閑話その1 セフィと錬金術
本日2話目です。閑話だからちょっと短め。
あのちょっと変わった少年がうちの店を訪ねてきたのはほんの一週間前。まだそれくらいしか経っていないのねぇ。随分前から知り合っていたような気がするわぁ。
薄暗い店内におっかなびっくり入ってきたときは保護欲を刺激する子だなぁって思ってたの。でも、いざ話してみると私の顔や胸元をチラチラと覗いちゃったりしてたのよねぇ。その時のことを彼に話したら顔を真っ赤にして『ば、ばれてましたか?』と汗ばんでたわぁ。くすくす、誰かが言ってたかは忘れちゃったけど男のチラ見は女にとってガン見しているようなものなのよぉ。
そんな彼とはいつの間にやら錬金術師としての師弟みたいな関係になっている。
事の始まりは私が冒険者ギルドに出した依頼。以前に同様の依頼を出したときには随分とお粗末な採取の仕方だし種類はバラバラ、挙句に群生地の薬草を全部抜いてきたと誇らしげに語っていた。さらにはそんな酷い採り方をしてきたくせに報酬は正規の額を請求してきて辟易したものだ。
だから今回は駄目で元々、報酬額は出来高制で提示してみた。ギルドの受付嬢は困ったような顔をしたけれどもこうなった経緯を説明するとむしろギルドから謝罪をするとまで言ってくれ依頼の方もそのまま受け付けてくれた。担当者があの古株の子で良かったわぁ。若い子だったら駄目ですよの一点張りだったかもしれないわねぇ。
そんな依頼を彼は受領してうちの店に品物を持ち込んできた。あの時は思わず目を疑ったわよねぇ。
素人目には非常に判別のつきにくいマジ草やパラ草などしっかり区別して更には根も痛めないように束ごと布で保護する徹底ぶり。そんな作業を全部の束に処理していたもの。持ち込んできたのは結構な量があったのにねぇ。あの時のお馬鹿さんたちにも見習わせたいわぁ。
この時にはもうこの子、ううん、ノブちゃんのことをとても気に入ってたの。依頼も彼個人への指名依頼に変更した。彼も錬金術や魔法に興味があるらしく引き替えにそれらを教えてくれるならと言った。
あらあら、思ったよりも交渉上手よねぇ、時折見た目に反して大人っぽいところがあるから不思議なのよぉ。
それから幾度か薬草を持ち込んでくる度に錬金術の指導を始めたの。そしたら飲み込みの早いこと早いこと。あれよあれよというまに調合の基礎をマスターしてしまったのよねぇ。本人曰く『料理と似てるところがあるのでその辺の分だけ分かりやすかっただけですよ。セフィさんの教え方も理解しやすいですし』だって。お姉さん、形無しだわぁ。
そういえば彼の容姿にしても随分と変わっている。噂に聞くヒノト皇国出身なのかしらぁ。黒髪黒目なんてこの国じゃ珍しいものねぇ。『出身はどこなのぉ?』と聞くと彼は捨て子だったらしくてよく知らないと言葉を濁す。駄目よぉ、女の勘を舐めちゃぁ。ちょっとした仕草からあまり話したくないようなのはバレバレだったわよぉ。まぁ、私も人のことは言えないんだけどもぉ。ラミア族だということを隠して生活しているものねぇ。
誰しも隠しておきたいことがあるのは当然なのだけれどそれがちょっとだけ残念なような寂しいような気がするのはなぜだろうか。
そんな時、彼の口から驚きの質問が飛び出る。
『他の種族ってどんな人がいるんですかね? 獣人族やドワーフ族は見たことあるんですけど他にはよく知らないんですよね。ラミア族や鬼人族とかっていう種族の人がいるのは文献で見たことあるんですけども……』
思わずドキリとしたわぁ。もしかしたら彼は何かしら気付いちゃってるのかしらぁ。
もしばれてしまっているとしたら長く住んだこの街を出て行かなければならないだろう。私は争いごとがあまり好きではない。そのせいで故郷も私が帰る場所ではなくなった。
もう一つの帰る場所だったはずのところは魔王様が亡くなった時点でもはや失われている。
故郷の母や姉妹は魔王様が亡くなった後、おそらくは権力争いに躍起になっているというのは見ないでも分かる。
幼い頃から西の魔王領域にて権力争いのために毒の調合や槍の扱いや魔法による暗殺のための技術を鍛えさせられた。いつしかラミア族の中でも有数の使い手となった私。そんな私に家族達は戦いを強制した。たとえ相手が同族であっても……。
そんな家族に嫌気が差した頃、西の魔王様に出会う。不思議な雰囲気をもったあの人に私は惹かれた。そしていつの間にか心の内をさらけ出してしまっていたのである。今思えば何かしら魔法でも使われていたのかというほどあっさりと。
私もまだまだ若かったわよねぇ。それでもあの人は無理矢理戦闘を強要したりなどしなかったもの。錬金術の本懐である皆を助ける為の薬品作りをさせてもらえた。それまでの生活とは無縁だった穏やかなひと時だったわぁ。
でもそんな生活は長く続かなかった。私の実母たちが私の身柄を差し出せと魔王様へ直談判してきたのである。だが、すでに私にはあの人たちの下へ帰ろうなどとは露ほども思わなかった。
そんな覚悟を感じたからか魔王様はこう切り出した。
『セフィロト、君は優しい子だ。でもこのままこの国にいたらまた巻き込まれてしまうだろう。だから人の国へと身を隠すといい。その為のスキルなら僕が教えてあげよう。それと引き替えでわるいんだけれど二つだけお願いを聞いてくれるかい?』
どうして一介のラミア族にすぎない私にここまでしてくれるのか疑問ではあったけれどその言葉に甘えることにした。
魔王様が転移魔法で送ってくれたのはグラマダ近郊の森の中。小さな小屋の近くだった。
魔王様のお願いどおり小屋の中へ預かった無地の紙とマジックリュックを机の上におき結界石を小屋の周囲に設置していく。これが何を意味するのかは知らないし知ってはいけないことだと思う。だから振り返らずに私はグラマダへ向かった。
それからは冒険者として活動しある程度資金がたまったところでこの店を開業した。
そしていつしか聞こえてきた魔王様の討伐。
あの人へ恩返しの出来ぬままただ指をくわえているしかなかった。それこそがあの人のお願いの一つ。これは変えようの無い未来。だから君は関わることなくいて欲しいと。
あの時は子供の頃に戻ったように泣きじゃくっちゃったわねぇ。でも不思議よね、どうして魔王様は自分が暗殺されることを知っているようだったのかしらぁ。今となっては知る術はないんだけれども。
「セフィさーん。また入り口の鍵閉まってますよー。あ、薬草また採ってきたので加工しちゃいますねー」
裏口のほうからノブちゃんの声がする。そうか、彼を近しく以前から知り合っていた気がする原因、あの人に少しだけだが似ているせいだろう。
彼ならば私の本当の姿を知ってもそのままでいてくれるだろうか?
できることならそんな未来が欲しい。安息の場所が欲しいというのは私のたっての願いである。
ま、そんな事置いておいてもノブちゃんのこと食べちゃいたいくらい気に入ったっていうだけなのよねぇ。
うふふ、お姉さんからは逃げられないのよぉ、ノ・ブ・ちゃん。




