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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第十章 戦嵐怒涛
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第246話 道化師は嘲笑う

 


 公国王城の貴賓のための広間に多くの貴族、そして将校が集められていた。ただ、半数以上が心なし顔色が悪い。中にはげっそりしている者さえいる。


 そんな中、一人優雅に用意されていた食事と飲み物に舌鼓をうつ男がいた。


「ん~、それなりにいいものを出してきたぞな。ディレンのやつもワシ等の力が無いと危険なことを自覚しているようぞなな」


 初めて見る琥珀色の飲み物を口に含めばこれは美味いと思わず喉を鳴らす。


 それにしてもとハヌマーンは思う。こちらへと来る道中、突如として糧食が消え去る事態に狼狽したものだがこの会場にいる他の連中も同じ目にあったのではないかと。自分のほうは道中の村々から摘発したことで難を逃れたが奴等はそれをする気概が無いのかいくらかの金銭を握らせある程度の食料しか確保できなかったのではないかと。飛猿達の話では王都の食料品店は軒並み売れるものがなくなっているらしい。


「まぁ、下々のものがどうなろうと知ったことじゃないんだぞなもし。ゴリアテのやつはうまいことやってる筈ぞな」


 ぼそりと呟いた言葉には毒があった。ここに来る前、すでにゴリアテに命じて財に任せて食料を確保させている。寧ろあるだけせしめて他の連中に高値で売りつけてやろうかとも考えている辺り抜け目の無い狡猾さを感じさせていた。


「オカーン卿。お久しぶりでございます」


 一人物思いに耽っていると不意に声をかけられる。


「おお、ラカン卿ではないですか。久しいですな。体のお加減はいかがです? 体調を崩したと噂が聞こえておりましたので案じておりましたぞ」


 先程まで下種い考えをしていたのはどこへやら。流石に力のある貴族だけに腹芸は得意の模様。この場にノブサダがいたらあの品性下劣な猿はどこへいったと言い出しかねないほどの豹変ぶりである。


「お陰様で大分良くなりました。オカーン卿には見舞いの品までいただき感謝しております。ですが漸く政務に復帰したところで此度のお召しですよ」


「それはそれは。ラカン卿の宙狼隊は音に聞こえた精鋭ですからな。公王様も頼りにされていることでしょう」


「はは、武辺一辺倒でお恥ずかしい限りですがね」



 ジャーンジャーン


 銅鑼のようなものが鳴り響き会場はしんと静まり返る。檀上に現れたのは背の高い眉の無い威厳のある男。


「諸君、よくぞ集まってくれた。これより公王様よりお言葉があるゆえ心して聞くが良い」


 その言葉を合図に身の丈ほどもある王杓を持ち威風堂々と姿を現す公王が姿を現す。前もって情報を入手していた幾人かの貴族にはこの場に公王がいることへの疑問が浮かんでいる。だが目の前の人物はヴェールを被ってはいるものの間違いなく王の威厳を持ち合わせていた。横にアガトーが控えていることもそれをより色濃くしていた。忠誠心の塊のようなあの男が紛い物に膝を屈することなどないだろうと思うものも少なくない。


「聞け諸侯たちよ。余は公王アルティシナ。諸侯たちを集めたのは他でもない。前々より宰相への反感を持っていたアズベル公爵を筆頭に大規模な反乱が起こったからである。余は悲しい。公爵ともあろうものが軽々しく反乱などという軽挙妄動に走ったことがだ」


 発せられる言葉には威厳が漂い抗えぬ圧力がビリビリと体全体へ圧し掛かる。なぜか胸の奥が熱い。集められた全員が同様の状態なのだろう。先程まで貴族同士の社交場だった場所があっという間に熱気に溢れる決起集会のような様相へと変化していた。


「総大将はオカーン卿、貴殿に頼もう。愚かしくも余の治世に逆らいし逆賊アズベルを討ち取ってくるのだ!!」


「はっ! 必ずや彼奴の首級を挙げて見せましょう!」


 後方に待機し期を伺う気満々だったはずなのに今では下知に従いあやつを討たねばならぬという気になっている。ハヌマーンは自らの心境の変化に戸惑うも内側から『これでいい、さぁ進め』と声が聞こえたような気がしてそれに押し進められるように自らの陣へと小走りで駆け出した。


 同様に他の貴族たちも我先にと駆け出しさながら競争のようである。


 その後、自らの陣地へと戻った当主たちはすぐに出陣の合図をした。突然のことに戸惑う部下たちであったが最早引く気も聞く耳も持たない当主と周囲の状況に急ぎ準備を整えるしかなかったのである。






 がらんと誰もいなくなった会場に未だに残るのは公王と宰相、そしてアガトーのみであった。


「ぷっ、あははははははは」


 不意に笑いが込み上げ耐え切れなかった公王が声を出して笑ってしまう。


「おいおい、誰がいるか分かったもんじゃねぇのに顔を崩すなよ」


 ぐにんぐにんといびつに歪んだ公王の顔はいつしか勇者アルスの顔そのものとなっていた。同様に今まで宰相だと認識されていたはずの場所には赤毛の男が立っている。


「だってさサーシェス。飲み物に仕込んだ僕の僅かな切れ端と君のスキルでほんの少し背中を押してやっただけで簡単に嵌ってくれるんだもの。本当、人間って単純だよね」


「俺も一応人間なんだがな。が、それでいいのさ。奴等が血を流し討ち取り討ち取られればそれだけ俺らの大将の封印が弱まる。戦争こそが大将の糧となる」


 そんなサーシェスの話を公王用の椅子の上で足を揺らしながらアルスは聞き流している。


「やれやれ、僕のほうは協力しているだけってことを忘れないでほしいな。いくらうちの親が君の御大の部下だからっていいように使い潰されちゃ堪らないからねー」


 あくまでも軽く、随分と幼い感じを漂わせながら飄々と言い放つアルス。そんな対応にも気分を害した様子もなく気にせず話を進めるサーシェス。


「勿論だ。だからその体を取り込む手助けをしただろう。俺たちの目的は一緒なんだからな。ま、兎に角だ。あの捨て駒共がやられる頃にゃ『あいつら(・・・・)』を使い物になるようにしてくれや」


「ああ、任せて。ちゃあんと育っているよ。ふふ、あはは。それじゃ僕は彼らのところへいくね」


 手を振りながら背を向け部屋を出て行った。そんな後姿をやれやれとボサボサの髪へと手を突っ込み掻きながら見送るサーシェス。小さく溜め息をつくと一人考えを巡らす。


(あいつは器が変わるたびにガキに戻っちまうから面倒だな。今回は立て続けに器が壊されちまったから尚更ひでぇ)


 どかりと先程までアルスが座っていた椅子へと乱暴に腰を下ろした。頬杖を突きながらふうと鼻から息を吐き出す。


(まぁいい。退行してようが呆けようがお仕事をしてくれりゃあな。さてと、あっちはあっちでお勤めを果たしてくれるかねぇ。ま、勝とうが負けようがあっちの軍を巻き込み派手におっ死んでくれりゃ万々歳なんだがね)


 くくくと含み笑いをしながら立ち上がりバルコニーへと顔を出した。そこには砂塵を上げて王都を出立しようとしている貴族たちの軍が見えていた。奴らを扇動し焚きつけてやったが部下たちにとっちゃただの災難だろうなと他人事だけにご愁傷様と軽く鼻で笑う。見送るその表情はただただ人形がどう舞台の上で派手に踊ってくれるかと嘲るようにしか見えない。


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