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新説・のぶさん異世界記  作者: ことぶきわたる
第九章 嵐の前の静けさ
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第229話 エルフの掟




「あなたは! 一族の掟を忘れて! こんなところで何をしているの!! なんで……生きているなら連絡くらい……」


 俺が店先へ出るとフードを被った女性が金切り声をあげてディリットさんの胸倉を掴んでいるところだった。おや? このフードの人、どこかで見たことあるな。おっとそれどころじゃない。名ばかりだが総責任者としてこの場を治めないと。


 二人に近づくと同時にドルヌコさんへ目配せする。それだけで察してくれたのか周りの収拾にかかってくれた。移籍してきた四人もそのまま同様に他のお客様への応対をしてくれている。やはり多数の客を相手に商売してきただけあってうちの面々よりもこういった突発的な事態への対応能力は高いようだ。うちの店は客側がある意味厳選してからきていたからな。かなり助かるね。


「申し訳ございません、お客様。うちの店員が何か粗相でも致しましたか? ここでは人目につきますので奥の応接間で責任者として詳しくお話をお伺いいたします。どうぞこちらへ」


 勤めて冷静に語気を荒げずかといって冷淡に感じないよう心がけて誠意を持って話しかける。俺の言葉に我に返ったのか辺りを見渡し視線を一手に集めていることに身を縮めた。


「悪かったわ。ずっと探していた相手だからつい興奮してしまったのよ。色々とお話を伺いたいこともあるしついていくわ」


「畏まりました。それではこちらへ」


 ディリットさんとローブの女性を伴い奥へと下がる。あとは任せたとドルヌコさんに目配せすればこくりと頷いた。彼に任せておいても全然平気だったかなと思うが事がディリットさんとのことなので俺が責任を持たないとね。彼女らを連れてきたの俺だし。




 奥の応接間につくとディリットさんとローブの女性を対面で座らせる。落ち着くにはお茶でも飲んで一息ついたほうがいいとティーカップとティーポットを何もない虚空から取り出し彼女らへあてがう。宛ら手品のようだが次元収納から取り出しただけなんだ。


 そして思い出したよ。このローブの女性。バインバインな歌い手のダークエルフさんの相方で三味線演奏していた絶壁エルフさんだ。エレノアさんよりも切ないその胸元はきっとAAAカップだろう。


「お久しぶりですね。先だっては素敵な演奏を聞かせていただきましたがまさかうちのディリットの知り合いだとは思いませんでした。お名前を伺ってもよろしいですか?」


 若干訝しむも思い出したのだろう。ポンと手を打ちなにやら納得したような顔をしている。


「いつぞや酔っ払いからヒロティスを守ってくれた少年ね。まさかここで会うとは思わなかったわ。私はリーフ。ロードヌ氏族族長の娘よ」


 そう言いつつフードを取ればやはりあの時の金髪エルフさんである。


「そこのディリットとは姉妹同然に育ったの。あなたはこの子とどういった関係なの? もしかして旦那なのかしら」


「いえ、私はノブサダ。彼女の雇用主ですね。まぁ身元引受人みたいなものでもありますし最早家族みたいなものでもありますよ」


「ということはこの店はあなたのなの。その年で随分とやり手のようね。それよりも……あなたはこの子の事情を知っているのかしら。彼女は私たち氏族の務めを放棄して森の外へと逃げ出した罪人なのだけれど」


 なんと!? 確かに色々と事情を抱えていそうだとは思っていたが今まで無理には聞かなかったんだ。ティノちゃんが絡むことだから非常にデリケートな問題だと思っていたんだよね。


「この子はね。エルフの里で氏族のいくつかを集めて行われた雛鳥の儀式の最中に行方をくらませたの。巫女として選ばれた名誉ある身でありながらね。私は姉妹同然に育ったことから必ず探し出すように厳命されて里を離れたわ。そして今日やっとのことで見つけたのよ」


 ディリットさんは俯きながら言葉を発しない。姉同然の相手から詰め寄られてショックだったのだろうか。それとも行方をくらませたことでこのリーフさんを巻き込んだのがショックだったのか。何にせよ詳しく話を聞かないとなんとも言えない。


「ディリット。答えなさい。あなたあの儀式の最中に何があったの? 雛鳥の儀式がエルフ、ダークエルフの氏族間においてどれだけ大切なものかは知っているのでしょう? それを捨ててでも逃げ出すほどの何があったのか。教えてちょうだい」


 言葉のニュアンスからリーフさんはどちらかといえばディリットさんのことを心配しているように感じられる。先程罪人と言ったのも本家ではそう扱われているということを臭わせたんだろう。か


「ディリットさん。俺からもお願いします。あなたはもう俺達にとって家族の一員です。もし何かしら手を貸せるのであれば皆が動くでしょう。だから一体どういうことなのかはっきりと教えて欲しい。あなたが言いよどむのは彼女に関係しているからですよね?」


 はっきりとは言わないがティノちゃんに関係しているからこそディリットさんの口が重いのだ。だがこのままはっきりしないのも困る。俺達が動いて解決できるものならば早急に片付けたいのが本音でもあるな。


「分かりました。事ここに至っては全てを話しましょう。今から話すことは実際に起きたことです。私自身信じ切れないこともあり公言しなかったのもありますが嘘は話さないことを誓いましょう」


 そうしてディリットさんはぽつりぽつりと語り始めた。



 今から十年以上前。丁度ティノちゃんが生まれる一年前のこと。

 彼女の住むエルフの里では雛鳥の儀式と呼ばれる六つの氏族が集まり行われる大事な儀式が執り行われようとしていた。儀式の巫女に選ばれたのが当時のディリットさん。ただし当事者への詳しい説明はなく森の奥にひっそりと建つ社へ連れて行かれた。


 そこでは禊ぎのため社の奥にある聖なる泉にて沐浴を三日通して行い身を清める。

 そして社の中で祭られるハイエルフの本像へと祝詞をあげること二日。その後、儀式の要となる六人の男が社の外へと集まってきた。


「雛鳥の儀式とは氏族による強制的なお見合いのようなものです。私も始めは覚悟していたつもりだった。でも、でもっ! 駄目なんです。どう見てもあの人たちを受け入れることができなかった」


 集まってきた男達。エルフ、ダークエルフの男の中でも選りすぐりの六人。ディリットさんが生理的に無理といった彼らは……詳しく聞けば聞くほど細マッチョとガチマッチョの集団だった。


 まずエルフ側。鏡を見ながらうっとりしつつ絶えず有酸素運動を繰り返すことで花嫁へとアピールしていたらしい。ナルシストの上にそれでは確かにひくな。そもそもなんで見合いの場にそんな鏡とか持ち込んだっていう素朴な疑問が浮かぶのだが……。


 次いでダークエルフ側。ガッチリムッチリ筋骨隆々。黒くテカりのある体はドワーフも目ではない。無駄毛の処理も完璧で首から下には一切の毛がないらしい。


 両陣営ともになぜかビキニパンツ一丁でその体を誇示し求婚のポージングなんてものを繰り返していた。細マッチョとガチマッチョの共演だがその中で巫女が嫁いでもいいという男が社へと招きいれられ子作りをする。なんというか俺の中でエルフ像、ダークエルフ像がガラガラと音をたてて崩れ去っていく気がした。突っ込みどころが多すぎて最早何といって言いかわからない。


「贅沢なんて言わない。せめて! せめて普通の人だったら愛せたかもしれない。でも駄目だったの。手鏡を見つつ俺かっこいいみたいなポーズをとるエルフも油を塗りたくってテカテカの体を見せ付けるダークエルフも生理的に無理だった。それはもう一心不乱に本像に祈ったわ。叶わぬ時はいっそ殺してと思うほどに」


 そう言って涙を浮かべわっと両手で顔を覆うディリットさん。うん、そりゃ嫌だよね。

 だが社の中に備えられた食料は僅かしかなく、それが尽きる前に相手を選び子作りの儀式を行わなければいけない。まさにデッドオアデッドである。


 ディリットさんは現実から逃避するかの如く祈った。チェンジで。普通の男で。変態マジ勘弁。寧ろいっそ殺せと追い詰められるほどに。


「やがてその祈りは聞き届けられることになった。半ば狂ってしまったが故の幻覚だったかもしれないって当時は思っていたの」


 本像より手の平に納まる大きさの光の玉が現れ出でそれがディリットさんの胎の中へと吸い込まれていった。それと同時に本尊が裏返りそこには暗闇に包まれた通路が現れたと言う。誘われるようにその中へと入り進んだディリットさん。


 彼女が中へ入ると同時に再び本像が元へと戻ったのか帰る道は塞がれ一切の光が通らない通路だけが広がっている。ディリットさんはそれからどう進んだのかは覚えていないようだ。ただまるで導かれるかのように進み気付けば外へ出ていてそこには見知らぬ小屋があった。そこに住み着いた彼女は十月十日後にティノちゃんを一人で出産する。


「それからは親子二人で細々と暮らしていたわ。やがて皆と出会うきっかけとなるあの普人族たちに捕らえられるまで」


 ディリットさんまさかの処女受胎。どちらの聖母様でいらっしゃいますか。

 真面目に考えればエルフの強制お見合いシステムの女性側に対する救済措置みたいなもんだろうか? 案外そのハイエルフの本像はなんらかの魔道具なのかもしれんね。精子バンクみたいな。


 何にせよティノちゃんに父親はいないのか。それにしてもだ。ぼやかしていたけどディリットさん子供がいることを明かしてしまった訳である。親子共々強制送還なんてないだろうな。最近、ティノちゃんはベルと良い仲みたいだからそれは勘弁してやってほしいものだ。


 ベルの恋路もそうだが三連娘やミネルバちゃん、フォウちゃんと言った友人連中も悲しむだろう。うむ、断固反対であるな。

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