第25話 ノブサダ修行の道②
気合入れて修行再開……したはずのノブサダです、こんにちは。
現在、わたくし木人へと括り付けられております。上半身ぐるぐる巻きでございますのよ。どうしてこうなった?
「それじゃノブサダさん。私がこれから拳を打ち込みますので瞬きせずにしっかりと見切ってくださいね」
ということらしいです。上半身が動かせないのは下手に動くと拳が当たるから。
まずは動体視力上げ? エレノアさんの拳を見切ることで速度に慣れさせるのと恐怖心を取り除くということらしい。
この時点で既にまな板の上の鯉状態です。いかようにもお使いください的な。
おっとそうこう言ってる間にエレノアさんの準備が出来たようだ。
「それではいきますよ」
その掛け声と共にフシュンと俺の顔の真横に何かが通り過ぎていった。
ええええ、全然見えなった。ギアンの拳は見切れなくともある程度目で追うことができていたけどもはや別次元としか言いようがない。
フシュン
フシュン
風きり音がする度に顔の真横を拳が突き抜けていく。そして気のせいではないだろう。段々と顔との間隔が狭まってきている、勿論拳の間隔ね! 恐怖は感じていない。まだ殺気を込めていないのもあるだろうが一昨日しこたま殴られたというのもあるかもしれない。
どれくらい時間が経っただろう。識別の魔眼さまさまであるが僅かながら目で追えるようになってきた。
というのも拳だけを見るのではなく体全体を把握しそこから動く動作の流れを見ることで拳のタイミングを計れるようになってきたと言うほうが正確だろうか。きっかけは汗を吸った胴着が張り付いてセクシーなエレノアさんをがっつり眺めようとした下心なんだけど!!
「これぐらいならもう大丈夫ですか? 随分、目がいいですね。もっとかかるかと思っていました。これならもう少し早めてもいいかしら」
むむむ、いや、まだ僅かながらなんですが……。というかエレノアさんまだまだ早くなりますか? すでにギアンよりも早いって感じてるんですけども。
「ち、ちなみに今どれくらいの力加減なんでしょう?」
「そうですね。大体3割ほどでしょうか」
な、なんだってーーーーー! まだ3分の1すら力だしてませんか、そうですか。改めてすごいって思うな。
そしてそんな事を考えている間にエレノアさんはすでに準備を終えていた。
シュオン
さっきまでよりも鋭い大気を切り裂くような音が顔のすぐ傍を走り抜ける。
はい、まったくもって見えません。体の動きのほうもまったくです。むしろ怖いですよ。衝撃波っぽいので頬のあたりがビリビリと震えているんです。
瞑ってしまいそうな目を必死にこじ開け少しでも慣れさせようとする俺。恐怖に負けそうだがこれも修行だと自分にはっぱをかける。
そして、そのうちに気付いてしまったことがある。
エレノアさんの顔が艶っぽい表情になっている事に!
僅かだが火照っているのか上気している。普段の澄ましている顔から恍惚とした表情を浮かべた女性の顔になっている。
なぜだろう本能が危険だと警告を送っているぞ。意図せぬままエレノアさんの危険な扉を開いてしまったんじゃないだろうか?
シュドン
ひいぃっ!
明らかにスピード上がってるよ! もはや紙一重で当たりそうだし。
「ふふ、うふふふ」
ちょっとエレノアさん、今舌なめずりしませんでしたか? 俺ってばそんな美味しくないですよー。
ひょわああああ、風圧で掠ったかのような跡が頬に出来始めてるんですけども? いや、寧ろ掠めてない?
どんどん速度の上がるエレノアさんの追撃を必死の形相で見つめる俺。下手に顔を動かすと当たってしまうわけで身動きも出来ぬ特訓は続く。だって声かけようとすると拳が飛んで来るんだもの。
結局、エレノアさんの息が上がるまで止まることなく続いた。俺の顔はもはや蚯蚓腫れのように何箇所も赤くなっている。
「す、すいません、ノブサダさん。つい夢中になってしまって……」
「いえ、これくらい大丈夫ですよ。すいません、このぐるぐる巻き一度とってもらっていいでしょうか?」
「は、はい、すぐに」
ぐるぐる巻きから解放された俺はすぐさまトイレへと走る。エレノアさんの猛攻に危うくチビリかけたのは墓まで持っていく内緒の話だ。それだけの恐怖感があったと言えよう。
ふぅと一息つきながらエレノアさんの元へ戻る俺へ彼女の呟きが聞こえてきた。
「はぁ、またやっちゃった……。どうして私は夢中になると加減が効かなくなるかなぁ。これでノブサダさんがもう来ないって言い出したらどうしよう。久々の弟子だとお父さんも喜んでたのに……」
むう、どうやら夢中になって加減が効かなくなるのは今回だけではないようだ。たしかにちょっとだけ心が折れそうにはなったけどまだ大丈夫ですよ! 男は黙って我慢するのです。叫びそうになってたけども!
「エレノアさん、お待たせしました。さ、次はどうしましょうか?」
「ノブサダさん、大丈夫ですか? お加減悪くなったりとかそういうことは……」
「全然平気です。多少の怪我はヒールでささっと治せますからどんどんいきましょう」
「は、はい。とりあえず今日は午前中だけの予定でしたしあとは時間まで組み手を行います。私は手を出さないのでどんどん打ち込んできてください。もし、私に一撃入れられたらご褒美をあげちゃいます」
なんだと!? それは気合がはいりますぞ。そういったご褒美とかに弱いです、俺って。
お互いに構えて向かい合う。
攻の型から思い切り右の正拳突きを繰り出す。無論、フェイントもなんもないのであっさりと受け流される。
今の俺の実力じゃどれだけやってもダメージは与えられないとある意味安心する。これならエレノアさんに怪我させる心配なく思い切りやれるということだ。
先ほどまでのエレノアさんの動きを真似て少しずつ動きを修正していく。単発ではなく流れるように攻撃を繋げる。たぶん今の体格と筋力を加味すれば一撃でしとめるっていうのは無理だろう。だったら手数で勝負だ。だからエレノアさんの動きはとても参考になる。
もしかしたらその為に師匠は最初の訓練をエレノアさんに任せたのかもしれない。
10分ごとに休憩を挟みつつすでにこれで6戦目。時間的にもこれが最後だろう。いまだにエレノアさんに触れられるのは受け流された時だけ。一撃なんてまだまだである。
せめてちょっとだけでもびっくりさせたい。なので今回は色々試してみようと思う。
ボクシングのジャブを真似てワンツーからのスマッシュ。屈んでの足払いから飛び込みつつの正拳。
組んで投げようと試みるもまず掴むことすらできなかった。
うっはっは、素人の浅知恵ここに極まれり。ここまで駄目だといっそ清清しい。
ならばとギリギリまで近づいていく。
エレノアさんも何かと警戒しているがそれでも定位置から動かない。肉薄する寸前に俺から手を出す。
ッパーーーン
エレノアさんの前で俺の両手が大きな音を打ち鳴らした。所謂猫騙しである。これにはエレノアさんも予想外だったようでビクリと体を硬直させている。
そしてそのまま胴着の襟首を掴もうと特攻しようとしたときだった。
てってれ~♪ 格闘Lv1を習得しました。
いままで音沙汰のなかった駄女神のアナウンスに驚き思わず足をとられてしまった俺。そのままエレノアさんへとダイブしてしまうことになってしまう。
猫騙しとまったく予期せぬダイブにエレノアさんも虚をつかれたのか巻き込まれるように転がる。
あたたた、失敗した。折角のチャンスだったのに。
もにゅん
もにゅん? 右手になにか柔らかいものが……。
目を開けるとエレノアさんと目が合った。俺の右手には小ぶりだがほどよい感触の……。
「きゃああああああああ」
ドゴーーーーン
「アミバッ」
一瞬の間をおいて俺の視界は繰り出された拳で埋め尽くされそのまま暗転する。
「う、うあ」
気付くとソファに寝かされていた。最近、気絶してばかりな気がするな。
「ノブサダさん、気付かれましたか!? ごめんなさい、つい加減を忘れてしまって……」
「いやぁ、なんとか無事(?)です。こちらこそすいませんでした」
思い出したのか顔を赤らめるエレノアさん。俺は痛む顔へヒールをかけつつ苦笑いをする。
予期せぬご褒美はいただきました。柔らかい感触はいまだ手に残っております、ご馳走様!




