣する俺をかかり付けの神殿へと運び治療を施してもらったらしい。以前に師匠も同じ経験をしたらしく迅速な対応をしていただいた。回復したあとに心底申し訳なさそうな顔でスマンと謝る師匠に苦笑いするしかなかった俺である。


 お見舞いに来たエレノアさんを再度鑑定させていただくと識別先生の研鑽により以前は見えなかったものが見えていた。


【ハディンの加護】

 死と運命の女神であるハディンに気に入られ加護を授かりし者の証。身体能力や耐性に大幅な上昇効果がある。ただし、作る料理に状態異常が付与されてしまう副作用が常時発動する。愛情が深いほど状態異常が酷くなるという。一説にはハディンが極度の料理下手なためではないかといわれている。


 駄女神がここにもおりますのだぜ。


 涙ながらに謝罪するエレノアさんにこれこれこういう訳だと説明をしてあげる。そんな加護が私に?と驚いていたがその効果を聞くと目に見えて落ち込んでしまった。

 あれ? でもこれだけ状態異常が付与されているってことは結構好かれていると自惚れてもいいんだろうか?


「エレノアさんのせいじゃないから気にしないでください。手料理なら俺が作りますから。エレノアさんが望むなら何度でも、ね?」


 それでなんとか機嫌を直していただいた。捉えようによっては結構恥ずかしいことをいったと思ったのは後の祭りである。

 だから師匠はニヤニヤニタニタしないでください!




 そんな事を思い出しながら固まっていればカイルが心配そうにこちらを見ている。おっといかんいかん。話しかけられているのにぼーっとしてしまったようだ。

 盃の中をぐーっと一気に飲み干し沈黙を破る。


「おいおい、そんな一気に飲み干して大丈夫なのか? 俺はつぶれた男を運ぶのは御免だぜ」


「あ、100パーセント果汁のミックスジュースなんで問題ないです」


「って酒じゃないのかい!」


 ノリツッコミありがとう。だが、酒場だからと言って酒を飲んでいるとは限らないんだぜ。ミルクもありだ。

 でもまぁ、おやっさんの弟であるジルーイさんとこじゃないとこんなの飲めないけどもな。そもそも下戸の俺が他の酒場に入ろうという気が起きない。今回はおやっさんに頼まれて氷を提供しにきたついでだったわけだが。

 それでもたまにはゆっくり落ち着きたいときもあるんじゃよ。その日はちびりちびりとおかわりしたミックスジュースを飲みつつカイルと他愛の無い会話をしたのだった。


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