第237話 なんとも苦い幕切れ
「さーて、随分と色々やってくれてるようじゃないか。そろそろ鬱陶しいんでここで一網打尽にさせてもらおうか」
そういってにんまり微笑みながら魔装衣の出力を上げ頭のほうまでしっかりと覆い隠す。
相手の得物は拳に短剣、片手剣に片手斧か。取り回しのいい武器ばかりだな。全員金属製の武器ってのは都合が良い。タイミングを合わせて電撃を纏えば一網打尽にできるか。さて……と。
「どうした? 来ないのか?」
どこぞの武道家のように掌を上に向けくいっいっと招くように挑発してみた。効果は覿面のようで後ろの連中を含め表情の変わりようまで手に取るように分かる。使い続けて結構たつ空間把握は最早魔力を感じないほど自然に張り巡らされ俺の視界を補っていた。
「やれやれここまで舐められると怒りすら通り越しますね。力を授かった我々を侮った自らの傲慢を呪いながら……死になさい!」
ギアンの隣にいた優男からその言葉が紡がれた矢先にその姿が掻き消えた。瞬間的に半身をずらし背後から迫り来る短剣を回避する。
「なっ!?」
驚くのはいいけどさ。懐ががら空きなんだよ。
「『乙女傷心爆裂弾』」
ドスン!
半身をずらしながら回転力に逆らわずに左の掌底を手加減なしで打ち込んだ。多用していることで錬度の上がった『乙女傷心爆裂弾』は最早流れるように戦闘へ組み入れることが可能になっている。こいつは時空間魔法を使うようだし先んじて落としておくべきだから丁度良かったっちゃあ良かったね。
「怯むな! 一度にかかれば……」
叫ぶ前に動いたほうがいいと思うのよ。あの時なら兎も角、今の俺相手にその隙は致命的となるぞ。
効果範囲、一階店舗内限定。威力指定、体重の三倍程度。発動、詠唱破棄。
「グラビトン!」
ドゲシャッ!
発動された重力魔法は範囲内の全員に満遍なく効果を発揮し耐えることすら許さず床へ這い蹲らさせた。ミシッベキッと床へとめり込みつつある彼らをどうしてやろうか。
「ちく……しょう、人を……超えた力じゃ……なかったのかよ……ぉ……」
歯を食いしばりそれでも足掻き立ち上がろうとするも持ち上げようとした手がべちりと地面に押し付けられる。ギアンだけではなく優男のほうも僅かに動いていた。なにか持って呟いている?
「助けて、助けてください、サーシェス様。こんな、こんな化物我々の手には……ア、ウゴアアア」
「ガッ、アアアアアアアア」
おおう。獣のような咆哮をあげつつギアンと優男が立ち上がる。手に持ってた宝石のようなものは握り締めて砕けていた。怒りに任せ肉体の限界を超えて力を発揮しているかのようだ。その顔面には青筋がはっきりと浮かび上がりこちらを睨みつけている。
「『やれやれ捨て駒とは言えこいつらを追い込む輩が出るとはねぇ。厄介な戦拳か? それとも流星か? まぁ何者でもいいさ。こいつを聞いているってことは罠に嵌ったってことだからなぁ、くはははは』」
ギアンの声ではあるが明らかに別人が喋っているように感じる。首輪に強い魔力反応があることからどうやら予め捨て駒として使うべく用意されていた仕掛けのようだ。なんというか胸糞悪いな。
ゆらぁり
幽鬼のように次々立ち上がる四人。
ピキン
まず変化があったのは大男。首にはめられた首輪からピンが外れゴトリとそれが床に落ちる。数秒動きが無かったのだがブルブルとその巨体を揺らす。突如、ゴボリと口から黄色い粘り気のある液体を吐き出した。それ以外にも身体中からそれが染み出しており全身が黄色に染まっていく。
ヴォオオオオオオ
また一人、また一人と順を追って変化していく男たち。
当然、黙って指をくわえて見ていただけじゃない。こいつらと対峙した時点でこうなる可能性は十分にあったのだ。そして何度となく寄生粘菌と相対してきた俺はまたやり合う機会を想定して対抗する魔法の開発は済んでいる!
――ええい、無頼の狼藉者共よ。神妙にせよ、引っ立て引っ立てぇぃ!!
「『超拘束殺菌光帯』!」
俺の体から溢れ出る魔力が魔糸へと変化し光の帯を編みこむ。そのまま幾重にも重なって粘菌に支配され変化しつつある男たちに絡んでいく。変身途中に襲い掛かるのは美しくないという輩もいそうだが現実は非常なのだ。
この魔法を発動した時点で自動的に俺の称号も変化するようになっている。菌をヤっちまうあの称号に。そいつをダイレクトに伝えるのに魔装衣は非常に効率が良かった。物理的にもね。ぐるんぐるんの簀巻き状態な彼らを見れば一目瞭然だろう。
「「「「「フゴアアアアア」」」」」
光の帯に覆われつつも獣のような咆哮を上げ抵抗する彼ら。だが徐々にその肌に纏わりついていた黄色い寄生粘菌も消滅していきやがて彼らもピクリとも動かなくなる。
……なんですと?
ちょっと待っておかしい。こいつは人体には効果がないはずなんだよ。だから彼らに寄生していた粘菌どもを消し去るべく使ったというのにこいつは一体どういうことだ?
ガタタン
二階からカイルが転がり落ちてきた。というか抜け出せてなかったのかよ!
「ノブサダ! 兄貴は!?」
カイルに絡まっていたのは髪の毛のようだった。どうやら先に気絶させた優男の能力っぽいな。しかし、なんだってこんなにSMチックに縛ってあるんだか。確かに一人で抜け出すのは困難かもしれない。
パチンと指を弾けば風の刃が絡まる髪の毛を切り裂いていく。あとは力任せに引きちぎってカイルを解放した。
「やつならそこに……」
俺が指差した先には最早事切れているギアンの姿があった。外傷はなし。ただただ光の帯にくるまされているだけなのだ。
「兄貴……なんで……なんでこんなことに……」
力なく泣き崩れるカイル。慰めの言葉でもかけてやりたいところだが今この場で確認しないといけないことがある。骸となったギアンの体を空間把握で確認するととある箇所が空洞と化していたからだ。
「なあ、カイル。ギアンっていうのは胸に疾患があったか?」
俺の言葉に泣き腫らした顔を上げ眉を顰めた。
「いや、そんなことは聞いたこともない。なにかあったのか?」
カイルの横にしゃがみ込んでギアンの光の帯を消していく。
「ちょっと遺体に傷がつくが許してくれな」
月猫をスイっとギアンの胸に通し胸を切り裂くと……そこには心臓など影も形もなくただただ空洞が広がるだけだった。カイルもそれを見て驚愕に目を見開いている。ふと、僅かな違和感に胸骨の辺りを指で触ってみると小さな金属の破片のようなものがいくつか見付かった。
「こいつは……砕けた魂石か? カイル、人間に魂石ってあるの??」
「いや、そんなことは有り得ない。魂石があるのは魔物だけだ。魔族と呼ばれる彼らでさえ体内に魂石などないことは知られているからな」
俺の素朴な疑問に間髪入れず答えるカイル。ってことはだ。誰かが魂石を人体へと埋め込んだって訳か。ふむ、ノブサダさん閃いちゃった気がするぞ。
ギアンたちを従えていた奴は彼らの心臓へと寄生粘菌を寄生させたんじゃないか? 恐らく加工された魂石は寄生粘菌を制御するために埋め込まれていた。首輪で何かしらを受信すれば心臓に埋め込まれた魂石は砕け散り寄生粘菌は一気にその肉体を乗っ取り暴走すると。
ざっくりとした俺の予想ではあるが正解に近いんじゃないかと思う。だから俺が心臓と化していた寄生粘菌を死滅させたせいで彼らは心臓を失ってしまったんじゃないかと。
これ考えた奴は本当に性格悪いな。優男が呟いていたサーシェスって奴か? 確かフミたんの上司がそんな名前だった気がする。自分の心臓自体が相手の手に握られているようなものだから逆らうことすらできないだろう。しかも棄てるのもそいつの自由だっていうんだからさ。同時にこんなことを平然と行使できる敵に言いようのない怖さを感じた。
その後、カイルが聞いた奴らの会話から潜伏場所を割り出しいくつかの商家やハクジョーイが強制捜査の対象となる。やつらの遺体の中から違法性のある毒物が発見されたため有無を言わさぬ強い姿勢で挑んだ。その強制捜査にはなぜか俺も借り出されたよ。
まぁ識別先生で確認したところ納入予定だった食料のいくつかに毒物が仕込まれていたりポーションなどにも同様の加工がされているのを発見したんだがね。
ハクジョーイのほうは以前から内偵が進んでおり犯罪スレスレというか犯罪そのものを行なっていて王都側の思惑に乗り保身と栄達のため加担していたことまで判明している。本人は見苦しくも身の潔白を訴えているが真っ黒けだ。こちらは私財全て没収の上、奴隷紋を刻まれ強制労働の厳しい沙汰が下された。
え? 強制労働じゃ厳しくないって?
他人を見下してきたあいつだからこそ3K、4Kの仕事に就けば精神的な苦痛は延々と続くでしょ?
あっさり殺して楽にはしてやらんよ。そこら辺、公爵様に進言しといた。




