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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第九章 嵐の前の静けさ
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閑話その24 メイド長誕生!?




「っふう」


 箒を構え目標を見据えます。漏れ出る吐息が熱を持ち得物を持つ手は汗でしっとりと滲んでいました。


 師より出された最終課題。未だ未熟なのは承知なれど一線へと赴くのなら最低限これがこなせる技量がなければ許可できないと仰せられました。機会は唯の一度きり。これが成功しなければ御屋形様へとついていくことは叶わないのです。否応なく緊張感は高まるでしょう。


 それなのにほんのりと笑みが浮かんでしまうのはなぜでしょうか? 師の御蔭でもあるでしょう。ひ弱だった私をこの短期間でここまで鍛え上げていただきました。


 ですがそれ以上に……私、フミルヌはあの方に認めていただきたかった。私のようなものを信じこうして学び鍛える機会を与えてくださったあの方に。











 蝙蝠人族。数ある獣人の中でも過去の汚点により様々な種族から虐げられてきた。


 ある時は魔族へと近づきながら『この尻尾に羽、私たちはあなた方のお仲間です』と擦り寄った。

 ある時は獣人たちへ『空飛ぶ鳥の仲間、私たちはあなたのお味方です』とするりとにじり寄る。


 そうして時の権力者や戦況の有利な方へと擦り寄り生き抜いてきたせいでいつしか様々な陣営から信用できないものたちとレッテルを貼られ見放されていったのだった。


 戦う力の弱いものとして生き残るための仕方のない行動だったとして褒められたものではない。今生きるものたちはこの負債のせいで生まれながらにして搾取される側へと廻っていたのだから。種族を象徴する羽と尻尾を奪われ人としての尊厳すら踏みにじられてただ従うだけの毎日であった。


 世間から隠れるように山奥で暮らしていた私たちはある日公国の獣人狩りにあい一族丸ごと連行される。クーネル様を人質とされ私たちはただただ彼らに従わざるを得なかった。

 私たちの部族唯一の希望。過去に一度だけ戦の勲功により時の権力者から貴族の末席にあった娘を娶ることができたのだ。それがクーネル様のお家の血筋。それを絶やさぬことだけが目的になっていた。今となってはそれ自体が迷走していると思えるのだが内側からでは分からないものだったのだ。


 刃向かうことすらできぬまま唯一の長所である諜報能力を使い命令をこなす日々。仮面を被り自分を押し殺して任務と言う名の強制労働へ身をやつしていた。




 そして。




 光明は突然訪れる。あの方は敵であった私たちの命をとることなく更には失った羽を再生してくれた。


 初めて。初めてだった。忌み嫌われていた蝙蝠人族だと知っても全く気にした様子もない。それどころか部下に欲しいと言ってくれた。無理難題だと分かっていながらお願いすることしかできなかったクーネル様の奪還も事も無げに成し遂げたあの方。奪われるだけだった私に大切ななにかを取り戻してくれた。


 この方こそ生涯仕えるべき主君だと心が叫びたがっている。それを受け入れてくれたときは本当に舞い上がるような気持ちだった。そんな御屋形様にはどれほど感謝しても足りないと思う。


 そんな我らに下された任務は私たち同様使い潰されつつある獣人たちの脱出を助けること。失敗することは出来ない。あの方の御心を煩わせるわけにはいかないのだ。だがやはりというかどの獣人族も私たちの訪問にあまり良い顔をしなかった。逆の立場なら私も同じだったかもしれないと辛抱強くその場でなんとか説得を繰り返す。彼らの子供の臭いのついたハンカチを持っていたこともありなんとか事なきを得たが一歩間違えれば脱出も叶わず我ら共々捕縛されていたかもしれない。


 それからも御屋形様のために献身的に働くうちに彼らとも一定の理解を得ることができたと思っている。それでも薄氷の上に立っているようなもの。これからも常々気をつけよう。それがあの方のためになる、そう信じて。


















 そんな決心を新たにした矢先に御屋形さまから自分のために戦術などを学んでくれないかというお願いをされました。勿論、二つ返事で快諾です。非力な私に何が出来るのか……その答えを見付けられないでいたところへの一声でした。


 こうして私はグラマダへ着いてからというものほとんどを公爵家で過ごし休みの日にはダンジョンへと潜りレベルを上げるという生活が続いています。


 公爵様はとても懐の広い方のようで獣人である私のことでさえ客人として扱ってくださいました。ですがこれは御屋形様が成し遂げた成果が大きいからこそでしょう。それはここで何かしらの失敗をしたならば御屋形様の名前に傷をつける事になってしまいます。……一層緊張感が増してしまいました。


 そしてここでは公爵様より二人の講師が紹介されました。

 一人は公爵様の懐刀と称されるイーゲル様。もう一人は公爵家侍女長であるナナミ様。


 イーゲル様より戦略、戦術、謀略を手ずから教えていただきます。


「いいか。私が教えるのはあくまで過去にあった戦などからの経験則となる。戦場は刻一刻と虚ろうものだ。軍師を目指すのならば机上の空論だけでなくその場の空気を感じ臨機応変に動かねばならない。膨大な知識とそれを運用する知恵、戦場の動きを感じ取る直感と場面に応じて使う策。兵士たちの野生を理解しつつ理性で運用するのが我々の仕事となる」


 一言一句聞き逃さずメモへと書き記していきます。御屋形様より支給された鉛筆というものは非常に使いやすいので助かりますね。


「ただ策に奢ることはあってはならない。完璧だと思ってもそれを食い破ってくる化物もいるのだ。そんな時は被害を抑え退く気持ちの切り替えが大事だな。かくいう私もあの戦馬鹿に何度も煮え湯を飲まされている。君が仕える彼も似たようなものだからそういった理不尽なものも計算に入れていかないといけないだろう。さあ、その為にも覚えることは沢山あるぞ」


 積み上げられた膨大な資料。これはイーゲル様がこれまでの生涯書き記してきたものだそうです。羊皮紙、竹簡、木版など様々な形態なので目を通していくのも大変ですがへこたれてはおれません。気合を入れて御屋形様から頂いた眼鏡をかけ目の前の難関へと挑みます。





 ナナミ様からは非力なものでも効果的に戦うことのできる侍女に伝わる戦闘技術を教え込まれました。

『冥土流活殺術』と呼ばれるそれはスキルでありそうではありません。御屋形様の使う『魔武技』と似たようなものでしょうか。ウェポンスキルや武技のように使いたい技を瞬時に繰り出すものとも違います。言うなれば技術の結晶でしょうか。


『冥土流活殺術』に必要なものは何よりも集中力と判断力。未見の相手でもその動きを冷静に分析して急所の一点を見極め貫くのみ。相手の突進力や重力や相手の古傷、怪我など自分の力よりも相手や周りの力を利用するのです。


「いいですか。『冥土流活殺術』とは表は指圧術、整体術、房中術などを複合した活の技、裏は暗器術、闘気術、魔法を複合運用することで陰から主人の身を守る殺の技から成り立っています。今回は殺の技を短期間で仕込むことになりますが厳しいものになるとだけは先に伝えておきましょう。それでも教わる覚悟はありますか?」


 それくらいで私の決意は揺るぎません。コクリと頷き返すとナナミ様は納得したのかすぐ様特訓を開始されました。


 師が選んだ武器に若干戸惑いつつも使い始めればなんとなく性に合ったのかメキメキと腕が上がっていきました。不思議なことですが御屋形様より洗礼と異魂伝心を授かって以来色々と物覚えがよくなったような気がします。するすると真綿が水を吸うように覚えていく私を見て師の二人は尚一層の厳しい課題を突きつけてきました。


 それらをこなす中で魔法の適性があることは分かっていたのですがどの属性にあるのか調べていただきました。その結果は燦々たるもので属性魔法の適性はほんの僅かしかなく折角の魔術師のクラスが無駄に終わるのかと残念がったものです。ですがその後に神聖魔法と暗黒魔法への適性があると告げられました。ナナミ様の話では一般に神聖魔法は修道士や神官、暗黒魔法は呪術師や死霊術師が使うものだという認識だが魔術師でも使えないということはないのだそうです。あまり知られていないのは属性に適性のあるものを極めることすら困難だからで一般の魔術師ならばその一属性を鍛え上げるのが精一杯だからだそうです。無能だというレッテルを貼られなくてほっと胸を撫で下ろしたのは内緒です。



 そんな詰め込み学習の日々を送っていましたが本日ナナミ様より戦場へ行かせられるかどうかの試験を行うと呼び出しを受けました。会場は公爵家の裏庭。イーゲル様となぜか公爵様にお嬢様方二人もいらっしゃいます。


「目標はあの鎧人形。あれを粉砕せしめなさい。どうやるか……それは分かっていますね?」


 ナナミ様が指し示す先には成人男性ほどの鎧を身につけた人形が立っています。

 師より指し示された手段。『冥土流活殺術』の奥義の一つです。未だ成功したことはありません。それをこの本番で成し遂げないといけない。随分と無茶な話ではあるでしょう。ですが従軍するにはまず己の身を守れなければ戦況を確認することすらできません。イーゲル様の顔色があまり優れないのも今の私には早いとお思いなのでしょう。それでも出来ないと思えば試験の形をとることすらしない筈です。できる、その可能性を信じてくださっている。そう思いました。


 ふぅと息を吐き箒を構え目標を見据えます。まわりの音が徐々に遠ざかるように消えていくのが分かりました。五月蝿いほどの高ぶっていた心音が落ち着き一定のリズムを刻みます。集中力を研ぎ澄ませ目を閉じ……かっと見開いて覚悟を決めました。





 いざ、参ります!



















「ソウルコネクト!」


『冥土流活殺術』の基本技であり全ての根源を発動。これは魂と人体の魔力の根源である『魔力の泉』を直結させて瞬間的に魔力を引き上げるのです。全身に滾るほどの魔力を感じます。ですがそれだけにそうそう長くは持ちません。人が持てる魔力量には限りがありますから。ですが私の場合、こんなに魔力量あったのだろうかと首を傾げるほど長持ちします。どちらかといえば体力のほうが先に尽きてしまうのです。


 地を蹴り飛び出しました。同時に箒の柄から仕込んである刺突剣を引き抜きます。まるで巨大な針のように装飾などなく無骨な暗器。それに体内で纏め融合したある魔力を伝えていきます。


「メイド イン ヘル!」


 鎧人形の最も弱い場所を見極め僅かな隙間へ目掛けて尖端を突き入れました。魔力で覆われた刺突剣の先が体内の奥まで到達したことを確認しすぐに次の動作に移ります。


「メイド イン ヘヴン!」


 刺突剣より打ち込んだのは融合していた魔力。一気に流し込み得物を引き抜けば右足で地面を蹴ってバックステップにより後方へと下がりました。その際、左足を使い落下していた箒部分を蹴り上げ手元へと戻します。少しはしたないですがここは割愛で。


「埃と……散れ!」


 チィンと刃が仕舞われた瞬間、鎧人形にヒビが走ります。


 ピキピキピキピキ、パキィィィィン


 鈍い音が響き渡りそのまま鎧人形全体へとヒビが広がっていきました。僅かな間に広がりきりそのまま砕け散って風に舞い散っていきます。


 できました。何度も反復し繰り返した技が。


 体内で光と闇の魔力を半ば強引に融合したものを打ち込みました。それは無理矢理融合していた反動と私の制御を離れたことで膨張し対象の内部を侵食していくのです。それは物質間の結合を弱め最終的にこのように砕けてしまうという恐ろしい技でした。


 パチパチパチパチ


 極度の集中から解き放たれ一気に汗が吹き出てきた私へ拍手の音が聞こえてきました。


「見事です、フミルヌ。あなたの要望通り従軍を許可しましょう。ですがこの技の習得はまだまだ入り口ということを忘れないでくださいね。口上の破棄、動作の省略、速度の上昇、やれることは多岐に渡りますから日々の修練を欠かさないように。それを怠ったために弟子を失うのはもうお断りですから……」


 師より賜った言葉を受け止めこれからも研鑽を欠かしません。これであの方の傍に立つ資格のひとつを得ることができたとほっと息をつきました。


 ここまで拘った理由、きっと奥方様たちが羨ましかったんだと今なら素直に思えます。大それたことだと思うのですがどうにも消せる気がしません。だからこのまま小さく心の奥底で思うだけ。それだけならきっと私にも許されると思いますから。

誕生、素敵な屋敷の守護神! 僕らのメイド長! ふふふふ、フミたんだー!

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