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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第九章 嵐の前の静けさ
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第236話 シリアスは長生きできない。



「なんでここに、か。言わずとも分かってるんじゃねえか、なあ?」


 沈黙の後、そう切り出したギアン。


「分からない、分からないよ、兄貴。爺ちゃん先生が復讐なんて望む訳ないだろう!」


 カイルにはそのギアンの考えは分かったものの納得はできなかった。寧ろ恩師の思いを飲む込めずに歪んでしまったかつての兄貴分に苦々しいものを感じる。


「爺ちゃん先生が望まなくてもな……俺が望んでいるんだよ。燻ぶり続けたこの思いは獣人どもを根絶やしにしない限り消えないだろうさ。そのためにはこの街自体は非常に邪魔な存在だ。例え兄弟同然に育ったお前でも止められやしねぇ。だが……なぁカイル。こっち側へ来い。俺にお前を殺させないでくれや」


 その瞳はやり場のない怒りに捕らわれている。カイルを仲間へと引き込むのは最後に残った良心なのかもしれない。どんな言葉を投げかけてもきっと届くことはない……そんな気がするカイル。そしてカイルにも決して譲れない思いがあった。


「そいつは出来ない。俺はあんたもいる前で誓っただろう? この街には兄弟同然の施設の仲間がいる。共に笑い競い合ってきた同僚がいる。新たに出来たダチもいる。何より俺が命をかけて護るべき家族がいる。切り捨てるなんて出来ない大切なものがあるんだ」


 右手に持つ片手剣を握り締めそう言い放ったカイルに迷いの色はない。


「そうかい……だったら敵だなぁ! お前をこの手で殺して未練を断つ。てめぇら手を出すなよ? こいつは俺の戦いだ」


 他の四人はやれやれといった感を出し僅かに離れる。同時に攻めてこられると踏んでいたカイルは少しだけ拍子抜けした。背負った盾を取り外し左腕へと装着しギアンを相手取る。


 正面に構えるギアンはあの頃と同じ爺ちゃん先生に教わったままの構えだ。半身で胸から下あたりに両手を置いている。握りこむ手にはナックルダスターを仕込んでおり殺傷能力は十分だろう。明らかに殺すつもりのその姿だが以前と寸分たがわぬ立ち姿に僅かだが胸がチクリと痛んだ。


 ゴッ、カァーン


 振りぬかれた右拳を落ち着いて盾を使い受け流す。力を反らせて隙をついて剣を振り下ろした。咄嗟の判断で振りぬいた勢いそのままに体ごと回転させ剣先から辛くも逃げ切るギアン。ギアンの攻撃を何度も基本に忠実になんとも面白みのない戦法で僅かずつ傷をつけていく。


 非常に地味な戦い方であるが突き詰めれば多彩な攻撃がこようとも確実に対処可能な戦法。これがカイルの本来の持ち味だった。派手好きでお調子者な性格のせいで小手先の技やウェポンスキルを多用し全く生かされていなかったのだが家庭を持って落ち着いたせいで基本の大切さを思い出したようである。大氾濫後はずっと基本の盾捌きと素振りを繰り返し鍛錬していたのだ。


「くそっ、ちまちまとっ! オラァ!!」


 ほんの少しカイルの胴が開いたところを思い切り殴り上げる。が、それは誘いでありまんまと嵌ったギアンの攻撃は掠ることなく天高く伸びきった。


 ザシュッ、ドサリ


 その伸びきった腕を容赦なく切り落としたカイル。


「ギャアアアアア、腕が、俺の腕がぁあ」


 その場にうずくまり痛みから叫び声を上げる。切り落とされた腕を掴み震えながら呻いていた。


「もういいだろ、兄貴。もうこれ以上罪を重ねないでくれ。俺は……兄貴を殺したくないんだ」


 見下ろしながらそう語るカイル。その声が聞こえているのかいないのか。徐々に呻き声も小さくなるギアン。


「うおおおああ……なんてな」


 ぐぢゅり


 切り落とされた腕を無造作に傷口へと当てた。


 今度はカイルが驚愕する番だった。シュウシュウと煙を上げながら接着し傷口が消えていく。引っ付いたばかりの右手でそのまま殴りつけるその動きを予測できなかったせいでわき腹へとめりこんだ。ガハっと空気を吐き出しながら一歩二歩と後ずさる。ぐらつきながらもしっかりと構え直すカイルだが当たり所が悪かったため呼吸が荒く安定しない。


「もうなぁ、戻れねぇところまできてるんだよぉ!」


 迫る拳に再びパリィの構えをとるカイル。


「甘ぇよ! 『アビスナックル』!」


 ギアンの右手が瞬時に黒い靄に包まれ漆黒に染まっていく。その拳が触れた瞬間、盾がゴスリと抉られそこからビキビキンとヒビが広がっていった。


「なっ!? くっ、こいつは瘴気か!? ヤバイ、消耗を気にしている場合じゃないか」


 闘気を放ち剣へと纏わせるカイル。瘴気とは闘気と対極にあるもの。使えば確かに威力は上がるものの使い方を間違えれば使用者自身を蝕む危険な力である。


「そこまで鍛えていたのかよ。はっ、ただ最初から使わないってのは俺を舐めすぎだぜぇ!!」


 闘気を纏った剣と黒い瘴気を纏った拳が何度もぶつかり合った。闘気とノブサダがかけた付与魔法による強化のおかげで剣は未だ原型を保ってはいるものの所々刃が欠けてきている。


「はっはっふぅ。粘るなぁおい」


「そう簡単にやられる訳には、いかないんでね!」


 戦いが佳境へと近づくにつれ彼は忘れていた。周りには他に四人控えている。集中するあまりカイルは気付けなかった。薄暗い室内、柱を伝いつつ細い何かが忍び寄っていた事を。


 シュルルルル、キュバッ!


 唐突な浮遊感に襲われ気付いた時には右足を引っ張られて吊り下げられていた。梁を経由して這い寄っていた蔓のようなものに絡め取られ宙ぶらりんの状態である。


「くっ、そぉ!」


 手放すことなかった片手剣を蔓へと振るおうと腹筋をするように体を折りこみ手を伸ばす。しかしバランスが悪く力が入らないため刃が食い込むことすら出来ずに弾き返された。


「カテコー、てめぇ何してやがるっ!」


 ギアンが端に佇む四人のうち一人に憤りをぶつける。それを受けても何処吹く風といった様子のその男。


「全くうだうだと面倒くさいんですよ、あなた方。殺るんなら殺る。引き込むのだったらあれを使ってしまえばいいでしょう。いつまでもやらないなら私が処分しますよ」


 カテコーと呼ばれた男が蔓のようなものが這い出している右手を掲げる。フードから覗き見える口元には嗜虐的な笑みで歪んでいた。グッとその手を握り締めるとカイルの足に絡んでいた蔓の先から爆発的に伸び始め身体中をまさぐり締め上げる。


「がっ、ああ!」 ガラン


 急速に締め上げられたことで呼吸困難に陥り力が抜けて片手剣を取り落とす。絶妙な力加減で気絶することすら出来ず痛みを持続させられていた。


「カテコー!!」


「ああもう、騒がないでくださいよ。何のために結界まで張っていると思ってるんですか。それよりもどうするんですか? さっさと処理しないと時間がないのですからね」


 チッ


 舌打ちし苦々しい顔をしながらもその右手に力が篭る。右手の周りを今まで以上の黒い靄が覆い被さり見えなくなるほどになった。


「あばよ、カイル。せめてもの情けだ苦しむことなく逝けるように一撃で仕留めてやる」


 ギアンの漆黒の拳が雁字搦めになったカイルの顔へと向かって迫り行く。



 ゴスン!






「あ痛っあああああ!?」







 突如、カイルの目の前が暗くなったと思えばそこからよく知る友人の間の抜けた叫び声が聞こえた。


 カイルの命を一撃で奪うべく放たれた一撃はなぜかノブサダの肩口へと打ちつけられている。一撃で命を奪う筈の一撃がただ痛いだけで終わる所がおかしいとは思うがその存在感が頼もしい。


「むぐう、結界が邪魔だから空間転移でひとっ飛びしてみればいきなり拳をお見舞いされるとは……。痛いだけですんだからいいものの怪我したらどうするんだ、ん?」


 なんとも温度差を感じるのんびりっぷりだが……。








 周囲を見渡せばカイルを除いて五人。空間把握を弾くから違和感バリバリだった建物、まさかの『猫の目』に突入してみればいきなりの攻撃。待ち構えられてたと思えばあちらさん側も唖然としている。どうやら完全なイレギュラーだったらしい。ガラの悪い男は拳を引き一旦下がってこちらに身構える。


「手前ぇはノブサダ!? どこから現れた。しかもゴーレムすら一撃でのせる俺の『アビスナックル』を受けて無傷だと!?」


 突入に当たって魔装衣はしっかりと着装済み。なければ酷いことになっていただろうな。そして気付いた。なんともなつかしくも感じるこのふてぶてしい面構え。師匠に弟子入りするきっかけになったあの男じゃないか。


「お前は……フォウちゃんを虐めていた大人気ないウォッシュベアーの男!」


「なんでそこまで思い出してて名前出てこねぇんだ手前ぇ!」


 いや、名前は識別先生でしっかり見えているんだけれどもね。それでも記憶に残っているのは今のことだけなんだ、うん。



 名前:ギアン 性別:男 年齢:21 種族:普人族

 クラス:黒拳士Lv12 状態:寄生・隷属

 称号:復讐者 パーティ名:なし

【スキル】

 拳術Lv5 組打ちLv3 窃盗Lv3 威圧Lv3 脅迫Lv4 高速再生Lv4 回避Lv4 生活魔法



 あー、やっぱり王都関係だというのが丸分かりだ。寄生なんてあいつらの専売特許になりつつある。以前と比べるとかなり強化されているな。記憶に残っていたやつのデータがこちらだ。


 名前:ギアン 性別:男 年齢:20 種族:普人族

 クラス:拳士Lv18 状態:激昂

 称号:なし パーティ名:『エィムエスヴィー』

【スキル】

 拳術Lv3 窃盗Lv1 回避Lv1 生活魔法


 これが本人の努力なのか寄生の効果なのかは分からないが終わったら公爵様たちに報告しないといけないだろう。一介の冒険者でこうなのだから鍛えこまれた騎士や一流の冒険者や武芸者にやられたら目も当てられない。きっちり対策立ててもらおう。きっと師匠がにっこにこしながら殴りに行くと思うんだ。


「目の前で何呆けてやがる。丁度良い。ここで手前ぇを抑えちまえばあとの事がやりやすくなる。お前ら全員でかかるぞ、いいな!」


 ギアンの言葉に四人は動きだす。各々は自らの武器を取り出しじりじりと囲みを狭め始めた。


「カイル、ちょいと上に送るから取り乱すなよ」


「は?」


 その瞬間、フっとカイルの姿が消える。二階のほうでドスンという音が響いてきたので空間転移が上手くいったことを理解した。触れずに人間を飛ばしたのは初めてだったが上手くいったようで何より。成功する確信はあったんだけどね。


「さーて、随分と色々やってくれてるようじゃないか。そろそろ鬱陶しいんでここで一網打尽にさせてもらおうか」


 そういってにんまり微笑む。きっと皆がみたら『また悪いこと考えているよね』って言われる気がする。

あ、シリアス先輩、さよならっす。

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